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「罠箱 」ウルティマオンライン戦士編

魔法をかけるモンスターと戦うのは難しい。
かなり離れたところから魔法を打つモンスターは駆け寄ってからでないと私には攻撃出来ないから、剣の届く距離に来るまでは、こっちが防戦一辺倒になる。

大体、大きい音が嫌いだ。例えば、本物の雷はもちろん、ライトニングの音が聞こえると、びっくりして硬直、ファイアボールは射程内にいなくても、その場から逃げ出したくなったりする。
多分突然出てくるものは音も光も全部だめ。
だから先生は私に魔法を見る訓練させた。

ライトニングを近くで打たれただけで、首をすくめて、ぎゅっと目を閉じていた私に、先生は辛抱強く、小さい魔法から練習させた。
「周りの状況に対応出来ないから、目は閉じない」
と言われていたのだけれど、いまだに瞬きはしてしまう。

少しずつ、魔法に慣れていかないと強いモンスターと戦えないのはわかっていても怖いものは怖い。
今日は、An Ex Porつまり、先生の呪文はパラライズだった。

「罠箱が作動していないな」
先生が私のそばへ来て、バックパックを開けた。

…実は箱は持っていない。いつの間にかなくしてしまったのだ。

「罠箱は、どうしたんです?」

えっと…これはまずい。先生の声が怖い。
「入れるのを忘れました」…というしかないけど。

「忘れた?ほう…」

先生がその場で呪文を唱えたと思ったら、パラライズフィールドが出た。
音も光も派手で、ついでに痺れる、嫌な魔法だ。
あ、と思ったらもう一回、違う向きに十字にフィールドが出て身動きが取れなくなった。

「罠箱を持っていればねえ…逃げられたかもしれないんですよ」

先生の手に魔法みたいにナイフが現れたかと思ったら、手にした斧が叩き落され、ついでに体力が、がくん、と減った。

あっという間の出来事で、返事をする暇もない。

「ほんと、持ってたらよかったんですけどね、こういう時」

破裂音がして、私はぎゅっと目を閉じた。
耳に響く音の圧が怖い。
痛い…反響した音が耳にこだまする。

風を切る音が、すぐ横を通り過ぎる。
鞭を使うとどんなモンスターもすぐ動けなくなる。
もちろん私もあっというまに床にへたりこんだ。

頭の中に真っ白い光が斜めにはしった。

熱い。
自分の膝のちょっと上に、黒い手裏剣が刺さっている。
先生がベルトに入れているのは知っているけど…
血がじわじわと手裏剣の縁に乗っていく。

背中が冷たい。
冷や汗が体の表面に浮き上がって、身震いが出た。

こんなことが起きるなんて信じられない。
夢の中のように、全てがゆっくりに思える。
心臓はバクバクして視界がはっきりする。

ここまで怖いことが起きているのに、どうして私は声も出さずに、こんなことを考えているのだろう?
とっくに泣き喚いてもいいぐらいのことなのに。

「ちょっとは、懲りた方がいいですよ、相手が私でなければ、とっくに死んでますからね」

声も出せずに涙が落ちる。
心臓が打つ速度で流し込まれる痛みの波。
吐き気がする。
鼻の奥が痛い。
息が出来ない。

死んじゃう、苦しい、痛い…。
全部がぐるぐると混ざり合う。
ナイトシェードの匂いがする…。
そっか、先生の手裏剣には、毒が塗ってあるって…。

寒くもないのに震えがくる。
どうして私は今、気を失えないのか。
毒が回っているのだろう、体力がこぼれていく。
ぐらぐらして、吐き気に食いしばったあごが痛い。

息が詰まる。
周りに集まった影に視界が飲まれそうになる。
ただ、床に日差しがちらちら揺れて…。
そこだけが明るかった。

痛みにひぃっと息を飲み、自分の息の音で目が覚めた。
先生が、私の前に跪いて、手裏剣を拭いている。

「印象深くないと覚えないというのも、よくないですよ」

息が出来るようになっている…。

「せんせい…ごめんなさ…にどとわすれません…」
手がまだ、上がらなくて、涙が拭けない。

「ったく。この様子じゃ、着替えが先ですね。作業はゆっくりでいいですよ」

そういって立ち上がった先生のブーツが遠ざかっていくのを私はただ見送った。

震えがまた戻ってくる。
怖かった。
怖かった。
怖かったのだ。

ぐちゃぐちゃになった顔を拭く。
手が動くようになっている。
涙が、いくら拭いても出てくる。
震えが止まるまで、ただ泣いた。

吐き気は軽くなった気がする?
と思ったとたんにぐうっっと吐きそうになって、慌ててぐっとつばを飲み込んだ。
ここで吐いたら、掃除をするのは自分だ、なんて私は意外と冷静なのかもしれない。

目を閉じてめまいを逃がす。

今の状態をチェック。
手がまだちょっと震える。
軽めの吐き気がする。
体があちこち痛い。
左膝の上がとても痛い。
座り心地悪い。
着替え必要。
毒…は多分先生が解いた後。
体力はかなり減っている。半分以下。
喉が痛くて、舌が口の天井に張り付いてる。
口の中が苦い。
床が硬い。

