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パニック障害日記

発症

その日は突然来た。
平日の19時頃だった。残業中だったが休憩がてらカフェで晩ごはんを食べていたときだ。
目眩がした。「貧血かな?」とはじめは思った。私は中高生のときよく貧血を起こして突然しゃがみ込んだりしていた。
が、そのときの目眩は貧血のときとの目眩とは明らかに違った。貧血のときの目眩は上下の浮遊感があるが、そのときの目眩は左右または回転の浮遊感があったからである。遊園地のティーカップに振り回されているときのような感じである。

 寝不足かなあ、と思っているうちに今度は動機と息苦しさが襲ってきた。さらに意識が飛びそうな感じというか、今ここで目を閉じたらブツッと意識が切れてそのまま死ぬような感じがした。何を言っているか分からないと思うが、本当にそのときはそう感じた。

 これは何かが明らかにおかしい、家に帰らなければ、ということでオフィスに戻って急いで荷物をまとめて地下鉄に乗った。
 ところが地下鉄に乗っている間にも前述の症状は悪化するばかりで、家の最寄駅まで乗っていることができず途中下車した。駅員さんに「目眩がする。立っていられない」と伝えるとすぐに事務室のソファーを貸してくれた。

 その後、小一時間ほどで症状は治った。治ってしまえばさっきまでの焦燥感、息苦しさ、死への恐怖は一体何だったのかと思うほどいつも通りになった。駅員さんにお礼を言って、そういえば低血糖の症状にも似ているなと思い、ココアを買って帰った。

診断

 翌日は会社を休んで内科にかかった。
 発症日帰宅後に、諸症状の原因をネットで調べたが、あまりにも色々な病名がサジェストされて、分かったことはほとんどなかった。よく分からない症状はとりあえず内科へ、という安直な気持ちで内科に行った。

 症状を伝えるとメニエールではなさそうで、おそらく自律神経失調症であるため、内科ではなく精神科か心療内科にかかったほうがよいだろうと言われた。その日は目眩をとめる漢方だけ処方されて帰った。

 翌週に心療内科へかかった。お手本のような適応障害、パニック障害であると診断された。

適応障害
自身が置かれた環境にうまく慣れることができず、精神的あるいは身体的な諸症状を発症する。

主な症状
不安、憂鬱、倦怠感、不眠など

パニック障害
身体に病気が認められないにも関わらず、突然動悸、息苦しさ、目眩などを発症する。原因は明らかでないが、脳幹部の何らかの活動異常が疑われる。

主な症状
動悸、息苦しさ、目眩、耐え難い死への恐怖感

パニック発作を起こしたことのない人からすると、「耐え難い死への恐怖感」とは何じゃらほいという感じだと思う。が、本当にこの通りであるとしか言いようがない。
「今目を閉じたら意識が飛んでそのまま死ぬのではないか」「とても息苦しいので、このまま呼吸が出来なくて死ぬのではないか」「意識が飛びそうだ。自分をコントロールできないのではないか」といった恐怖が襲ってくる。

子供の頃に夜ベットの中で「このまま眠って、明日目が覚めることなく死んでしまったからどうしよう」という漠然とした恐怖を感じた経験はないだろうか。わたしの体感ではその恐怖を200倍くらいに濃縮した恐怖がパニック発作時のそれである。

パニック障害には薬物治療が有効である。治療期間も短く、治癒率も高い。
心療内科では、自律神経を整える薬を処方された。これは今でも飲み続けている。

人体実験

自分の体のいいところは、人体実験をしても誰にも迷惑がかからないところである。

パニック障害は薬物治療で十分治る病気であるとわかったところで、せっかくパニック障害になったので、治る前にパニック障害のことを色々調査しておこうと思った。

発作時の対処

パニック発作が起きたら発作を抑えたい。なぜならとても苦しいし辛いから。
ということで、発作が起こってしまった場合にどんな手段が有効なのかを調べることにした。

発作時の対処法については、様々な人が様々なことを言っているが、おおむね「自分の外に意識を逸らす」に集約される。
パニック発作が起こったときの目眩、動悸、息苦しさ、死への恐怖に意識を向ければ向けるほど症状は悪化する。逆に、自分の苦しさから意識を逸らせば症状は徐々に治る。

最初は心療内科医に教えてもらった、「視界の中で同じ色のものを探す」を実践した。例えば「赤」と何か色を決めて、周りにある赤いものを見つけていくという方法である。正直これはあまり効かなかった。

