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ドラマ 白夜行 第一話 1/3

イルミネーションで飾りたてられたクリスマスの夜、サンタクロース姿の若い男が、路上で腹から血を流し死にかけていた。
ジュエリーに身を包んだ若い女が近寄ろうとする素振りをみせるが、さいごの力を振り絞って指さす男に促され、頬を濡らしながら背を向けて去る。
ふたりのモノローグが、ふたりの出会いが14年前であっことを語る。
あなたはおれの(わたしの)まがいものの(にせものの)太陽だった‥



ひとりの男が通りすがりにビルの建築工事現場で遊ぶ小学生らを見て、住人に尋ねる。バブルがはじけて造りかけのまま子どもたちの遊び場になっていると答えが返る。
少年らは、ダクト内に入り、建物内を巡って戻る所要時間を競っていた。
遊んでいたうちの一人 桐原亮司は、帰宅途中にどぶ川にかかる小さな橋の上で土手でしゃがみこむ少女を見かけ、心を奪われる。

亮司は、家業の質屋の店員 松浦と不倫関係にある母を嫌っていた。
夕食時に母のいる前で怪しい店員に店を乗っ取られると当てこするが、父は良い奴なんだぞと松浦をかばう。不機嫌に居間を離れても、反抗期かとのんきな反応である。
亮司の部屋には切り絵や手作りの帆船モデルが飾られている。切り紙の屑と鋏が脇に寄せられた学習机に百科事典を開き、亮司は読み始める。

雪穂は給食費の袋から札を引き抜き、酒場の店主に手渡す。店主は大丈夫なのと案じるが、受け取った札を返そうとまではしない。
雪穂は酔いつぶれている母を半ば支え半ば背負うようにして連れ帰る。
どぶ川の土手をよろよろと進んでいると、母がくだを巻く、母さんのことお荷物だと思ってんだろ。前を睨みながら雪穂は言う、暴れるなら捨てちゃうよ。


亮司は図書館に百科事典を返却する。館員の谷口は気にかけてなにかと話しかけるが、亮司の態度はそっけない。
百科事典の次の巻を手にして読書机に向かい、亮司は先に腰かけて英語の参考書を読んでいる小学生がどぶ川で見かけた少女だと気づく。
脇を通り、ランドセルの名を目に焼き付けた。「西本雪穂」!
向かいに座って百科事典を開いたが、亮司の目は文字に留まらず、指をくわえながら読書する雪穂の姿を盗み見るばかりだった。
とうとう意を決した亮司が声をかけたとき、谷口がやってきた。図書館の閉館時刻だった。
瞬時に席を立った雪穂を追って亮司は呼んだ、待って西本さん。ふたりを見送る谷口の口元に優しい笑みが生まれる。

雪穂は脇目もふらず速足で歩く。亮司は小走りに追って話しかけ続けるが、無視される。
初めて雪穂を見かけた辺りで英語の勉強を褒めると、不意に立ち止まった雪穂が亮司を見遣った。うち貧乏なの。貧乏人が出世するのには勉強しかないと思わない?
そうなの? 戸惑う亮司に境遇の違いを感じ、もういいと雪穂は背を向けた。
亮司は尋ねた、きのうはそこで何をしていたの? 川になにか落としちゃったの?
どぶに咲く花があるって聞いたから、探してただけ。
せかせかと遠ざかる背を見送りながら、亮司はどぶ‥?とつぶやいた。

雪穂が帰ったのは、古いアパートの一室。
扉を開けると、三和土には男物の靴、ちゃぶ台にはケーキの小箱。雪穂の顔色が変わる。
逃げようとする雪穂を捕まえて母が切実な様相でたたみかける、頼むよ、お母さん雪穂しか頼る人がいないんだよ、お願い。
母は雪穂を室内に引きずり込み、扉を閉めた。