全部に痛みのカバーがかかっている。
脈の速さに痛みが同調して、不快を通り越して気が滅入る。

立とうとしても、力が抜けている。
立てないんだ…。
床が冷たい。
手にした布が、役に立たなくなり、すすり泣く私の涙が出なくなったころ、やっと立てるようになった。

膝がガクガクするのをだましだまし、井戸まで歩く。
すごく喉が渇いた。

多分、毒のせい。
いがらっぽくて、苦い味が鼻の方まで広がっている。

井戸の横で、また膝をつく。
水を汲むのは多分無理。力が入らない。

いつもなら、井戸の中におろしてある桶に木のお椀が浮いている。

あ…。多分先生がこうしてくれたんだ。
座り込んだまま、水を飲む。
甘くて、冷たい。

今までも、先生にぶたれたことはあった。
注意が払えていない、姿勢が悪い、そういうちょっとしたことで剣の平でパチンとされていて、手加減してほしいと思っていた。
「もちろん加減してますよ、私は紳士ですからね」
なんて、絶対嘘だと思っていた。
でも…。
ずきずきした痛みが奥の方に。
ぴりぴりした痛みが表面に。
こんな痛みが後に残ることは、今まで一度もなかった。
手加減されていたんだ。
また、涙が出そうになる。

吐き気がおさまってきた。
体がまた震える。
あれ?でも、いや、これは寒い。寒いんだ。
こんな季節だもの、それはそう。

この状態では体が冷たくなるに決まってる。
着替えないと。

自分の小屋まで水を運ぶ?体を拭く分?
無理。

しょうがない…。
私は寒いのを我慢して、桶の中の残りの水を頭からかぶった。
冷たさに身震いが出る。
桶を井戸に落として、もう一度。
何もかも、身に着けたままだけれど、脱ぐ気力もない。

唇をぐっと引き結んで、部屋まで帰った。
震えながら着替えを探して、体を拭く。
靴の中まで濡れて、仕事が増えた感じ。
頭が、全然回っていない。

そうっと膝を引き寄せて傷を調べる。
傷はふさがっている。
close woundでふさいでくれたのだろう。
皮アーマーの膝がすぱっと切れてひらひらしている。
おおう…やらなきゃいけないことがいっぱいだ…。

ヘイブンの木挽き場へ行って、おがくずを調達。
訓練部屋の床のおがくずを全部掃きだして、床を拭いて、またおがくずを撒く。
床を拭く動きの痛いことったらない。
この罰のつらいところは、ぶたれたその時に痛くて怖いのはともかく、長引くところなんだろう。立っても、座っても、歩いても、痛みが後悔を呼ぶ。

服は軽く洗って、アーマーはほどいて水につけたところで時間切れ。

ランタンの灯で薪を割っていると、先生が来た。
「あ…」
「着替えというのは、ないんです?」

私はロングスカートをはいて薪を割っていた。
正直をいうと、ない。
先生はこういうところが御曹司だ。
庶民というのは普段着と作業着、よくてお祭りの晴れ着ぐらいしか持っていない。
洗濯もまれだし、大体貧しければ着たっきり、次にその服が背中を離れるのは、形を保てないぐらいボロボロになったときだということだってあるぐらいだ。

着替えを何着も…それも、動きに慣れなくてはいけないから、という理由で普段から着てはいるが、皮鎧のような特殊(で高価)なものの着替えなんてまずありえない。

「食事にしましょう」

あ…。用意もしていないし、おなかも減っていない。
昼は食べなかった。
椅子に座ったらひびく。
がちんと口を閉じて悲鳴を押し殺したら、先生が、くっ。と笑いを押さえたのが見えた。

「昼も食べなかったんでしょう。食欲がなくても、食べておかないと体に悪いですよ」

そうはいっても、おなかが減ってない…。

先生の手にナイフが。

ぎくりとなって思わず小さく悲鳴が出た。

「なにびびってんですか」

涙目で先生をうかがう私に、ため息をついて、

「部屋に持って帰って食べてください、今日はここまでで、もう休みましょう」

先生が出したナイフで切ってくれたリンゴのお皿を、部屋に持って帰る。

やっぱり涙が出る。

罠箱は持っていないと危ない目に遭う。
毎日持ちましょうと言われていたのに守らなかった。
だから、痛い目にあった。
わかりやすいけど…怖かった。
先生が怖い。今も。

ベッドに転がって、目を閉じて、時々あふれてくる涙を拭いているうちに眠ってしまった。

***
目がしっかり開かない、朝。
ぐっと、力を入れておかないとまだ、涙が出る気がする。

「確認するから、これ着てみてください」
これ、と渡されたのは、青い皮のアーマーだった。

「着替えはあったほうがいいでしょう」

うっ。私のアーマーが着れるようになるまでには、かなりの日数かかる。

「我ながら、いい出来だと思いますよ、はい、さっさと着る」

シッシと私を手で追い払う先生に追い立てられるように部屋に戻って、アーマーを身に着けた。

ノック。
「いいですか?入りますよ」

先生は、私を上から下まで見てチェックしている。

「うんうん、ぴったりあってますね、一丁前に見えますよ」

…先生は、もう怒ってないんだ…。まるで昨日のことが嘘みたいに。

もう大丈夫。ちゃんと先生の言うこと聞いていれば、ああいうことにはもうならない。
そう思ったら、目の前がにじんだ。

「なんでそこで泣くんです!!」

「うわあん!!わかんないです!」

「まだ、痛むんですか」

「ちょっと」

「ちょっとはしょうがないですね」

「はぁい…」

4つに切ったアップルパイを、先生が2切れ、お皿に乗せてくれた。
こんなに無理、と思ったのに気が付いたら全部食べ終わっていて
「体力回復すると、腹が減るのは当たり前ですよ」

先生は笑いをかみ殺して、私にそう教えてくれたのだった。

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