創価学会の昭和53年の挫折と日蓮本仏論

わたしはツイッターで以下のように述べたのだが、このことをもう少し詳しく説明しておきたいと思う。

“池田大作さんの52年路線は、その主張内容を単体で評価するなら、創価学会を日寛教学から解放する方向性を有していたという意味で高く評価できるが、その後の日蓮正宗への屈服とあわせて評価するなら、かえって強く創価学会を日寛教学に縛りつける結果となったという意味で罪が重いと言わざるを得ない。“
(https://twitter.com/Libra_Critical/status/1236269463839768578)

まず、わたしがいうところの「日蓮正宗への屈服」の内容を明示するために、池田大作さんの発言を引用しておこう。

“ 日寛上人は「当流行事抄」において「久遠元初の仏宝・豈異人ならんや即ち是れ蓮祖大聖人なり」「久遠元初の法宝とは即ち是れ本門の大本尊是れなり」「久遠元初の僧宝とは即ち是れ開山上人なり」と明確に説かれている。
 すなわち、仏宝とは、末法御本仏日蓮大聖人、法宝とは御本尊、そして僧宝とは本門弘通の大導師であられる二祖日興上人である。他門流においては、この三宝をはき違えているため、久遠実成の釈尊を本尊とするような大謗法をおかしてしまうのである。
 ここで僧宝とは、今日においては日興上人よりの唯授一人の血脈を受けられた御法主上人猊下であられる。また、ご僧侶はぜんぶ猊下の弟子であり、法類である。ゆえに、いかなる理由があるにせよ、われわれはご僧侶を大切にしなければならない。
 御書を拝読するにあたっては、五重の相対をはじめとして、種熟脱、五重三段、三重秘伝、六種の釈尊、あるいは一往再往、総別の二義等を基礎としていくことが大切である。その意味から、御書の現代的展開も、これらの原理を正しく基盤にしてなされなければならない。大聖人の仏法を社会になんとか理解させ、納得させようとするあまり、正宗の本義から逸脱してはならない。過去においてもそうした誤った風潮が一部にあったように思う。今後、厳重に注意していくべき問題である。“
(関東・東海道合同本部長会〔昭和53年2月25日 東京・立川文化会館〕、池田大作『広布第二章の指針 第12集』、聖教新聞社、1978年、pp. 174-175)

上に引用した池田大作さんの主張は、要するに、「御書を現代的に展開するにしても日蓮正宗の本義から逸脱してはならない」というものであるから、「日蓮正宗への屈服」といってさしつかえないだろう。これは「日寛教学への屈服」といいかえてもいいだろう。

このような屈服の第一の問題点は、「唯授一人血脈相承論」を受け入れてしまったことである。これは権威主義の肯定にほかならず、52年路線(反権威主義)の完全否定である。創価学会は、後に、唯授一人血脈相承論を否定するようになるが(小林正博「法主絶対論の形成とその批判」『東洋学術研究』第32巻第2号、1993年、http://www.totetu.org/assets/media/paper/t131_104.pdf)、それは法主絶対論から組織絶対論へ移行していくプロセスであったにすぎず、根っこの部分では権威主義が現在においても保存されている。このことは昨今の査問問題等からも明らかであろう。

昭和53年の屈服の第二の問題点は、日寛教学を乗り越える機会を失ったことである。簡単に言えば、日蓮本仏論を放棄するチャンスを逃したということである。

日蓮じしんは法華経の経文を根拠として、釈尊を三界の主・師・親と主張する。そのうえで、自らをその釈尊の使いであると主張し、そうであるがゆえに「日蓮は日本国の人々の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし」と主張する。これが日蓮じしんの論理構造である。このことは日蓮の真撰遺文を読めば明らかなのであるが、少し引用しておこう。

