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[法案調査] デジタル改革は本当にお得なの? 金額なきグランドデザインに違和感

要旨 - Summery

2024年参議院 第213回国会にて議論される「情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡素化及び効率化を図るためのデジタル社会形成基本法等の一部を改正する法律案」について浜田聡 参議院議員の依頼で調査を行ので、その結果を依頼に基づき公表する。

(1) 情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡素化及び効率化を図るためのデジタル社会形成基本法等の一部を改正する法律案 - デジタル庁
(2) 新旧対象条文 - デジタル庁


背景 - Background

デジタル技術の発展とともに行政における様々な業務を電子化し効率化することは急務である。特に先例踏襲を基本とする行政における電子化改革は、強いリーダーシップを要する。

国連の発表する世界電子政府ランキングにおいて日本は10位前後を推移しており、改善の余地は大きく残されている(3)。

国連(UNDESA)「世界電子政府ランキング」における日本の順位推移 - (3)より引用

特に近年の課題となっているのは、各地方自治体ごとに類似のシステムを構築していく「重複」と、異なるフォーマットによる「互換性のなさ」である。

システム開発者としては顧客囲い込みのため互換性に制約をかけたがるものの、本来は市場原理において自然淘汰し整理されていく。一方で行政事業の淘汰圧は自由市場におけるものと比較し小さいため、自治体ごとに同じような互換性のないシステムが乱立していくという事態が懸念される。

こういった事態を未然に防ぐためにはグランドデザインが必要であり、行政内で出力形式を標準化しビックデータとして取り扱いしやすくしていく「公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)」の整備が必要である。

本法律案は公的基礎情報データベースの位置づけおよびその活用法について規定するとともに、各行政府へのシステム構築の支援体制や、次期マイナンバーカードに関して法整備するものである。

(3) 令和5年版 情報通信白書|我が国のデジタル・ガバメントの推進状況 - 総務省


法案の概要 - Method

(1)より引用

1,公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)の規定

情報システムや公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)に関して規定し、データの品質の確保のための改善を義務付ける。(デジタル社会形成基本法)


2,一度限りの情報提出(ワンスオンリー)の推進

法人が名称や所在地などの登記事項について変更届出を行った場合、許認可・届出・認定制度等はベース・レジストリから変更情報を入手することで当該変更届出が行われたものとみなす(4)。(デジタル手続法)

(4)より引用

(4) ベース・レジストリと制度的課題-今後の取組方針(案)について- デジタル庁


3,データベースやシステム整備の体制強化

国の行政機関等は計画に従って整備を行い、国立印刷局はデータ加工等の業務で、情報処理推進機構はデータ標準化に係る基準作成等の業務で必要な協力を求めることができる。(デジタル手続法・独立行政法人国立印刷局法・情報処理の促進に関する法律)


4,次期マイナンバーカードに係る措置

次期マイナンバーカードでは電磁的記録事項として「性別」は残したうえで、券面記載事項からは削除する。またスマートフォンだけでマイナンバーカードと同様に本人確認できる仕組みを設ける。(マナンバー法)


事前評価 - Assessment

1,データの品質確保

本改正案において、公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)ははじめて条文に明記される。デジタルデータの標準化・互換性の確保は急務であり、将来的にその改善を義務付けるのは必要な措置である(5)。

ベース・レジストリの整備は出力結果をビックデータとして扱いやすくするだけでなく、次項における変更申請などの簡略化「一度限りの情報提出(ワンスオンリー)」実現のためにも重要である。

一方でこれら個人情報の公的機関における取り扱いの先例がある医療デジタルカルテ分野では、保存データの互換性を確保するため、データ書き出し部分のモジュール化というのが海外の先行事例である。

これはカルテソフト間のデータ互換性を目的としている。今後統廃合も想定される地方自治体行政において、ベース・レジストリ以外の部分においてもシステム間のデータ互換性を確保することは重要である。

一方で全国で画一的なシステムを使用させ、システムの品質や価格による競争を妨げるのも、自由市場の観点から長期的な非効率へとつながる。

そこで最小限のデータ書き出し部分のモジュールを政府からトップダウンで提供し、ユーサビリティにつながるインターフェース部分で自由な民間の開発競争を促す形がよいのではないかと、コンセンサスが形成されつつある(6)。

(6)より引用

(5) ベース・レジストリと制度的課題について住所・所在地・建物情報に係る番号制度やベース・レジストリの整備について - デジタル庁
(6) 医療情報の標準化、電子カルテ共有サービスに係る取組について - 厚生労働省


2,データ連携の促進

ベース・レジストリによる基礎データの共有により、登記等の変更申請の簡素化を可能にすることは、民間の申請業務を簡素化し法令順守コストの減少につながる。


3,データベースやシステム整備の体制強化

ベース・レジストリを活用するためには各自治体において適合したシステムを構築する必要があるが、その開発リソースに国立印刷局・情報処理推進機構における既存のノウハウを活用するのは合理的である。

