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ケース1998@

 このケースについて、解説めいた事を述べてみたいと思います。あくまでも私論ですので、誤った捉えている場合もあるかと思います。そう感じられた方は、どうか読み流していただきたいと思います。

 生徒指導上の「問題行動」は、2種類あります。一般に非行と言われる反社会的問題行動があり、その相反する問題行動の、根っ子は同じとする考え方があります。これは、私独自の考え方ではありませんが、数々の相談場面の経験を重ねていくと、納得できるところも多くありました。その根っ子とは、両者共に「ワガママ」が過ぎるという点です。

 また、根っ子の源になるのが、親の養育態度だと考えます。我が子から嫌われず、常に好かれる存在になりたいという心理状態が、問題行動を引き起こします。すなわち、我が子への「甘やかし」が、全ての問題行動の根源となるのです。そして、どんな甘やかしをしたかによって、起こり得る問題行動の方向性を決定づけると考えます。

 このケースでTさんに気づいて欲しかったのは、「可愛がる」と「甘やかす」は、大きく異なっている点です。ちなみに、「放任」も甘やかしに含みます。更に「過干渉」も同様です。難しいところです。

 17歳の息子に対して、記憶のタイムスリップを起こして、3歳の子を見る目になるという、難しい課題を出しました。言動ではなくて、あくまでも「目」なのです。ある日急に母親が自分を見る目が変わると、多感な時期の息子さんは、すぐに気づくはずです。

 ボディランゲージとしての「目」の威力は絶大です。自分を青年期の男性と見られていたのが、急に幼児期にタイムスリップするのですから、その説得力は、彼の固まった心を動かすでしょう。幼児として見られていることを否定すべく、彼は動き出すでしょう。

 ただし、問題は母親の方にあります。自分の子ながら、1人の男性として性的イメージをもっていて、それを懸命に払拭しようとする様子を感じました。悩んでいるのは、大人の女性としての自分自身なのです。息子の容姿に「オトコ」を感じている罪悪感を感じ、悩んでいるのです。

 逆に息子の方も、母親に一番身近な「オンナ」を感じているのですから、戸惑いをひた隠しにするため、話しかけられても曖昧な返答をすることになり、2人の会話は成立しにくくなります。これは、どの親子にも起こり得ることだと思います。

 この拮抗した関係を緩めるのは、やはり母親の役割だと思います。3歳の子のように見るということは「何歳になっても、お前は私の子供なんだからね」というメッセージを、息子にじわじわと伝えていきます。そして、バーンアウト状態から、少しずつエネルギーを蓄えて、再登校に至るかもしれません。

 時は、自分の都合を無視するかのように流れていきます。相談場面で、私はクライエントに未来を想像する問いかけをすることがあります。1年後は?5年後は?10年後は?といった具合です。現在17歳の彼は、当然のことながら、10年後には27歳になっています。時間は、誰にでも平等に与えられていて、「飛び級」などありません。

 親は、子供の未来にレールを引きたがる存在だと思います。私も一応3人の父親です。1998年、2000年、2001年で♂♀♀です。ただただ可愛いです。3歳の子のような目で見て、言動も同様なので、煙たがられている有様です。この子たち全員に、レールを引いたことは、入試での志願先でした。すなわち主体性のない子に育ててしまったのです。

 子育てに正解などありません。また、後悔するのも無意味なことです。しかし、子は親の背中を見て育ちます。よく考えれば、主体性のなさも、私からの遺伝なのではないかと思うようになっています。

 しかし、反社会的・非社会的な問題行動は特になく、「学校は行くもんだ」という私の言葉に従ってくれました。なお、学業成績など、本人の問題として、スルーしました。学校に望むことは、如何にして十把一絡げにしてもらえるかということのみ。今風の親とは全く異なる路線だったと思います。

 このケースの後日談。Tさんの息子さんは原級留置の結果を受けて、高校を中途退学したとのこと。それでも「大検」に合格して、首都圏の私立大学へ進学、中堅どころの会社に就職して、3年で退職。現在は、実家の居候をしているとか。

 約10年ぶりに相談を再開。今度は、ニートになった息子を抱えるTさんのメンタルケアが主目的となりました。そんな状況下、ロジャースの言葉が、浮かびました。

人は人によりてのみ。されど......。

 「されど」の次に入れるべき文言は何だろうと、ぼんやり考えてみました。されど、私にできることには、限界があり、親のできることにも。すなわち、限定的な人間関係では解決できない問題だということです。彼は、「自力」探しの旅を続けなければ、道は開いてくれないのです。

 できることなら、若いうちに多くのキャラクターとの出会いを求めるべきです。私の迷言に「類は友を呼ばない」を参考にして、反対軸の性格をもつ人と意識的に関わることをお勧めします。そして、関わる相手から自分にはないところを見い出して、自分に取り入れるのです。必ずプラスになります。

 初クライエントとの相談は、自分なりに評価すべき点も失敗もありました。相手を受容できたかどうか考えたものの、当時の私には結論を出せませんでした。しかし、良かれ悪しかれ私なりの第一歩を踏み出したということは、実感できました。エンドレスの取組みは、これからも続いていきます。










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