見出し画像

第五回飛鳥文学賞応募作品「罠箱のすすめ」

この部屋を、使っている人へ。
この本を見つけたということは、あなたはこの部屋に、多分私の後に入ることになった人だと思います。
先生のところにどうしてくることになったのかは、わからないけれど、この本を読んで私がしたのと同じ失敗をしないでくれれば、と思ってこれを書きます。お役に立ちますように。
=============
罠箱、trapbox、APB。いろいろな名前で呼ばれている罠箱というのは、要は軽く罠をかけた箱で、パラライズをかけられたときに、作動させるとちょっと自分にダメージが入って、パラライズが解ける。そういうことのために使う箱のこと。

この本の最後に作り方は書いておきます。
大体は小さい木箱で、箱自体はあんまり美しかったり、細工に凝ったりするものではないことが多いのは、細工スキルが低い人が作るものだから。
細工スキルが高すぎると、罠が作動した時に、ダメージが大きくなりすぎて、危ないのでそうなっています。
ちなみに、そういうダメージの大きい箱は防犯用。用途が違うので間違えて買ってこないように。

私は、ここで戦闘を教えてもらうまでは生産職をしていたので罠箱は自分で作っていたけれど、多分先生が一つはくれると思います。ベンダーでも売られているし、もしかしてなくしたり、手に入れづらかったりしたときのために、ベッドの下に2つ押し込んでおきます。「罠箱。開ける時注意」と刻印した、真っ赤な木箱です。使ってくださいね。

パラライズをかけられて、箱を作動させる練習も、散々やることになると思います。コツは、音を聞くこと。パラライズの魔法は、キラキラした効果も見えるのだけれど、多分音を基準に作動させた方がいいです。目の前のモンスターだけでなく、背後から魔法が来ることもあるので。
もう、夢の中で音を聞いても手が動くぐらいに練習することになりますが、黙ってやっておいた方がいいです。後で書きますが、先生はこういうことにかけては、むちゃくちゃ厳しいから…。

パラライズなんて、魔法抵抗が高ければ、自分が硬直させられるのは、すごく短い時間だと思ってないですか。
魔法抵抗スキルが、限界まで上がっていれば、セキレイが尾を振る時間より短い時間しか止まらないと、私も思っていました。
魔法を自分に撃ってくるのがモンスターだけなら、これは全く正しいです。
ですが、問題は、モンスター以外…つまり人間、エルフ、ガーゴイルが魔法を撃ってくる場合です。

無法者あふれる、危険な場所であるフェルッカでは、狩場では私達も、立派な獲物として認識されてしまって、ただ面白いから。スリルがあるから。そしてただ、自分がそう出来るから。そういう理由でも、誰かを襲う人があるのだそうです。
もちろんただの物盗り目的だということもあるし、動機は様々でも、つまり私達を殺そうとする人が出るのがフェルッカという土地で。

そういう人たちは、まずモンスターが絶対しないようなことが出来てしまうので、狡猾で、頭の回転が速く、そして場慣れした殺し屋ならば、先生には「まあ、対処はまず、かけだしの戦士では無理と思っていい」と言われています。
先生は、私に「できることしか教えない」と言っていましたから、もちろん殺されかけたときに、うまく返り討ちにしろ、なんて言いません。ですけれども、罠箱を作動させて、逃げるぐらいのことは出来るように、と言われていたのです。

最初の頃こそ、罠箱は持ち歩いていましたが、途中からトラメルでしか狩りをしなくなった私はどこかで罠箱をなくしてしまって、先生と一緒に魔法を受ける訓練をしていた時、罠箱がかばんに入っていませんでした。
そこからが怖かった…。
今思い出しても身震いが出ます。それに正直なところ、人に知られたいような話でもないです。ですが…。こんなひどい目に遭った話を聞けば、少しでも罠箱を持ち歩く気になるだろうし、それが同じく、まだ修行中の戦士であるあなたの安全につながることを祈って、ここに書いておきます。

=======
「罠箱はどうしました?」
先生に聞かれた私は困って、忘れました、と答えました。
大体それが大間違いだったと思います。せめて「なくした」ならもう少し手加減がもらえた気もするのですが。