国立印刷局にはデジタルデータを含む偽造防止技術が、情報処理推進機構には暗号技術やセキュリティのノウハウが蓄積されている(7,8)。

先にあげた共通モジュール等についても、これらの機関において開発管理する体制構築を試みても良いかもしれない。

一方で国立印刷局・情報処理推進機構にどれだけの負担がかかり、どれだけの追加予算と行政コストを要したかは、事後評価を行う必要がある。

(4)より引用

(7) 研究開発成果 - 独立行政法人 国立印刷局
(8) IPA 独立行政法人 情報処理推進機構


4,次期マイナンバーカードに係る措置

マイナンバーカード認証をスマートフォンのみで完結させることが可能とする改正案は、今後のデジタル社会を見据えて合理的である。

さらに踏み込むのであれば物理カードの廃止である。スマートフォンには生体認証機能が含まれており、二重認証とすることで十分なセキュリティレベルを担保できる。

クレジットカード決済と同等のセキュリティがあれば個人情報管理としては十分であるという観点をもち、いかなるシステムでも登録ミスや漏洩は完全には避けられないというリアリズムを踏まえて、過剰な個人情報や資産情報との紐づけを行わない方向で調整すべきである。

一方、性別の表記に関しては浴場や更衣室など施設利用の区分という観点から、券面記載事項からは削除するのは性急ではないか

筆者は性表記を施設利用の区分ととらえ、性自任や恋愛対象あるいは性に基づいて期待される役割等とは一切かかわりのないものとして位置づけ、生得的な区分から変更する際には根拠に基づいた医学的判断と一定の行政手続きを前提とするという方向で整理すべきだと考えている。


5,予算及び行政コスト、2対1ルールの観点

本改正案に予算表記はない。データ連携の促進、国立印刷局・情報処理推進機構、次期マイナンバーカードにどれだけの予算と行政コストを要するかは、法改正においてある程度予測を立てる必要性がある。

その理由は、政府が大きなデータを一元的に管理しようとするとき、管理コストが大きくなる傾向があるからだ。特にプライバシーやセキュリティへの配慮は管理コストを上積みする。

今回のベース・レジストリ規定について大きなコストがかかるとは思わないが、今後政府がビッグデータを一元管理しようとする場合は管理コストを常に留意し、必ずしもDXであるからコスト減になるというわけではないことを踏まえた、慎重な議論が必要である。

以上総じて予算の試算もないため、2対1ルールの観点で見た場合の行政コスト減分も不明である。

新規事業であるため予測しづらいという背景は理解するが、進捗途中に全体予算の増減に関する評価は必須である。


想定質問 - Discussion

Q1,予算および行政コスト節減額の見通しについて

本改正案はその後の執行においてどれだけの予算が必要になるか明確化していない。ベース・レジストリ整備に係る政府および地方自治体に必要な予算額および行政コストをまずは明示し、これら改革によって年間どれだけの行政コストおよび民間の順守コストが節減できるか予測を立てることが、本改正案の必要性を国民に説明しご理解いただくためには必要である。

とくに一元的なデータ管理は、保守・セキュリティ体制・バックアップ体制などに大きな費用がかかりがちで、特に国が運営する場合は過剰セキュリティによってコストが膨張する傾向がある。

事後的に振り返るとかえって大きなコストとなってしまったとならないよう、グランドデザインの時点で予算・行政コストに基づいた金額ベースでの議論が必要と考えるが、デジタル庁の認識を問う。


Q2,システム間の互換性を踏まえた共通モジュールについて

民間の自由なシステム開発を促進するために、政府が規定する共通部分はベース・レジストリのように最小限であるべきであるが、将来的な地方自治体の統廃合を踏まえると、各自治体ごとに構築される行政システム間のデータ互換性まで考慮する必要がある。

デジタル化の先行事例である海外の電子カルテでは、政府側でデータ互換性を担保する書き出し部分の共通モジュールを用意して配布し、ユーザビリティに係るインターフェース部分で民間企業の自由競争による切磋琢磨に期待するという形にまとまりつつある。

デジタル改革は初期のグランドデザインが重要であることから、システムのデータ互換性を確保することを目的とした共通モジュールをトップダウンで規格することについて、デジタル庁は考慮しているかを問う。


Q3,性表記はなぜ券面表記から削除されるのか

近年の多様性の議論から性に関する取扱いは難しいものであるというのは理解するものの、券面表記から削除するのはあまりに迎合的で、議論すること自体から逃げる姿勢である。

性の多様性に関する議論を踏まえたうえで、公開されるべき性情報というのは「浴場や更衣室あるいはトイレなど、性別によって分ける合理的理由がある施設」を利用する場合、どちらの性に属すか示すものと定義することを提案する。

この定義は個々人の性自任、恋愛対象、性機能などとは別の、便宜上のものであるものとすれば、性の多様性を容認したうえで利便性を図るための表記とできるのではないか。その変更には一定の医学的根拠と行政手続きを要するものとする。

マイナンバーカードの利便性を高めるという観点から、性別の券面表記からの削除は合理的ではないと考えるが、デジタル庁の見解を問う。


結論 - Conclusion

「反対」

法案の内容には概ね賛成であるが、それを執行する場合の予算の見通し、行政コストの増減に関して、あまりにも無関心である。

デジタル化、一元化は必ずしも効率化に直結しているとは限らない、あくまで手段の一つであるのを忘れてはならない。

本改正案は条文を大幅に純増させるものであることも鑑みて、より議論を深めグランドデザインを明確化するためにも、可能な限り金額で改正の根拠を示す努力をすべきである。

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