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湿潤法による創傷処置に対する周囲の理解を得るために

※平成27年度(2016.1)にまとめたものです。


1 はじめに
 湿潤法は早く治る、きれいに治る、痛みが少ない、感染が起こりにくい1)という利点があり、保健室で処置を受ける児童生徒にとっても日常のQOLの向上につながると考えられる。しかし学校現場においては、湿潤法に対し未だ十分な理解が得られているとは言い難い。また従来法と異なる部分も多いことから、児童生徒、保護者、教職員の理解を得ることが必要である1)。
 そこで、昨年度、保健室における湿潤法による創傷処置の共通理解を図るために、教職員を対象にパワーポイントを用いた創傷治癒機転の説明と、実技研修を行った。教職員には好評であり理解を得られたが、同時に保護者と児童への周知の必要性も感じた。
 そこで今年度は、ほけんだよりによる周知のみならず、保護者や児童を対象とした啓発や保健指導を行いたいと考えた。
 さらに、自身の知見を深め処置技術を向上させるために、湿潤法の第一人者である夏井睦氏がセンター長を務める練馬光が丘病院傷の治療センターを見学したいと考えた。
 なお、湿潤法とは、創傷を消毒せず水で洗浄し、乾かさないように被覆材で覆う創傷処置法である2)。この創傷処置法には「湿潤療法」「湿潤治療」「閉鎖療法」等様々な呼称があるが、本文においては「湿潤法」を用いることとした。

2 内容
(1)全校児童を対象とした保健指導の実施

 保健室で擦過傷等の手当てを行う際には、児童に消毒を行わない理由と湿潤法についてこれまでも簡単に説明を行ってきた。しかし、児童にとって習慣化していた「消毒し、乾燥させる」従来法とは全く考えの異なる湿潤法について、その場の説明だけで児童が理解できていたとは言い難い。全校児童を対象に保健指導を行う必要性を感じたため、計画・実施した。
 本校では毎月1回10分間の「〇〇タイム」が設けられており、ハンカチ、ティッシュの携帯、爪、歯ブラシの点検などの衛生検査や、保健委員会児童による歯みがき指導(6月)や手洗い指導(11月)、校内テレビ放送を用いた保健委員会児童のかぜ予防の保健劇(1月)等を行っている。そこで9月に、全校児童を対象に、けがの予防と保健室での手当てについて、校内テレビ放送によるパワーポイントを用いた短時間保健指導を実施した。滲出液のキャラクターやアニメーションを用い、またクイズを交えて作成することにより、児童が興味や関心を持って視聴できたと考える。さらに、保健室にも同キャラクターを用いた掲示物を掲示(図1)することにより、処置時に行う個別の保健指導がしやすくなったと実感できた。事実、キズパワーパッド®等湿潤法に適した被覆材を使用している児童が、指導前と比較し、少しずつではあるが増えてきていると感じる。

(図1)

(2)新入生保護者へ説明
 保護者への周知の方法として、保健室での処置については以前よりほけんだよりに掲載してきた。しかし、受傷部位が翌日以降に大きなかさぶたになってしまっていたり、「家で消毒した」と児童から報告を受けたりすることがある。ゆえに、保護者に創傷治癒機転や、湿潤法について直接説明できる機会の必要性を日頃より実感していた。
 そこで、まずは新入生の保護者を対象に、入学説明会の保健関係の説明の際、保健室における擦過傷等の手当ての方法とその理由を、パワーポイントにて説明することとした。画像で視覚に訴えることにより、言葉の説明に加えて保護者の理解を得られるように努めた。

(3)練馬光が丘病院傷の治療センター外来見学
 同センター科長の夏井睦氏は、1996年から「消毒しない、傷を乾燥させない」外傷の治療である「湿潤治療」を提唱し、インターネットでの活動と講演活動を中心に、治療の普及にあたっている。
 傷の治療センターは、皮膚外傷、熱傷、褥瘡から、あらゆる外科系診療科の術後創離開の治療、創感染の治療、さらには様々な皮膚トラブルの治療を行い、全国各地、また海外からも患者が受診している。
 同センターでは通常、医師・看護師のみ見学を受け入れているが、今回養護教諭では初めて、見学の許可をいただいた。
 学校における救急処置の対象は「医療へ送る前のもの、または医療の対象とならない程度の軽微なもの」とされている。したがって、医療機関とは異なり、治癒するまで継続して外傷の処置をする場ではなく、原則としてけがをした当日のみの手当てとなる。同センターでの処置全てが保健室における手当ての対象となるわけではないが、被覆材の選択方法や使用法の工夫を始め、患者への声かけや気配りなど、参考にしたい点が多くあった。また、どの患者も皆笑顔であり、初診で最初は不安げな表情をしていた方も、十分な説明と経過の見通し、夏井氏の率直な人柄もあり、診察が終了する頃になると笑顔に変わっていたことが印象的であった。

3 おわりに
 今年度、湿潤法による創傷処置に対する周囲の理解を得るために、新入生保護者への啓発及び児童への集団の保健指導を行った。
 佐久間(2014)は、湿潤法における留意点として①患児・保護者の同意・協力が得られるように、十分な説明を行うこと②出血の有無、滲出液の程度など、創傷の部位・状態に応じ、適切な被覆材を選択、貼付すること③創面の観察及び創面に圧をかけない程度の洗浄の連日施行が肝要であること④汗疹・膿痂疹の予防として、被覆材の連日交換をすること、などを挙げている3)。
 現在湿潤法は、適切に行えば従来法と比較し感染が起こりにくい1)。帰宅後、傷を洗浄し、被覆材を毎日交換するのは家庭の役割である。被覆材を貼付したまま数日経過し、滲出液が漏れて来室する児童もいることから、保健室での手当てのみならず、帰宅後や翌日以降の家庭での対応についても今後はさらに周知させていきたい。
 また、学校では、教職員の異動により構成職員が変わるため、毎年共通理解を図る必要がある。湿潤法による創傷処置が社会において一般的な方法となり、学校現場においても通常の手当てとして認知されることを切望する。
 それに向けて、新入生の保護者のみならず、全校の保護者に対しても、今後もさらなる啓発や、児童への保健指導を継続して行っていきたい。

*引用文献
1)三村由香里他:学校における湿潤療法による創傷処置の有用性と課題、日本養護教諭教育学会誌、12(1):105-111、2009
2)萩津真理子:学校での救急処置における湿潤法の有用性と問題点に関する研究~学校での救急処置事例からの考察~、学校救急看護研究、1(1):54-70、2008
3)佐久間秀人:外傷と上手に付き合うための湿潤療法、小児科診療、77(2):207-212、2014

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