ラブホ代より、お揃いのアクセサリーが欲しい

立派な家の二階のベランダを出て左を向くと、母の部屋がある。そして窓がついた扉からは母の寝ている後ろ姿が見える。時折、母が死んでるのかではないかと思って、布団が動いているか確認するためにじっと見つめてしまう。
母の口癖は「後3年で死ぬから」である。母の父方が比較的短命であることと、ヘビースモーカーであることが理由らしい。しかし私が20歳を迎えようとしていた頃に母は病院に行って禁煙を始めた。中学生まで「たくあんとタバコとコーヒーさえあれば生きていける」と言っていた母が、高校に上がる頃にはたくあんをやめ、私が20歳になったらタバコをやめ、そしてコーヒーをもやめようとしている。
母が辞めたものをなぜか拾い上げるように、私はコーヒーを飲み始め、タバコの煙を肺に入れることができるようになった。漬物だけはいまだに好きになれないけれど。


短くて黒くてぷっくりしていて中指が曲がっている私の手を見るたびに、指輪が似合わない指だなぁと思ってしまう。だからなのか、私は長くて白くて細い綺麗な異性の手を見ると思わず見惚れてしまう。まぁ、その手で触られたら…という不純な気持ちも4割ほど含まれてはいるのだが。
そしてふと思う。セフレの指はどんな指だったっけ。


「いつもお酒飲んでるねぇ」
「バイト終わりだったから飲みたかったんです〜。すみません」
「いいけどね〜。今日どこのラブホ行こっか。前入れなかったとこ行ってみる?」
「いいですね!今からなら深夜料金で入れそうですし!」

人生初の外飲みは苦い思い出で終わった。
朝6時までやるはずのバイト先のカラオケ屋が何を思ったか深夜3時に閉店し、一緒にいた先輩は心がないで有名なので私を夜の街に放り投げて早々に家に帰った。
家に送ってくれそうな人に連絡してみたが深夜3時に起きているわけもなく、自分の人望のなさとこの世の非情さに涙が出てきたが
「これが20歳になったってことなんだな」となんとか自分を納得させ、20分歩いたところにあるネカフェに行って始発の電車を待った。
失敗してから学ぶ女なので、次から外飲みをするときは必ず何個か選択肢を持つようになった。

例えば、今日この人が来ないってなったら、さっき一緒に飲んでた人にお持ち帰りされればいいか、みたいな。

「今日はどこか行かれてたんですか?」
「ちょっと県外にね」

暗い車内でみる彼の横顔からは疲れは見えないけれど、ドリンクホルダーに置かれているエナジードリンクとコーヒーカップを見れば、いくらか想像はできる。

「めちゃくちゃ疲れてるのでは?」
「まあでも、これから癒されるから大丈夫」
「癒す力、私にはないですけどね」
「そんなことないよ〜」

お酒を飲んできたとはいえ90分カラオケをしてきたし、酔いが覚めるのは早いほうだ。
36度前後の体温と、もめる程度の膨らみと、締まりの良い穴さえあれば、癒しは得られる。ひねくれすぎだろうか。

高校時代の私だったら、癒してあげれるのは自分しかいない、って思えただろうな。
だから、辛い時には会いたいし、辛かったら私を頼って欲しい。

でも、そんなことはない。
現にベッドの上であなたに好きと呟きながら、1週間前に別の男の寝顔を見て癒されていた自分がいる。ちなみにこのラブホだってその人に教えてもらった場所である。そろそろメンバーズカードを作るべきか迷っている。


さて、日本人の営みの平均時間は30分だという。これは結構短い方に当たるらしい。営みの時間と聞くと2018年に公開されたボヘミアン・ラプソディで、6分越えの曲を制作するも重鎮に「これでは長すぎてラジオで流してもらえない」と一蹴。それにキレたフレディが
「6分が長いだって?奥さんとはいつも3分で終わりか?」と窓に石を投げ入れてこんな言葉を吐き捨てるシーンが思い浮かぶ。弟の希望で父と私と3人で見たけど、号泣してたの私だけだったな。

いや、こんな思い出話をしたいわけではない。


たった30分のために、1時間近く車を走らせて、社会人でも辛いと言っているラブホテルの宿泊代を全額出す。

その努力が、お金が、ティッシュに包まれて捨てられるようなものに注がれるのではなく、ふと目に映ったときに口元が緩んでしまうような、素敵な指輪に注がれていたら、と思うのだ。

私の身体にはそのぐらいの価値があるけれど、私にはそんな価値がない。
自動精算機に吸い込まれていく一万円を見つめる。一万円あったら。


親に孫を見せてあげたいという気持ちがある。現に母からもよく言われている。
そして私はそれを言われるたびに
「やろうと思えばできるよ?」と返している。家が家ならぶん殴られていてもおかしくない返答である。ただ変に寛容な母は、バカじゃないの、と笑って終わらせる。

私の朝帰りの回数が増えてきたことに対して父が母に苦言を呈したらしい。
そして朝帰りをする割には、彼氏はいない、と言う私の現状を母は気づいているのかもしれない。
50を過ぎてもいまだにモテ期が終わらない母。私、お母さんみたいに内面まで愛されることはないかも。


朝起きて、スマートフォンを確認する。誰からも連絡はない。寂しい人生。

そういえばセフレの指ってどんなんだっけ。思い出せない。

思い出せるわけないか。そもそも顔も思い出せないんだから。


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