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2023マリノスの歩み~すべての重力に対峙する~


はじめに

 「疲れた。」
リーグ最終節の京都戦後、友人とLINEで会話した時、最初に出たのはその一言だった。
 一応、ピッチで起きていることを客観的に冷静に捉えてきたつもりだった。それは、「Anchor」で喋ることを見越してというのもあるし、自分がプレーする際の参考にしようという、そんな狙いもあってのことだ。だけど、今年はそんな思いをはるかに超えて、持っている感情の両極端にブンブン振り回されてしまった。そんな気持ちがもろに言葉に出てしまった。

 マリノスにとって、この2023年とは一体どんなシーズンだったのだろう。
 筆者は専門家でもなければ、経験者でもない。1人のサッカーファンとして、マリノスサポーターとして、今年を自分の言葉に残しておきたかった。

「素人語り」のはじまりはじまりー

「目標地点」と「重力」

 まずはどのように振り返りを行うかを示す。
 今年のマリノスについて思考を巡らせた時、まず筆者の頭に浮かんだことは、「目標地点は何か?」と「そこへ向かうプロセスに立ちはだかったものは何か?」ということだった。
 そのため、本稿はこの2点を軸として論を進めていく。

 簡単にではあるが、それぞれ次のように挙げてみた。

「目標地点」

・タイトル:「リーグ連覇」「カップタイトル」「ACL制覇」

 目標と聞いてまず頭に浮かぶもの、目に見える結果。
つまりはタイトルである。

  • マリノスのフットボールをより高みへ導く試行錯誤:一周したサッカー界のトレンドへのアンチテーゼ=「全方位化(全状況を支配する)」

 フットボールは進化して、かつて一世を風靡したような「保持」や「カウンター」、「プレッシング」といった特定の局面での優位性がゲームコントロールの手段として捉えられなくなっている。尖ったストロングはすぐさま対策を講じられ、遅れたものは飲み込まれていく。

Jリーグも例外ではなく、ここ数年を牽引してきたマリノスや川崎の「保持」や「プレッシング」をベースにした文脈は、多くのチームの模倣や対策の中でその特異点を薄めていった。未来までを見通した上で「強くあり続ける」ために。マリノスが示そうとしたのは、「特定の形、特定の状況だけで活きる力のみで殴る強さ」ではなく、「全部の局面状況で相手を上回る総合力を持った真の強さ」。そしてそれを掴み取ろうとする姿勢だったのではないだろうか。

しかしー

「重力」

 今季のマリノスがひたむきに愚直に突き進んだその先には、その意志に逆らう力が行手を阻んだ。それをここではそれを「重力」と呼び、その内大きな要素を2つ取り上げる。

・Jリーグにおけるトレンドの変化
 
先にも述べたが、サッカーにおける「分析」や「対策」は年々どころか日々そのスピード感と精度を増して、あっという間に各チームのストロングを覆いつくし、凌駕する新たな一手が生まれる。昨年リーグ制覇を果たしたマリノスも、その渦の中の一つである。
 のちに詳細を述べるが、一言で言えば「保持によるゲームコントロールの絶対性」及び「優位性」の消失である。
 実はこの傾向は優勝した昨シーズンの終盤戦ですでにその片鱗を覗かせていた。更に言えば、ボールを保持することでゲームをコントロールするテクニカル重視なフットボールから、プレーヤーのコンタクトと推進力をベースにしたフィジカル重視のスタイルへの移行はヨーロッパをはじめとして、広いサッカー界全体でのムーブとなっている。
 それが今季、Jリーグ全体のトレンドとしてマリノスにとっての対抗勢力となったことは、今期を振り返る上でも取り上げられるべき点である。

