見出し画像

星に願いを #シロクマ文芸部(文化祭)

文化祭のことを思い出すと、穴があったら入りたくなる。それは清子さんにとって「パブロフの犬」みたいな事柄だ。

イワン・パブロフが19世紀末にイヌを使って行った実験。 メトロノームの音のような条件刺激に続いてエサの無条件刺激を与えることを繰り返すと、音の刺激だけでよだれをたらすようになった

パブロフの犬とは(Wikipediaより)

ところで、清子さんはずっとパブロフが犬の名前だと思っていた。最近になって、パブロフというのは実験した人の名前だと知り、なんだか損しちゃった、とがっかりしてしまった。じゃあ、犬の名前はなんだったんだろうと調べてみたところ「犬たちのうちの一匹がバイカル」だという。え!犬たち?一匹じゃないの??とまたしてもぷりぷりしてしまった。だからってもうこの言葉を使わないかって言われれば、パブロフの犬のように、この言葉を使ってしまうこと間違いなしだ。それがまたなんだか悔しいけれど、バイカルっていうのはちょっといい名前だなとなんでも帳にメモしておいた。

さて、どうして、穴に入りたくなるのかといえば、時は高校1年生まで遡る。清子さんは慎ましやかな女子校の出身だ。高校生になったからには隣町の男子校の文化祭に行かなくちゃ!と同じクラスの藤原さんの熱意に負けて、その男子校の文化祭に行くことになった。藤原さんは、学年一の美少女で、近隣でも有名な子だった。清子七不思議の一つだけれど、隣の席に座った清子さんのことをいたく気に入って懐いてきた。それから二人は大親友になるのだから、縁は異なもの味なものだ。

さて、そんな美少女と一緒なのだから、とにかく目立つ。金魚のフンのようにあっちでちょろちょろ、こっちでちょろちょろ、男子学生がついてくるのだから、清子さんは全然リラックスできなくてくたびれ果ててしまった。それで、二人で天文部のやっているプラネタリウムに入ることになった。暗闇でホッとしよう作戦だ。

プラネタリウムでは、一通り夏の夜空の説明があったあと、こぐま座流星群の再現がされるという。耳元で、藤原さんがこういった。

ねえ清ちゃん、願い事を唱えましょ。
流れ星が流れている間にどっちが言えるか競走ね!


またそんなバナナ、と思ったのも一瞬で、こう見えて、清子さんはこういうのは燃えるタイプだった。一瞬で言えるのは5文字までだな、と変な作戦まで一瞬で立てて、いうことも決まった。なんせ願い事だ。今一番心に願っていることを言わなくては行けない。隣で、藤原さんもソワソワし始めている。

いよいよこぐま座流星群が始まった。隣から、◉コ#%%、と小声がする。清子さんもぶつぶつと言い出した。あ、流れた!と思ってから言っても遅すぎると気づいたのは多分同時だったんだろう。次第に藤原さんからも焦燥感が伝わってきた。もうそろそろ終わりかも!と思った瞬間のことだった。

「たこ焼き!」
「チョコバナナ!!」

二人同時

そうつい、つい、二人同時に大声で叫んでしまったのだ。ロマンチックなプラネタリウムは一瞬にして銀河の渦、ではなくて、爆笑の渦に飲み込まれて、藤原さんも清子さんも真っ赤になってしまい、逃げるようにして文化祭を後にした。

それ以来「パブロフの犬」なのだ。犬の名前がバイカルだったせいか、深い湖の底にいるような息苦しさまで感じたりする思い出。それでも、清子さんは藤原さんという親友を得た。甘酸っぱい恋の代わりに。



小牧部長、今週もありがとうございます。
私、今のところ、皆勤なのです。今週も無事に提出できて嬉しいです。

清子さんのおかげです。多分。

いただいたサポートは毎年娘の誕生日前後に行っている、こどもたちのための非営利機関へのドネーションの一部とさせていただく予定です。私の気持ちとあなたのやさしさをミックスしていっしょにドネーションいたします。