「ほう、忘れた、ねえ」
先生は、私にパラライズフィールドをかけました。
まず、私を中心に1本。その後、ちょっと横に回って、十文字にもう一本。
モンスターがかける、1本だけのパラライズフィールドは、一瞬硬直してしまいますが、パラライズフィールドに沿って歩かない限り、あっという間に抜け出せます。別に魔法抵抗さえ高ければ、それほど怖い呪文じゃありません。ですが、こういう風に十字にかけられると、全く動けなくなるのです。
「こういう時にねえ…。罠箱があったら、逃げられたかもしれないんですよ」
先生の手には、驚くほど素早い動作で鞭が現れ、あっという間に私は地面に這いつくばることになりました。
先生が左の眉をあげて、「ほう…」と鞭を取り出したら、悪いことは言わないので、さっさと膝をついて降参した方がいいです。まあ、降参したところで結果は変わらないかもしれませんが。

いや、話は戻って。
そのまま、何度か打ち据えられて、体力がどんどん減り、スタミナも同時に減り、動けなくなったところで、先生はベルトから手裏剣を出して、私の膝の上あたりに打ち込みました。先生が持っている手裏剣には、ナイトシェードから作った、かなり強い毒が塗ってあります。多分、致死性のある毒です。
痛いどころじゃないです。多分私は悲鳴を上げたはずですが、記憶には残っていません。まぶたの内側に白い光が見えて、息が止まるかと思いました。

その後の毒の作用で、体ががくがく震えて、力が抜け、ひどい痛みと吐き気に襲われました。
「こういう時に罠箱は、もっていればねえ、よかったんですけどね」
体を丸めて、苦しむ私の上に、後何度鞭が降ったのか…。
ひどい痛みで涙が出て、毒の作用で、ろくに息も出来ない状態で、何も言えずにいる私を、鞭で体力を落とし、かといって死にそうになったらアーチキュア、そしてヒール…そしてまた今度はポイゾンを詠唱。
先生の作った、体力が回復するアーマーを装備していましたから、だんだんに体力は戻ってくるのですが、それを、先生がこまめにマジックアローや、ハームで削って。
鞭で出来た傷に、マジックアローがねじ込まれる痛さと言ったらひどいもので、私がちゃんと息が出来たら、大声で泣き喚いたはずです。
体の中から出そうな液体は全部出したし、自分の口から胃が裏返って自分のつま先が出るんじゃないだろうかと思ったぐらいには吐いて、ひどい有様でした。
もう死ぬ、と思った瞬間、ちょっとヒールされて、また毒に突き落とされて苦しむことになって、死んだ方がまし、というのはこういうことをいうのだ、とまざまざと味わうことになりました。

先生は、確かに、戦意喪失した人を殺すような人ではない、と知っていましたが、本当に死なされた方がましだと思いました。
「ちょっとは、懲りたほうがいいですよ、私じゃなければとっくに死んでいますからね」
と言われたときは、そっちの方がよかったかも、と思いました。
死ぬのが大嫌いで、怖かった私としては、びっくりするような考えでしたが、あのひどい痛みと吐き気、そして次の鞭がいつ来るのかわからないその恐怖といったら、何日も悪夢を見るのに十分な恐ろしさでした。

生まれたての赤ん坊でも、ここまで泣かないだろうというぐらい、私を泣かせてしまってから、「次からは、気を付けることです」と先生の折檻は止まりましたが、体の力が抜けてしまって、私が立てるようになるまで、ずいぶんかかって、私はちょっと風邪をひきました。毒の作用のせいなのか、ひどくのどが渇いたのを覚えています。

後始末の面倒で、大変だったこと…半日かかりました。青い皮で出来ていたアーマーセットの、黒っぽい血のシミは全く取れず、膝の破れ目を直しても強度が足りないということで結局着られなくなりました。
練習場の掃除も大変で、おがくずをもらいにいったヘイブンの木挽き場ではあまりの顔色の悪さに、木挽き場のご主人と、その奥さんにとても心配されました。
あの二人は、とても気さくで優しい人たちで、いつも親戚みたい私のことを気に留めてくれました。私の名前を言って、その後に来たのだ、と言えばきっと、おがくずをもらいにいったり、薪を引き取ってもらったりするときに、クッキーをくれると思います。