・相次ぐ負傷離脱
 かつてないほどの野戦病院化。それもシーズンアウト、シーズン跨ぎの長期離脱メンバーが多数。それが最終ラインに集中した。
 スターターはたびたび入れ替わり、本職でないポジションでプレーする選手たち。幾度となく軌道修正を強いられた。ピッチに立つ人数はもちろん11人だし、マリノスはチームとしての積み上げを成熟させて来たが、選手一人一人にはパーソナリティがある以上、全く同じ形を作れる訳ではない。「僅かの違い、だけど大きな差」が生じてしまうのがフットボールである。

これら2つの「重力」について後々の項でその影響も含めて掘り下げて取り上げていく。その後、それらを受けても尚「目標地点」に向けて立ち向かったマリノスの今シーズンを振り返るとともに、今残された課題についても考察を行う。

Q.マリノスVer2023の意義~「進化」か?「後退」か?~

 「マリノスが今後勝ち続けるクラブになる」ためのプロジェクトに対して、対戦相手の研究対策によるトレンドの変化はもちろん、離脱者が相次いだことはマリノスにとっての大きな「重力」となったというのは、前項に述べたとおりである。

 シーズンが終わり、今季のマリノスの歩みを振り返りながら、多くの方の意見や感想を目にしながら、マリノスの試行の数々に対して"あくまでも"自分なりの意味付けを行った。(それが正解かはさておき)
 
 その上で、問題提起したい。
果たしてマリノスはその「重力」の前で立ち止まっていたと言えるのだろうか?逆に、目指していた「高み」には到達できたのだろうか?
今シーズンは、マリノスにとってどんな意味を持つものになったのだろうか?

結論から言うと、「立ち止まってはいない。でも辿り着けてもいない。」が筆者の見解である。
 
 マリノスが常に「今」と向き合い、その壁を越えていこうとするファイティングポーズを構え続け、パンチを繰り出していたことは認めつつ、しかし、目指していたタイトルにその手が届かなかったことは事実であるし、「全方位化」と筆者が仮定した目標に関しても達成できたとは言えないのではないか。

 順を追って、これらについて触れていこうと思う。

マリノスに降り掛かった「重力」

 ここからは、マリノスに降りかかった「重力」を図なども用いながら考察していく。

重力① Jリーグのトレンドの変化

 近年のJリーグは、マリノスと川崎の2強体制が続き、そのどちらも「保持」をベースとしたコントロールでゲームメイクをしていた。

簡単に言えば、「ピッチの横幅を有効活用、そこに必殺仕掛け・必殺クロス職人を用意して質で殴る。ドリブル突破や精度の高いセンタリングを警戒した相手の間隔が開いてオープンになったら、間間に立ってボールを奪いに来るところをいなしてしまえ大作戦」とでも言えば分かりやすいか。

 サッカーには3つの「優位性」という概念がある。
それを示したのが図1である。
個人のクオリティを武器として、それを最大化することを「質的優位」という。例えば、マリノスにはエウベルというリーグ屈指のドリブラーがいる。
彼を自由にさせたらたまったもんじゃない、そう認識してマークを強めたらどうなるか。守備陣形はワイドに開き、その分間が空いてしまう。このゾーンを例えば渡辺皓太や西村拓真や永戸勝也が使う。このようなポジショニングで相手のスペースをとることを「位置的優位」という。
 そして左サイドで相手の左サイドバックvs永戸+エウベルの1vs2の局面ができる、この状況を「数的優位」という。
 これららの状況を作ると、ボールを奪われたとしても人数・ポジショニングともに揃っているので、素早く回収して二次攻撃に繋げられる。
 「これらの優位性の確保が安定した保持とフィニッシュへの道筋を作り、また、攻守の切り替えにおいてもプラスに作用する」というのが昨年までのトレンドであった。



図1 2022までのJリーグにみられたトレンド
優位性を生かした保持局面

 それに対して、今シーズンJリーグを席巻したトレンドは「ピッチ中央から低い位置でコンパクトなブロックを敷き詰め、中央のスペースを与えずにボールを外回りにしてやれば、必殺仕掛け・必殺クロス職人も怖くないぜ大作戦」(さらに言えば「外周りになったらガツンと奪いに行くぜ。それを嫌って狭い中央に差し込んできたら狩りどころにしてやるぜ大作戦」)である。

