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箱に入る

ほぼ全てのコミュニケーションは「YES」で成り立つ。わたしはそんな理想を思い描くことがある。だって多かれ少なかれ人は自分の都合に合わせて物事を認識しているでしょ。良い悪いは別にして、そういう習性をハナから持っている。互いに物事を歪曲しながらも道理が通るのだから、あるレベルのコミュニケーションは都合よく「YES」だけで成り立ってもおかしくないだろう。

にも関わらず日常の会話を観察していると、むしろその逆のことが起こっていて、巷には「NO」のコミュニケーションが溢れている。テレビでは「NO」の報道が視聴者受けがよいというし、コメンテーターや評論家も「NO」によって自分の独自性や立場を誇示した気になっているよう。そうやって余計な摩擦を生んでいる。人は真実を都合よく捻じ曲げられるほどに賢く、そして愚かな生き物なのかもしれない。

こないだ古いブックレビュー(わたしは本を読んだらすぐに忘れてしまうので、簡単なブックレビューを残している)を整理していたら、面白いコミュニケーションの本がでてきた。わたしたちがどのように「NO」のコミュニケーションに陥り、また相手を追いやっているのかが物語形式で解説されている。

「NO」のコミュニケーションに陥ることを本書の中では「箱に入る」と表現されていた。そもそも「箱に入る」要因はなんだろう?

ここでは「自分への裏切り」と表現されていた。人は純粋に何かをしたい・してあげたいという心に湧き上がる衝動がある。義務感ではなく、純粋にこうありたいと願う良心や本心を持っていて、この純粋な動機を無視した瞬間に人は「箱に入る」。例えば、道端で転んでいた子に手を差し伸べてあげたかった(でもしなかった)。これはつまり、手を差し伸べたいと願った「自分を裏切った」ということ。この瞬間に箱に入る。(ずいぶん前に読んだものなので多少ニュアンスが違っているかも!?)

一度箱に入ると自分のとった行動を正当化するための理由を常に探し続けるようになる。「どうしても外せない仕事で急いでいたんだ。」あの場には「他にも人がたくさんいたしきっと大丈夫。」そして、ついには他人を責めるようになる。あんな人混みを「子ども一人で歩かせる親はなんてひどいやつなんだ。」そもそも親が悪い!学校が悪い!!でも、どれだけ他人を責めても自分を裏切った心は戻らない。代わりに事実を見る自身の目が捻じ曲がってゆく。

不幸なことに箱のコミュニケーションは相手をも箱の中に押しやってしまう。箱に入った者からの非難を浴びると、そこから身を守るために相手も箱に入ってしまう。すると箱に入った者同士、自身を正当化するためにお互い箱の中に留まり続けることに協力的になってゆく。箱の内側に入るほど扉は固く閉ざされ、そうやってマイナスの場がみるみる広がっていく。

ただ救いもある。箱に入ることが簡単なら実は出ることも簡単。その事実に気づけばいいのだ。相手を思いやったり、自分が箱に入ってたことで傷つけたのではないかと想像した瞬間にはもう箱から出ているという。

読んでいて思ったのは、これは対人だけじゃなくて、苦手な仕事や、コンプレックス、負い目のある持病などなど、物事に対しても同じことが言えるかもしれない。例えば、運動が苦手な人が「運動をしたい」という素直な感情を裏切った瞬間に箱に入ってしまう。一度箱に入ると、それを正当化する理由ばかりを探し始める。「家事をやらなきゃならないんだ!」「今月は納期で忙しいんだ!」「食事制限もしてるしわたしだって努力はしてるんだ!」ヒトはやらない理由を探すことがとても得意だ。やがてそれを他人のせいにし、しまいには怒りだすようになる。それは本書によればほんとうは自分自身への裏切りなのだ。

自分に誠実であることがなにより効率的な喜びへの近道じゃないかと改めて自分に問いかけてみる。

今の社会はさまざまなビジネスシーンを細分最適化し己の事業のみに集中特化することが賢いとされている。間接的に関連したさまざまな要因を「外部性」などと呼び、これをスマートに排除することこそがむしろ美徳とされている。ビジネスの根幹に直接関わらない従業員の感情や情緒は無駄だとみなされたりしてないだろうか。そこから派生するさまざまな社会影響やその背景にある生活はそれぞれに個別分離した課題であると無視されがちだ。

だからビジネスのため、会社の利益のため、業績のため、生活する上での色々な義務で溢れているにもかかわらず、自分の良心や感情に誠実でありなさいと言うものは少ない。自分に背く行為こそ、生産性を下げ、摩擦を生み、無駄を生んでいる。静かに自分と向き合い、傍らで「YES」と応じてあげる。そしてそれは同様に他人に「YES」を投げかけることであり、優しく思いやりの眼差しを向けることでもある。よりよい社会へのカギはそんな風なちっちゃな肯定の連鎖からくるのじゃないか、なんてことを思った。

りなる



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