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Vol.10 スーパーカーブーム

大人も巻き込む社会現象

少年ジャンプの連載漫画「サーキットの狼」をきっかけとする70年代のスーパーカーブームは、子どもたちを中心としながらも大人も巻き込む社会現象と言えるものでした。
プラモデル、ミニカー、消しゴム(これは学校に持っていけた)などはもちろん、エンジン音と走行音を収録したレコードなんてものまで大ヒット商品になりました。
また、企業のプロモーションにもスーパーカーは格好の材料であり、清涼飲料水やお菓子などのノベルティとしてとしても多く使われていました。

生活が豊かになり、かつては雲の上にあった富裕層の暮らしが「頑張れば手が届くかもしれない」というところまで近づいてきたという70年代特有の意識が主たる背景ではありますが、それに加え「技術の進歩」に対して人々が熱い思いを持っていたということもこのブームの要素のひとつだったようにも思います。

子どもたちはややこしいクルマの名前を覚え、そのディテールを語ることに夢中になりました。DOHCだ、モノコックだ、水平対向だなど、わけもわからないままマニア(エンスージアスト)度を競ったものです。

なぜかぼくの地元では各自が「推し」を持つことが一般的でした。〇〇くんはランボルギーニ・ミウラ、△△くんはフェラーリ512BB、なんて具合です(ぼくは名字の一文字がおなじである早瀬左近にあやかりポルシェ930ターボでした)。
それぞれが担当車種を深堀りし、みんなの前でお披露目しながら情報交換を楽しんでいたわけです。
当然人気の車種になると取りっこになることも多々あったはずですが、そのあたりは昭和の子ども社会独特の調整能力が発揮されていたように思います。

  
スーパーカーとは

「スーパーカー」は和製英語のように聞こえますが、じつはSuper Carという英語はちゃんとあります。
性能・価格その他諸々が「並外れている」ことが基本の定義ですが、欧米ではフェラーリやランボルギーニ、ブガッティなどに代表される「スーパースポーツカー」専業メーカーのクルマを指すことが普通です。いわゆるケタ外れの超富裕層むけの製品です。
ちなみにポルシェには「ビジネスマンズ・エキスプレス」という独特なコンセプトがあり、これはドイツの経済成長が生んだ「アウトバーンを最速で移動することで時間を節約する」というもので、イタリア系スーパースポーツカーとはやや背景が異なります。

一方、日本のスーパーカーブームはこれらのヨーロッピアン・スーパースポーツカーを主役としながらも解釈はより幅広いものでした。
早くてかっこよくて珍しいクルマなら何でもOKで、大手の量産自動車メーカーが上級車種として設定した高性能モデル(スカイラインGTRなど)も憧れの的でした。

そもそもこれらは大手メーカーによるブランディングが主目的ではあるのですが、そこには技術革新を目的とする70年代的姿勢が含まれていたことも間違いありません。
より高性能にするための研究投資も積極的に行われ、またその広報活動としての自動車レースなどにも多くの資金が使われています。
ヘンリー・フォードがエンツォ・フェラーリにレースで勝ちたいがために作ったFORD GT40が本来の経営を傾けそうにすらなったという逸話も有名です。

こういった自動車メーカーの熱い思いはその後の性能向上に大きく寄与しただけでなく「自動車趣味」という文化を生み出しました。
70年代という時代が生んだ「産業と文化の融合」の典型例といえます。


おとなになったスーパーカーブーマーたち

スーパーカーブーム世代の子どもたちはいま50代。いまの社会ではリーダー的ポジションにいる世代です。
良くも悪くも技術やモノに対する独特な感性をもった世代です。
上昇志向であったりマニア嗜好であったりいろいろですが、何かを生み出すことに夢中なっていく傾向があります。そんなかれらの(ぼくらの)が生み出したものは、現代の産業にも文化にも自然と色濃く現れているように思います。

ただ、この感性もいよいよ旧時代にものになってきたようです。
寂しくもありますが、それより次の世代がどんなものを生み出していくのか楽しみにも思っています。


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