 今季数多く見られたのが、ブロックの始点をミドルゾーンに置き、コンパクトな3ラインを形成、CBにボールを持たせながら、ハブになるボランチから前線をマンツーマンで監視する形である。
 これによって、ボールは密度が比較的低いサイドを循環することになるが、ゴールから遠い外側のレーンはいわば捨てゾーンであり、守備者からすると許容範囲内となる。この状況が続けば、どれだけのドリブラーも仕掛けるのは容易ではない。内側への逃げ道を切って割り切って狭い外に逃がしているので、ここでの対応は準備万端なのだ。だから、「質的優位」は活かしにくくなる。
(それでもぶっちぎるウチのエウベル部長とヤンさんは異常です)
 コンパクトな陣形かつ、ブロック内では人を捕まえられているので、ポジショニングによる「位置的優位」や局所的な人数のさによる「数的優位」も得にくい。
 サイドには預けにくい、だから無理やりにでも中を取ろうとすると、そこは密度の高い狩り場となってしまう。

 特にマリノスに対して多いパターンは、図2に示したように、左CBエドゥアルドにボールを持たせたタイミングでプラスのスイッチを入れる形であった。中盤以降は人を捕まえながら背後へのパスコースを切る。
Fwの1人が渡辺皓太を消しながらエドゥアルドに寄せる。ボランチは西村拓真へのパスコースを消しながら、2トップと作る台形(緑の線)の面積をコンパクトに保つことで、このゾーンの出し入れを監視する。サイドの選手は永戸にボールが渡ったら奪ってショートカウンターを見据えた猛プレススタート。ボールが入らないエウベルや西村はボールを引き出そうと後ろ向きの時間が長くなり、ゴール方向へベクトルを向けられない。

 こうして、保持するチームから優位性を取り上げ、シンプルなカウンターで仕留める。これが一つのトレンドとして今季のJリーグを席巻した。
(ざっくり。これが全てじゃないよ)


図2 マリノスに対して多い構え方

重力②野戦病院化した最終ラインとその離脱による影響

    ・一森純(脳震盪)
 ・飯倉大樹(内側側副靭帯損傷)
 ・永戸勝也(右ハムストリング肉離れ)
 ・畠中槙之輔(右膝前十字靭帯損傷)
 ・小池龍太(右膝蓋骨脱臼、右膝蓋骨骨折)
 ・上島拓巳(顔面骨骨折)
 ・加藤聖(右ハムストリング肉離れ)
 ・小池裕太(右膝前十字靭帯損傷)
 ・角田涼太朗(右第五中足骨骨折、下顎骨骨折)
※最終ラインの負傷者、公式リリースより引用
太文字はシーズンラストの山東戦時まで継続して欠場のメンバー
 
  サッカーを定期的に見るようになって十年ほどとなるが、これ程大量に、しかも同一のポジションの選手たちが相次いで長期離脱となる例は稀である。

 ピッチ上では11人+控えメンバー、そしてチーム全体で約30名のスカッドを駆使して1年を戦うわけだが、例えば最終ラインや、ピッチのセンターライン、中盤、サイド、前線といった具合に、チーム内には頻繁に連携するポジションごとにいくつかのユニットが生まれるが、今期のマリノスはこの最終ラインのユニットが安定しない状況となってしまった。

 ここでは、その中でもCBコンビ角田・畠中の離脱による影響を取りあげたい。二人は最終ラインに構えるCB として守備者であることに加えて、マリノスの前進文脈を支える重要なユニットであった。彼らの強味は、「ボランチだけでなく、その奥にあるスペースや貌を出すロペス+西村(朝日・ナム・マルコス)まで覗けるボールの持ち方がうまい」点である。