わたしが現時点で見つけている最も有効な方法は、「劇場版名探偵コナンのひとりイントロクイズをやる」である。劇場版名探偵コナンのオープニングのテーマソングは、実は映画ごとに異なる。作品によっては微々たる違いしかないものもあり、耳に全神経を注ぐ必要がある。動悸だか息苦しさだかを感じている暇はない。イントロを聞き逃せば答えが分からなくなるのだから。

次点で「TOEICのリスニングをやる」が有効だった。私は耳に意識を集中させることが得意なようだ。Part1、Part2あたりの短答問題が特に効く。

発作を起こす方法

発作は起こしてはいけない。何度も言うが発作が起きたら苦しく辛いから。

とはいえ、発作を起こす方法を知ることは、裏を返せば何をしなければ発作が起こらないかを知ることでもある。

ただでさえパニック障害は、発作のトリガーが見分けにくい。いつ発作が来るか分からないがゆえに、発作の恐怖から外出できなくなる人もいるほどである。
「であれば、自分からトリガーを見つけにいけばいいではないか!」というのがわたしの考えだった。
これは自分の体だから遠慮なく試せただけであって、もし友達家族が同じことをやろうとしていたら私は止める。絶対にやめてほしい。

現時点で判明している、わたしにとってもっともパニック発作を誘引しやすいものはカフェインだ。

カフェインとパニック障害、ひいては適応障害や自律神経失調症はとても相性が悪い。
カフェインの入ったコーヒーやエナジードリンクを眠気覚ましに使う人は多い。カフェインがなぜ眠気を阻害するかというと、カフェインには交感神経を活発にする働きがあり、要は身体が緊張状態、ハイになるのである。ハイになるとなかなか人間は眠くならない。

適応障害やパニック障害の原因のひとつが、自律神経の乱れである。
自律神経である交感神経と副交感神経をうまく切り替えることで、人間は心身ともに健康に過ごせる。逆にこれが乱れると不調に陥る。

交感神経を活発化させるカフェインは、ただでさえストレス状態にある適応障害罹患者には劇薬である。

ではカフェインが有力な誘因であると判明したところで、「ではどのくらいのカフェインまでならセーフで、どこからがアウトか?」が知りたくなった。

カフェインの含有量は飲み物によって違う。同じコーヒーでも、ブラックとカフェオレではカフェインの量は異なる。

幸いオフィスの近くにタリーズがあり、コーヒーを飲むには困らなかった。
毎日違う種類のメニューを頼み、何を飲んだらパニック発作が起きて、何なら起こらないのかを確かめた。
私の場合の結果は以下のとおりだった。

アウト:ブラック(2杯でほぼ確で発作が起こる)、カフェラテ、カプチーノ、モカマキアート
セーフ:ソイラテ、ハニーミルクラテ

カフェラテはアウトでソイラテはセーフなのが不思議だなあと思っていたら、豆乳には自律神経のバランスを整える作用があるとのことだった。コーヒーと豆乳で自律神経への影響を相殺しているのかもしれない。

ちなみに、コーラを飲んでもパニック発作が起きることがあった。調べるとコーラにもカフェインが含まれているらしい。わたしのカフェインセンサーはかなり正確である。

その後

もう少し色々と実験してみたかったが、わたしのパニック障害は快方に向かっている。

とはいえ、適応障害によって起きる神経過敏は完全には治っていない。今でもたまに電車が近づく地下鉄のホームや映画館など、大きな音に晒される場所では目眩が起こることがある。

とはいえ、カフェインさえ飲まなければパニック発作はまず起こらなくなった。
服薬は続けているものの、少なくとも死への恐怖を感じるような発作は起こらなくなった。たまに目眩と息苦しさが少しある程度の発作がある程度である。

人体実験をして思ったのは、わたしのパニック障害はどこまでも神経の病気であるということである。例えば上司にガン詰めされても、あまりにも多い業務量を与えられたときでも、発作は起こらない。だがコーヒーを飲んだら起こる。

神経病と心の病気は切っても切れないものではある。
しかし、心の病気は治りにくいが、神経の病気は相応の薬物治療で治る。

また、パニック発作のトリガーと発症時の有効な対処法を突き止めてしまえば、自分でもある程度の対応は可能であることも分かった。知らないもの怖いが、知っているものはそこまでは怖くない。発作を人為的に起こしまくったのは絶対に体には良くなかったが、心には良かった。自分なりの対処法を持っていると気が楽になる。

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