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和菓子屋「月兎耳」 #シロクマ文芸部

「月の耳をふたつください」

ここは「月兎耳つきとじ
とある街角で店主の月子さんが一人で営んでいる和菓子屋です。今日もバイトのたま子さんがお店番をしています。

ここ最近毎週決まって金曜日の夕方六時、閉店間際にやってくる一人のお客様がいました。必ず、「月の耳」をふたつ、買っていきます。真白い髪を後ろでくるんと小さくおだんごにまとめ、きれいな梔子色のワンピースを着た女性です。年の頃は、いえいえ、女性に年の話は不躾でしたね。

「月の耳」というのはきみしぐれ、という黄色いお菓子です。普通のきみしぐれは丸い形ですが、この店では店の名前にちなんで月うさぎの耳の形をしています。練った白餡に卵の黄身をまぜ、そこに上新粉を加えた黄身餡を作っておきます。こし餡を長細く丸め、色粉で薄桃色にした白餡でくるみ、その上を黄身餡でくるみます。それを蒸すと黄身餡が割れて桃色が見えて、お月様の耳のように見えるのです。そのほろほろとした食感と優しい味わいが人気で、月子さん自慢の一品です。

月子さんとたま子さんは、この女性を密かに「梔子の君」と呼んでいました。必ず、「月の耳」をふたつ注文されるので、売り切れないように、そっと取っておくようになっていました。

「はい、お待たせしました」

たま子さんが手渡すと、梔子の君はにっこりと微笑んで、腕に下げた竹籠に月の耳の包みを大切そうにしまいました。いつもなら、あっさりと帰っていかれますが、今日はなんだか様子が違います。

「実は私お引越しするからもうこられないの。
 いつも取っておいてくださったんでしょう?
 どうもありがとう。
 これほんのお礼です。」

そう言って紫色の花のついた小さな花束を、驚いて走ってきた月子さんに渡して出て行きました。小さなカードが添えられています。二人が頭を寄せて覗き込むとそこにはこう書かれていました。

月に帰ります
月までの宅急便ができたら
また注文しますね。

紫色の花はうさぎの耳の形をしたラベンダーでした。窓の外にはまんまるのお月様が浮かんでいました。


🌜

週末はシロクマ文芸部。
小牧さん、いつもありがとうございます。

シロクマ文芸部の皆さんの作品を
読ませていただくと
とっても幸せな気持ちになります。
だってハッピーエンドなんだもん。

いただいたサポートは毎年娘の誕生日前後に行っている、こどもたちのための非営利機関へのドネーションの一部とさせていただく予定です。私の気持ちとあなたのやさしさをミックスしていっしょにドネーションいたします。