 彼らが欠けた後、同ポジションを務めたのは上島・エドゥアルドだ。
彼らは対人能力に強みを持つ一方で、ボールの持ち方は先に述べた二人と比較して固く、相手のプレッシャーラインを越えたところまで覗けていない場合が見受けられた。

 チームの文脈はプレーする選手たちの特徴によって大きく変化する。
マリノスはビルドアップユニットの離脱によって、その根幹のボールの出口の構築に苦労してしまったのだ。

メンバーの入れ替えが短期間で複数回、試合ごとに異なるユニット構成。こうなると、連携する中盤ユニットとのケミストリーを熟成するのも困難となることは言うまでもない。

図3 角田・畠中コンビのストロング


「全ての重力に対峙する」

 前項で述べた「重力」はどうマリノスに影響を及ぼし、マリノスver2023はどう対峙し続けたのだろうか。

喜田拓也・渡辺皓太「前のめり」と「フィルター不在」の狭間で

 野球のように攻守の切れ目があるわけではなく、全てが繋がり表裏一体で進むサッカーは、ゴールに迫るアクションを起こしながらも、同時に相手のカウンターのリスクを抱えている。そのため、相手の起点になりうる選手への「予防的マーキング」(キーマンにあらかじめマークをついて自由にさせない)、特に最終ラインの裏など危険なスペースへの「予防的カバーリング」(ピンチになりうるスペースのケアを行う)を同時に考慮する必要がある。

 図4はカットインを見せながら突破を図るエウベルと連携して高い位置を取ろうとする永戸の背後を相手FWが狙うシーンである。SBの背後はvsマリノスの共通認識となっており、このゾーンへランニングしてくる相手を捕まえる必要性がある。
 このシーンではエドゥアルドが裏のゾーンを狙う相手を監視しながら、その時に備えている。
 また、エドゥアルドが左サイドに寄せるのと同時に角田がスライドして中央を埋めるが、今度は逆サイドにスペースが生まれる。
ここをケアするのが喜田拓也である。今季はスクランブルの中でCBも務めたキャプテンはその危機察知力が最大の武器で、チームを幾度となく救った。

図4「予防的マーキング」「予防的カバーリング」

 今期のマリノスを象徴するのは、なんと言っても前線のトリデンテ、ヤン・マテウス、アンデルソン・ロペス、エウベルである。彼らを最大限活かせれば、金棒で相手を容赦なく破壊し、状況を打開することができる。
 規格外の馬力、スピード、テクニック、そして決定力で幾度もチームを救った3人は、その傑出した個ですべての局面を打開できてしまう一方、全体がその急加速についていけず、構造が間延びしてしまう現象が何度も発生した。
 これが常態化すると、選手間の距離感が遠くなるため、当然連携性は弱くなり、「個」への依存度が高まる。もちろん彼らの能力値はずば抜けている。しかし、味方との絡みを作れないため、それ以外の選択肢を持ちにくい。種も仕掛けも分かり切った手品のように、バレバレなタイミングでバレバレなドリブル突破を試みても相手は驚かないし、対応できてしまうのだ。
 マリノスは常にハイラインを敷き、かつSBを含めてプレーヤーの流動性を持って戦うため、そのリスクは当然高いし、相手チームの第一の狙いはそのライン背後へのアクションから繰り出すカウンターである。
 振り返ってみれば、2021年までのマリノスには「爆速門番」チアゴ・マルチンスが、2022年には「キン肉マン」岩田智輝が、広大なスペースをそれぞれの類稀なフィジカルで封殺(フィルター、フィルタリングと呼んだりする)してきた。彼らが不在となった今季は、「個」でフィルタリングできるガードマンが去ったため、組織としての密度向上が必要となり、「クローズドな保持とその循環」を意識づけて戦ってきた。(7/2 4-1〇vs湘南戦の後のマスカット監督のインタビューなどからも、「早すぎる展開への懸念」が垣間見える)
 つまり、ボールを持ちながらも、選手間の距離感は近距離に、前線の個による一方通行な爆撃ではなく、相手陣内でじっくりコトコト煮込むような連携で時間をかけて押し込み、スローテンポでゲーム全体をコントロールしようという狙いである。
 このテンポ・距離感の調整に苦心し続けたのが、今季代えのきかない存在として君臨し続けた喜田拓也・渡辺皓太、そして終盤戦に存在感を発揮した山根陸の中盤である。彼らがGK、CB、SBからボールを引き出し、相手の狭いブロック内から逃がしながら、隙を見てターン、前向きな状態を作って全体にGOサインを出す。まさにマリノスの信号機となった彼らがピッチ内の交通整理を行い続けた。(マリノスの「ビルドアップユニット」)