“法華経の第二の巻の今此三界の文を開きて、釈尊は我等が親父也等定め了るべし。“
(『法門可被申様之事』)
“法華経の第二の巻に主と師と親との三つの大事を説き給へり。一経の肝心ぞかし。その経文に云く_今此三界 皆是我有 其中衆生 悉是吾子 而今此処 多諸患難 唯我一人 能為救護等云云。“
(『下山御消息』)
“所謂「今此三界皆是我有、其中衆生悉是吾子」文。文の如くば教主釈尊は日本国の一切衆生の父母也、師匠也、主君也。“
(『頼基陳状』)
“日蓮は愚かなれども釈迦仏の御使・法華経の行者となのり候を、用ひざらんだにも不思議なるべし。〔中略〕現の父母の使いをかくせん人々よかるべしや。日蓮は日本国の人々の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし。是れを背かん事よ。“
(『一谷入道御書』) 

もちろん、日蓮が三界の主・師・親と主張するのは「本門の釈尊」である「寿量の仏」であり(『観心本尊抄』)、「寿量品の教主釈尊」(『法華取要抄』)である。ゆえに、この三界の主・師・親である寿量品の釈尊の仏像を本尊としても日蓮の思想にはまったく反しない。反しないどころか、日蓮じしんは以下のようにいっている。

“一閻浮提の内に法華経の寿量品の釈迦仏の形像をかきつくれる堂搭いまだ候はず。いかでかあらわれさせ給はざるべき。“
(『宝軽法重御書』)

池田大作さんは「久遠実成の釈尊を本尊とするような大謗法」というのだが、「久遠実成の釈尊を本尊とする」ことは日蓮じしんの思想であるのだから「大謗法」なわけはないのである。池田大作さんの主張は、日蓮じしんの思想を「大謗法」といっているのに等しいから、日蓮を御本仏と仰ぐ彼の理屈からすれば、そのような主張は御本仏の意見を否定する主張であり「大謗法」ということになってしまうだろう。

とにかく、日蓮じしんは、法華経の経文を根拠として、釈尊を三界の主・師・親と主張するのであるし、「経文に分明ならば釈を尋ぬべからず」(『撰時抄』)ともいうのであるから、そのような日蓮の主張を、誰が言い出したかもわからない口伝によってひっくりかえそうなどというのは土台無理な話なのである。その無理をやろうとしたのが日寛であるが、無理なものは無理なので、日寛教学は否定するしかない。

ちなみに、日興とか日道とかも久遠実成の釈尊を本師とか本仏といっているので、日寛教学が根拠とする口伝なるものは、日興とか日道の時代にはまだ作成されていなかったことが明らかである。

“日蓮聖人の御法門は、三界の衆生の為には釈迦如来こそ初発心の本師にておわしまし候“
(日興『原殿御返事』、http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/haradono.htm)
“日蓮聖人の云く本地は寂光、地涌の大士上行菩薩六万恒河沙の上首なり、久遠実成釈尊の最初結縁令初発道心の第一の御弟子なり。
本門教主は久遠実成無作三身、寿命無量阿僧企劫、常在不滅、我本行菩薩道所成寿命、今猶未尽復倍上数の本仏なり。“
(日道『三師御伝土代』、http://www.mitene.or.jp/~hokkekou/yousyuu/yousyuu5_1.htm)

以上述べたとおり、学問的良心を捨て去るのでないかぎり、日寛教学は否定するしかない。しかしながら、現在の創価学会には、日寛教学を乗り越えて新たな教学を切り開いていこうとする人はほとんどいないようである。

このままでは、昭和53年の挫折によって、創価学会は、日寛教学という権威に対する挑戦を永遠に放棄する道を歩むことになってしまうのかもしれない。やはり、あのように屈服すべきではなかったのだろう。

日蓮は「智者に我が義やぶられずば用いじ」(『開目抄』)というが、池田大作さんの52年路線(反権威主義)にもう少し覚悟があったなら、権威主義に屈服しなかった創価学会という歴史ももしかしたらありえたのかもしれない。

創価学会の歴史といえば、創価学会は日蓮聖誕800年(2022年)を祝して新しい日蓮遺文集を発刊するようである(https://www.sokanet.jp/topics/2020-01-12-16062.html)。その内容によって創価学会の今後の方向性が決定づけられることになるのだろう。創価学会の内部にも学問的良心がある人はいるだろうから、そういう方々に「智者に我が義やぶられずば用いじ」の覚悟で戦ってもらって、少しでもよいものが発刊されることを期待している。

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