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いま話題のチャット遊び

なんか流行りに乗っかるみたいで、アレなんですけども、、、。話題のChatGPT(https://chat.openai.com/)ってやつ、色々使ってみています。お風呂に入りながら延々会話をし続けてみたりw

賛否ありますが、、、やっぱりツールとしては画期的。

情報の取得方法がまったく変わりそうです。。。これまでは、特定の情報がネット上のどこかにあって、それがある前提を想定して「検索ワード」なるものを熟考してましたよねw あまたある情報を「絞り込んで」ふさわしい結果を得る。ググることがひとつのスキルとなっていた世界観でした。ですから、得られる情報はどこかの誰かがネット上にアップした「固定のコンテンツ」です。

このChatGPTというのは、何がほしいかを伝えることで、答え自体を生成してくれます。情報自体が「動的なコンテンツ」(都度その場で変わる)です。これまでの検索が図書館の司書さんにオススメの本を紹介してもらうことだとしたら、ChatGPTは専門家に直接質問するのに似ているかもしれません。

スピルバーグ監督を追う

スピルバーグ監督について書かれた記事を探す。。。ではなくって、直接、専門家に知りたいことをそのまま聞けばいい、そんなイメージです。

ET制作秘話を知るのに、いろんなブログや過去のインタビュー記事なんかを徘徊する必要がなくなりそうですね。ネタ元を教えてと尋ねれば、サイトのURLなんかも教えてくれます。(ただし、今のところ情報ソースが古いようで、リンク切れが多い。)

会話としてこれまでのやり取りが加味されるので、次の質問は、インディージョーンズはどう?とだけ聞けば、文脈の前後を判断してくれます。このあたりも、これまでの「ワード検索」にはなかった感覚。

ノラ・ジョーンズはどう?

膨大なデータから答えが動的に生成されているので、内容が毎回違ったり、間違っていたりすることもあるようです。ただ、これは実際の専門家でも同じですよね。記憶間違いだったり、専門家でも意見が異なったりしますから、彼らの知っている範囲での回答に限られたり、その時の体調や気分によっても内容の精度が変わるかも知れません。今でもそうですが、重要な内容ほど情報の裏取り大事w

こういった横断的な質問って、簡単そうでいてなかなかググって答えを探すのは難しいかしかったですよね。

noterさん向け遊び

noterさんに使えそうな遊びも思いつきました!!

自分の文章を読ませて、感想文とか、書評的なものを書いてもらうことができますw 自分のnoteの文章を貼り付けて、この文章を読んだコメントちょうだいって頼んでみましょう(最大3,000文字ほどなので長さに注意)意外と、コメントがもらえた感を味わえるかも!?

うん。感想というよりは、要約っぽい感じもするけど。。。

プログラミング

プログラミングなんかは、飛躍的に効率アップしますね、これ。。。今までは、何かやりたいことがあったら、必要な関数やらモジュールの仕様を調べて、それを元にプログラミングしてたわけですけど、こういうことがしたいって言えば、そもそも関数自体を知らなくても、必要なコードが生成されます。

これ誰かも言ってたけど、将来的にはこういうアプリが欲しいっていったら、アプリそのものが生成されDLできるようになったり、こういう音楽が聞きたいっていったら、その場で音楽が作曲されたり、そもそも制作という過程がなくなるのかもなぁ。。。まぁ、ある意味、意味不明な担当者の意図を汲み取るシステム要件定義に心を削られるような不毛な活動がなくなるってことでもあるのか!?

ユーザ自身が専門家に直接答えを聞けるっていうツールはやっぱり画期的。これからは「ググる」能力ではなくって、ほしいものを的確に「チャット」する能力なのかもしれない。

社会問題とか

更に、社会問題なんかについても聞いてみた。消費税についてどう考えますか?とか。ジェンダーなんちゃらについてとか。確かに、具体的に聞けば聞くほど、詳細な回答をしてくれます。。。恐るべし。。。

試しにちょっといじわるな質問もしてみました。偏った思想に対してどのような回答が得られるんだろう。。。これ前に、YouTubeで誰かが実際に主張していた内容。

おぉ、他にも極端な意見を投げかけ続けましたが、やんわりと否定されました。意外とまともな答えが返ってきたw ただ、逆に言うと、どっちつかずとも言える。。。消費税増税(あるいは撤廃)についてどう考えるか?みたいな質問には、こういう意見もあるし、ああいう意見もある、と言った具合にはぐらかされますw

あまりに、はぐらかされ続けたので、嫌味を言ってみたw

なるほどー。

このあたりが、AI否定派に受け入れられないポイントなんでしょうねぇ。

判断の偏り

つまり、ここでいう「偏り」って何基準の偏りなの?っていうと、そこはわからない。ここがAIのブラックボックスになっているという気持ちの悪さは理解できなくもない。でも、わたしが気になったのは、そこじゃなくって、、、これっていうのはつまり一般論の集積なわけですよね?(その一般論をどうやって定義してんのさ?っていう議論はあるにせよ)これ、たまにわたしはnoteに書いたりしていますが、固定観念とか、常識みたいなことが豊かな社会生活を送る上でボトルネックになることがあります。今わたしたちが信じている常識は未来の非常識かもしれません。ですから、特に時代の過渡期においては、一般論っていうのは諸刃の剣にもなりそう。

あと、興味深いのは、この答えのネタ元は英語の文字情報のみ(らしい)。日本語サイトの評価とか意見を求めると、日本語は読めません、という回答が返ってくることから、恐らく現段階では膨大な英語の文字情報を元に回答がなされているものと思われます。

これわたしの想像なんですけども、英語っていう言語体系で思考するときと、日本語で思考するときで、物事の受け止められ方っていうのは微妙に異なるような気がするんですよね。(AI的に言う)一般論っていうのが、この異なる地域性や言語体系によって回答がどう変わるのか、あるいは変わらないのか、このあたりは将来に期待。英語で質問したときと、日本語で質問したとき(あるいは日本語での情報に限定してとかお願いした時)で回答が変わるのか。なんか、変わるような気がするんですよね。

いずれにしても、過去の決まった情報をデータベースとして、散策するツールとしては画期的。膨大なデータからピンポイントに個別最適化された答えが返ってくる。

イマジナリーフレンド!?

最後にこんな質問もしてみた。ピンポイントな相談事に対して、特定の人物や文献から答えをもらえたりします。

色々、賛否はあるかと思いますが、結局のところは、これらの情報をいかに「わたし」が受け取るかということなのだと思います。相手が人間であれ、ロボットであれ、最終わたしがここに生きているという事実は変わらない。どれだけ、ブッダに傾倒していてブッダについて調べ上げた生き字引がいたとして、それが人間であれロボットであれ、彼やロボットがブッダ自身になることはできませんから。もっと言えば、わたしがリアルにブッダ本人に質問ができたとしても、、、それを理解できるかどうかは、情報の発信源ではなく、むしろ「わたし」の許容に依ってしまう。ですから、最近はわたしはなんだかデジタルやらテクノロジーそのものよりも、もっと身体的な関わりだったり、感情の動きの方に注意を向けるのが正解なんじゃないかなーなんて、こんな記事を書きながらあれですけども、思ったりもしています。

最近ちょっぴりハマったお遊びでした。お付き合いありがとうございますw

りなる



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