 今季のマリノスの取り組みで外せないのは、2トップが相手ボランチ脇に立ち、ボールを引き出しを試みる「0トップ」システムである。
 これの端緒になったのは4/5ルヴァンGS3節H札幌戦(○2-1)だろう。この日の前線は吉尾海夏とマルコス・ジュニオールが務めたが、図5のように2人が盤面上の規定の位置である中央から離れ、中盤脇に菱形の頂点を作ってボールの出口を作ることで、札幌のマンツーマンへの解決を図った。
 そして、4/22のA神戸戦(○3-2)でこのシステムが一つの完成形を見せる。図6で示したように、畠中と角田からのボールを引き出すロペスとマルコス、彼らに寄せれば最も危険な中央にスペースを生んでしまうため相手CBはここを捕まえにくい。これによって生まれたライン間で輝いたのが、右サイドから内のポジションを取ってこのゾーンを泳ぎ、2アシストをマークした水沼宏太だった。
 この0トップ文脈は、ボランチ脇という相手の急所を突き、ロペスらの推進力、WGのクオリティを活かす策として、連勝期のマリノスを大いに支えてくれた。
 しかし、何事にも対策が付き纏う。
見事にマリノスを機能不全に陥らせたのがA新潟戦(●1-2)である。
 新潟が打ち出したのは、「ボランチが1人で2枚を監視する4-4-2」である。図6に示したが、エドゥアルドが持った時、2トップの一角は渡辺皓太を背後においてパスコースを切りながら距離を詰める。
 そして、ボランチは彼の背後にあるロペスと渡辺皓太の中間地点にポジションを取る。ロペスへのパスコースを切りながら、渡辺皓太に入った瞬間前に矢印を向けるのだ。2人を最短距離で監視するとともに、自らの背後へのパスコースを消すことで、マリノスは自陣に閉じ込められ、ショートカウンターから失点した。
 これ以降、マリノスへの対策としての共通認識が対戦相手にも備わって、前進経路の確保に苦労するゲームが増えた。
 さらに手痛かったのは最終ラインのけが人続出、特に、最もその起点として機能してきた角田・畠中コンビが解体されたことだった。
 これ以降、マリノスの心臓2人に対しては当然のように相手のマークが集中した。信号機に重すぎる負荷をかけたチームは全体の調整がままならなくなり、前進が滞りがちとなってしまった。それが最も顕著に現れたのがA柏戦(●0-2)である。
 このゲームでは、GK飯倉、CBエドゥアルド、上島と、今季のの前進文脈を支えた3名が揃って不在の中でのゲームだった。角田畠中はたびたびピッチ幅目一杯まで開いてビルドアップを行っていたものの、エドゥアルドと上島は近い距離感を保つ時間が長く、常にコンパクトな陣形を保つ相手に前向きに監視される状況が続き、相手ブロックを引きつけ間隔を開かせてパスコースを作ることが困難になってしまった。この試合で印象に残ったのはCB2名に「開け」と指示を送り続ける飯倉の姿だった。
 狭い空間でコントロールを求められた中盤は、差し込めば椎橋高嶺のダブルボランチに合わせ、プレスバックする細谷山田の2トップを加えた4人に狩どころとされ、ボールの前進が行き詰まってしまった。
 この点は、先に述べたようにCBという同じポジションを務める彼らにもパーソナリティがあり、それによってチームの文脈が左右されてしまうことの表れである。
 このような背景もあって、中盤ユニットにはかなりの比重が置かれたシーズンとなったが、今季序盤に累積リーチとなった二人の活躍は賞賛に値する。喜田拓也はCB起用も含めて、リーグ戦29試合出場、渡辺皓太に至っては全試合のピッチに立つ大車輪の活躍を見せた。マリノスの心臓二人がリーグ優秀選手に選出されたのは、当然とも言える。
 そして、ラスト9試合で先発8の山根陸は、ついに最終節に初アシストも記録した。RSB起用もあり、確実にプレーの幅を増やした今季。来年は絶対的なプレーヤーとして中盤に君臨する陸を見たい。そして、U20W杯メンバーにも選出され、世界にも発見されうるプレーヤとなったのではないだろうか。今後、日の丸を背負う姿にも期待したい。