話は戻って…
一年ぐらい経ってから、先生に罠箱の確認をされたときは、もちろん私は罠箱を持っていて、先生に「あの時はひどかったですからね」と言ったら先生は、「それでちゃんと覚えたんでしょうが」とちょっと、ムッとして答えていましたけれども…。本当に、恐ろしくて、しばらくの間私は先生に声をかけられるたびに、ぎくりとして、ナイフを先生が手にしようものなら涙が浮かぶぐらいになってしまったので、先生もきっと困っただろうと思います。(これは、だんだん直りました)

どっちにしろ罠箱をちゃんと持っていさえすれば、ひどい目には遭わなくても済むでしょうし、毎日ちゃんと薪を割って、水を汲み、剣の稽古をして、戦う練習をしていれば、先生は理不尽なことは言いません。ただ、殺し屋に遭った時のために。この場所から出ていくときのために、先生は厳しいのかもしれません。

お勧めは、毒に体を慣らしておくこと。一番作用の低い毒ポーション(魔法屋のアルケミストが売っています)を、毎日決まった時間に飲み、徐々に毒の強さと、量を増やしていきます。先生の作業部屋には、中程度のポーションから上はそろっていますから、きけば、使わせてもらえるはずです。ネクロ魔法を使って、バンパイア化してから戦うことが多いですが、バンパイアになると自然に解毒できる体質になるのに加えて、こうやって毒に体を慣らしておけば、毒にかかったままでも、力が抜けたりしないで普通に戦えるようになります。ここに来るまでは、考えたこともなかったようなことでも、慣れたら出来るようになってしまいます。今、これを書きながら自分でもちょっとすごいなと思いました。

私が定宿にしているのは、ニジェルムのRestful Slumber。もし、なにかあったら、ここに伝言を届けてもらえれば、私に連絡が付きます。
宿屋暮らしなので、大したことは出来ないけれど、出来るだけのことはしますから。

あと、薪小屋の隅のマネキンが着ているアーマーセットは、予備にどうぞ。
私が作ったものなので、先生が作るのよりはよくないけれど、予備というのは要る時は要るでしょうから。
この机の引き出しに入っている軟膏は、馬に乗り慣れていない人が、鞍ずれの時に使うものなのだけれど、先生の木剣の跡が残ってしまった時にも、よく効きます。(レシピは最後に書いておきます)自分で作ることもできるし、小さい瓶でヘイブンの厩舎で売っているものなので、頼んでおけば薪を引き取りに来てくれる時に持ってきてもらえるはずです。
お金が足りないときのために、ちょっとお金もポーチに入れて残しておきます。
あなたに、アバタールのご加護がありますように。

春、旅立ちの日に。
あなたの、友人より。

===========
罠箱の作り方

木箱(小)を作成。
鍵を外に出す。

箱の、長辺が、東西にくるように箱を置く。

青矢とインゴットを使って罠をかける

箱に、鍵をかける

魔法「アンロック」を箱にかける
魔法「マジックロック」を箱にかける
魔法「アンロック」を箱にかける

箱の長辺が南北にくるように箱を置く

あけてダメージが来るのを確認する

鍵は捨てる。

===打ち傷によく効く軟膏の作り方
材料
部族イチゴ 4個
蜜ろう 雑貨屋で売っている1個分
ココナツオイル 壺1つ分

ベリーをすりつぶして、布で濾し、汁だけを温めたココナツオイルに加えて、とかした蜜ろうを混ぜ合わせる。
しばらく温めながらよく混ぜる。

作った後は涼しいところにとっておくこと。

夏は溶けることがあるので、その場合は蜜ろうを多く。
冬に柔らかくしたいときは、蜜ろうを少なめにすると塗った時に皮膚の上でのばしやすい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?