亮司は学習机に向かって花図鑑のページを繰った。どぶ‥ どぶに咲く花‥

工事機材の散らばるコンクリ打ちっぱなしの一室から男が出ていく。
室内では、ネオンの光がちらつく窓辺に、着衣の乱れた雪穂がひとり佇んでいる。


それが癖なのか指をくわえて参考書に集中している雪穂に、亮司が声をかけた。きのう言っていた花のことなんだけど。
雪穂の反応はなく、亮司は図書館を出ていった。
日暮れて帰路、橋を歩く雪穂を呼び止める声があった。どぶ川の土手で亮司が、暗がりに白く浮かび上がる一輪の花を、ここ見てと棒きれで指し示していた。駆け降りて近づけば、それは紙で作られた蓮の花だった。
言ってたのって、どぶじゃなくて泥に咲く花のことだと思うんだよね。黙ってしまった雪穂に、怒ってる?と懸念する亮司。
振り返って雪穂がなにかを言おうとしたとき、岸の草葉にかかっていた紙の花がおし流された。
思わず川の中に追っていった雪穂とそれを止めようとした亮司は、川底のぬめりに足を取られて転んでしまった。
すごいよ、すごいすごいきれいだった。雪穂は興奮して、水に浸かったまま濡れた顔を拭いもせず流れの先のもう見えない花を見つめていた。そして、こんなことってあるんだとささやいて泣いた。

川岸で、亮司は雪の結晶の切り紙を作って雪穂に渡した。雪穂だから。
なんでわたしに親切にしてくれるの?
ぼくと似ているように気がして。
ふたりは共通項を探して互いに問い合う。
嫌なことがあると暗記しない? する、暗記しているあいだは余計なことを考えなくていいんだよね。そう、そうなんだよ。
分かり合った喜びは一瞬で終わる。嫌なことばっかってことでしょ。そっか、そうだよね、だめだなおれ。
落ち込んでも笑みを浮かべ続けようとする亮司に、雪穂は川面に映った円い月を指さして聞いた。花みたいに見えない? そして、お返しと言って切り紙を示す。ありがとう。
亮司は有頂天になり、月だとわめいてどぶ川に走りこんだ。


図書館で雪穂の手にする本は、参考書から「風と共に去りぬ」になった。図書館の外階段で、亮司はたくさんの切り紙を作って雪穂に贈った。
雪穂が本を返却すると亮司がそれを借り、いきなりメロドラマと館員の谷口にからかわれた。
外で手をつないだ老夫婦とすれ違ったとき、雪穂が言った、ああいうおじいさんとおばあさんて良いよね。強く雪穂を意識した亮司は自分の手を見て、まったく関係のないことをしどろもどろに言った。雪穂は理解し、自分から亮司の手を取って歩き出した。亮司は緊張で奇妙なほどいかり肩になって歩く。
そこへ、亮司の名を呼ぶ男の声がした。亮司の父だった。
雪穂は亮司の父の姿を認めた途端に顔をそむけ、亮司の手を放した。わたし帰るね、と走り去る。その顔はひどくゆがんで見えた。

夕食時、亮司に父が命じた、さっきの子と二度と会うな。あの子の母親は店の客でな、飲んだくれでたちが悪いんだ。そんなこと関係ないとぶつくさ言うと、父は怒鳴りつけた。
亮司は反抗を表して出ていき、母はどうしたのあなたらしくもないと尋ねた。亮司のためなんだよ、と父は首を振った。

同じく夕食時、雪穂が言った。ハーモニー(ケーキの店)の人、桐原って名前だったんだね。母は顔を引きつらせ、知らないほうが良いと思ったんだよと答える。
雪穂は乱暴にご飯をかき混ぜた。

亮司はどぶ川の岸で膝を抱え、雪穂がくれた川面に映る月を眺めていた。欠けた月は、花のようには見えなかった。
雪穂は部屋で、亮司がくれた雪の切り紙を手にしていた。切り紙はよく切れる鋏で几帳面に作られ、きれいだった。

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