図5 ルヴァンGS第3節 vs札幌(H)
図6 vs神戸(A)


図7 vs新潟(A)



図8vs柏(A)

西村拓真の苦悩とナム・テヒ加入による「シフトチェンジ」

 今期のマリノスの前進において、CB角田・畠中が担う役割がその文脈を成り立たせるうえでのキーポイントになったこと、彼らの負傷がチーム全体の調整役としてタクトをふるった喜田・渡辺・山根に与えた影響を見てきた。
 この影響は当然ながら前線にも及び、全体のベクトルが相手敵陣まで伸びていかない、揃わないという状況を生み出した。この中でもがき苦しんだのが「野生児」西村拓真である。

 昨シーズン初めののマリノスは、LWGエウベルの打開を前進の起点に据え、彼がマーカーを剥がして状況を進める前進文脈で戦った。その後その文脈への対策を打ち始めた相手チームに対しては、エウベルら大外レーンを見せながらの「内ルート」での打開を図り、結果としてクロッサーの印象が強かった水沼宏太がフィニッシャーとして新境地を開くなど、終盤に変化をつけたことが優勝につながったと言える。
 いずれにしても、方向性としては早く速く相手敵陣へ運び、数多くフィニッシュを試みるが基本線にあり、敵陣に侵入→ゴールへの特定のスキームを持ってアクションを起こしていた。

 西村拓真はその文脈で活きた一人である。
異次元の走行距離を誇る彼だが、ポイントはそのベクトルである。昨シーズンの前進文脈はゴール方向への前向きな矢印を持ち続けることで彼の武器が活きて、結果10得点を挙げた。

 対して、今期のマリノスのポイントは、「スローテンポな押し込み」であるとした。昨シーズンと対比的なこの文脈のポイントは個人の打開力ではなく、いかにビルドアップユニット→前線ユニットを繋げるかであり、図9のように西村拓真はロペスとともに相手ボランチ脇での引き出しを担った。かつ前線ユニットではなく最終ラインやボランチによるビルドアップユニットとの繋がりを持つ回数が多くなり、その分、後ろ向きないし半身でボールを受ける回数が増加したため、フィニッシュゾーンへの決定的なシーンを作る侵入頻度が減少してしまった。
 文脈によってタスクは当然変わってくるし、そのタスクと選手のパーソナリティとの相性はかなりデリケートなものだ。さらに、最終ラインの負傷離脱はそれに拍車をかけ、より後方との関係性を強めなければならず、前向きにゴールへと仕掛けるシーンが減少してしまった。
 ルヴァン浦和戦での敗戦後の悲痛なコメントは記憶に新しいが、彼の真骨頂が現れたのがホームでのセレッソ戦である。このゲームでのタスクは「アンカー・香川真司のマンマーク」。セレッソが積み上げてきた今期の文脈の根幹を潰すというロールを、その運動量で見事に遂行した。苦しんだシーズンであったが、彼の異常な運動量は健在であり、その献身は計り知れない。

 西村拓真と比較すると、ナム・テヒが担ったロールも見えてくる。
 シーズン途中加入ながら、負傷離脱した10月末を除いてトップ下のファーストチョイスとなった元韓国代表が担ったのは、ビルドアップユニットとの接続である。図10の通り、最終ラインのクライシスの最中、左ハーフスペースを中心とした彼の引き出しが前進文脈の再構築においてその肝となった。
 彼が起用されたゲームにおいて、マリノスは従来基本としていた4-2-3-1(中盤▲)ではなく、アンカーを置いた逆三角形(中盤▼)をベースとした4-3-3にシフトした。
 このシフトチェンジに伴い、出場機会を増やしたのが山根陸だった。
アウェイ柏戦(●0-2)の後半途中出場から、前進に苦労していたチームの経路に変化を加えたのが彼である。
 渡辺皓太or喜田拓也+ユース出身の20歳が段差をつけて相手のプレッシャーラインの間から顔を覗かせ、相手ボランチに影響を与える。ナム・テヒは左ハーフスペースの相手ボランチ脇で最後尾とのリンクマンとなって引き出し役を担い、マリノスの前進文脈は整理された。
 これによるベストバウトはアウェイ鹿島戦(〇2-1)だろう。
相手4-4-2に対して、この段差の魔力をこれでもかと見せつけた中盤ユニットの中でナム・テヒもライン間を牛耳り、得点差以上の快勝につなげた。

図9 西村拓真のレンジとベクトル
図10 ナム・テヒのレンジとベクトル

露呈したバラバラ感、その後「やり切ったれ!」

 今シーズンのマリノスが抱えていた一番の課題は、「ネガトラスカスカ問題」ではないだろうか。
 先にも述べたように、少人数の個による一方通行的なアタックは、相手チームがカウンターを発動するためのスペースを存分に残してしまう。例を挙げると多数になってしまうものの、ホーム最終戦の新潟戦(△0-0)、ACL仁川戦(●2-4、●1-2)は顕著にそれが現れてしまっていた。両チームともに、ボールを奪った後プレッシングをロンドの様な近距離のパスワークで外して相手を引き付け、オープンなスペースでスピードのあるアタッカーを活かす特徴がある。マリノスのネガトラは、密度を上げきれずに広大なスペースを使われてしまい、数多くのピンチを迎えた。
 ナム・テヒの加入は、確かにビルドアップの安定に寄与したものの、彼のロールは左ハーフスペースでのビルドアップユニットとのリンクという限定的なレンジとタスクであることが多く、全体のインテンシティ向上という点においてはもう一つ必要なのではないだろうか。

 そして、京都戦・山東戦でマリノスはそれを打開する一手を打ち出す。
と言っても、インテンシティの向上というより、「ならば仕留め切ってやろう!」という方向性のものである。
 具体的には、エウベル・ヤンをワイドでの仕掛けではなく、ロペスとともに相手CBへの圧力を高める内側の近いポジションで勝負させるプランである。
特に山東戦では、図11のように相手が受け渡しなしのマンツーマンを選択したこともあり、ロペスやナム・テヒが下り目の位置でボールを受けた時にCBがどこまでも捕まえにくるため、その背後のスペースへのランが効果的であったわけだが、ゴールシーンを含めたブラジリアントリオのコンビネーションはこれぞ「質の最大活用」であり、なりふり構わず複数点が必要という状況もあいまって、今期の「じっくりコトコト文脈」とは一線を画す内容であった。


図11 vs山東(ACL)

積み残したもの~これって「全方位化」?~

 筆者が最初に「全方位」というワードを用いたのは、3/3(三ッ沢での広島戦前)のことである。(X参照。見てね)
 あれから9か月、年が変わろうとしているが、あの時に端緒を感じた今期のキーワードは成就したのだろうか。
 これができた!だから全方位化達成!という基準はない。
ただ、ここまでも言及した通りであるが、最終盤に至るまでのチャンスクリエイト、得点、もしくは被カウンター、ピンチ、ボールロストのシーンを考えると、どうしても個の質による打開、オープンな展開におけるトランジションバトルが続いた。本来であれば、前線で密度を高めながらボールを循環させ、奪われた後もすぐに囲い込んで即座奪回に繋げるのが理想であったはずだ。しかし、図12のようにボールが外回り循環でエウベルやヤン・マテウスに収まった時、彼らの卓越した突破力と裏腹に、前線の密度は低く、ロスト後のプレッシングを破られ、そこに人を繰り出して捕まえに行ったところの背後を取られることによるピンチや失点が目立ってしまった。
 「敵陣でのスローテンポかつ近距離で各選手たちが連携しながら、連続的に押し込み続けてゲームを支配する」段階にまでは到達できていないのではないだろうか。
 来期は監督も交代し、枠組みは当然変化する。
今後の補強方針で、「オープンなスペースを潰しきれちゃうルンバ系」を引っ張ってくるのか、今ある組織力の熟成に励むのか、それはまだわからない。
 ただ一つ言えるのは、来年の浮沈は今期の積み残しである点をいかにクリアするか、ここにかかっているだろう。

図12プレッシングの密度が上がらない理由

シーズンを終えて〜マリノスver2023とは〜

 以上が筆者が見た「マリノスver2023」についての検証と考察である。
 未曾有の事態に襲われながら、それでも立ち向かうマリノスが示してきた「brave & challenging」というスローガンの一端を見たとも言えるだろう。
 この難しい状況にもかかわらず、ACLEストレートインとACL GS突破を成し遂げたチームの底力は、来年やその先に光を差すものとなったのは間違いない。
 その一方で、掴み取れなかったものへの思いや、失った痛みはどうしても癒せないのがサポーター心理である。また、真に強いマリノスへの道のりとして、今季取り上げてきたキーワードが「全方位化」であるが、最終盤の状況打開を見るに、完成形に向けては「道半ば」であると見えた。
 目指すものにはたどり着くことができなかった、それが事実であり全てであるが、その道のりにあった苦難と発見は今後のチームの糧になるはずである。それは疑いようのないことで、サポーターとしても「これがあったからこその未来が開かれる」と信じて来年を迎えたい。

 その最中、その船頭であったマスカット監督が退任することとなったー

 これから先はまだ見ぬ世界であるから、とびっきり楽観的に見ることも、悲嘆にくれることもできない。今目の前にある材料を見つめなおして視点を変えて見ることしか今の自分にはできない。しかし、監督人事についての一報がいまだに訪れないことを見ると、少し焦りを覚えるのは確かである。

最後に〜ご挨拶〜

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。発信するという作業には未だに慣れませんが、思いつくまま気の向くまま長々と書き連ねてしまいました。
「自分が見えている本の一部分の知見からどこまで語れるのか?その表現が誤解を与えないか?言い過ぎていないか?」そんなことを考えながら、不器用な語彙力をフル出力しています。
 それでも、読んでくださった方や聴いてくださった方が、少しでも面白いと思ってくださっていたら、シーズンオフの備忘録として見てくださったら、それが何よりの幸いです。
 ご意見ご感想ご指摘異論反論など、コメントを頂けますと、今後の励みになります。

 トラブルに対してスクランブルを乗り越えて戦い続けた選手スタッフの皆さんに感謝を伝え、来年へ向かいましょう。

 今後も何卒よろしくお願い致します。

※タイトルの「すべての重力に対峙する」というのは、Mr.Childrenが2019年に開催したDome tour のタイトル「Against All Gravity」を引用し、和訳したものです。

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