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「ルミと小鳥」#シロクマ文芸部

 ガラスの手の中で小鳥がすやすやと眠っています。ルミは心にしまってあるその光景を何度も取り出して眺めました。

 ルミは雪女として生まれました。雪のように白く氷のように冷たい体をしています。森の奥の洞窟で雪男の父と雪女の母と三人で暮らしています。ここは冬が長く、一年のうち、寒さが緩むのはほんの3か月ほどしかありません。その3ヶ月の間は、洞窟から出ることは禁じられていました。それでも当たり前ですが、ある日好奇心に誘われてルミは泉のほとりの近くまでこっそり行ってみました。まだ溶けきっていない雪の隙間からは浅緑色の葉が伸び、白い花の蕾が俯いています。摘んでみようと手を伸ばしましたが、ルミが触った途端、その白い花はカチンと凍ってしまいました。
「そうだった。私が触ると花や水、動物たちは凍ってしまうのだった。」
ルミは両親の教えを思い出しました。

 ところで雪女や雪男は悪者だと思われがちですが、そんなことはありません。他の生き物に迷惑をかけないように、自分たちの暮らしを守っているのです。時折、悪い人間から森を守ることもありました。

 そこへ今年生まれたばかりの小鳥が木の上の巣からルミに話しかけてきました。
「ねえ、私とお友達にならない?」
ルミは初めての出来事に胸がドキドキしながらこっくりと頷きました。すると小鳥は小首を傾げてこう言いました。
「私まだ飛ぶ練習の途中だから上手に飛べないの。あなたの肩に留らせてくれる?」
ルミはとっても嬉しくなって「どうぞ」と言いかけましたが、自分の体に触れると小鳥が凍ってしまうことを思い出して、大急ぎで逃げてきてしまいました。

 ルミは悲しくて悲しくって仕方がありませんでした。せっかくできたお友達に触ることもできないなんて。友達の命を守るためだからでしたが、堪えきれずに塞ぎ込んでしまいました。お母さんはルミが言いつけを守らずに泉のほとりまで行ったことに気づいていました。だから、そっとしておくことにしました。お父さんは心配でうろうろと、いえ、大きな体でのしのしとルミの近くを行ったり来たりしています。

 その晩、ルミは夢の中で森の女神様に会いました。ルミが泣いていると女神様が優しくどうしたの?と聞いてくれたので、ルミは小鳥に触ることができるようになりたいと女神様にお願いしました。すると女神様はこう言いました。
「ルミ、どうしてもというのなら、その願いを叶えてあげましょう。ただし、決して泣いてはいけませんよ。泣いたら魔法が解けてしまいますからね。」

 朝が来ました。ルミのほっそりとした冷たい手は同じように冷たいけれど、カチンと凍ったように動きません。動かない指に驚いて、お父さんとお母さんに手を見せました。
「ルミ、女神様がお前の手をガラスに変えてくれたんだよ。この手なら、何に触っても凍らせてしまうことはないんだよ。」
ルミは大喜びです。これなら小鳥を手のひらの上に乗せてあげられます。大急ぎで森に行くことにしました。お父さんもお母さんも何も言わずに送り出しました。

 「小鳥さん、遊びましょう!私の手にのってね。」
ルミが小鳥を探すと、小鳥は木の根元でしくしくと泣いています。
「私、巣から落ちてしまって戻ることができないの。」
小鳥は一生懸命飛びあがろうとしましたが、まだ高い巣までは行くことができません。ルミは小鳥を手のひらに乗せました。お父さんなら、背が高いから巣まで届くかもしれない!と小鳥を手のひらに乗せて、洞窟まで急ぎました。泣き疲れた小鳥はルミのガラスの手の中ですやすやと眠っています。ふわふわとした小鳥を守るようにしながらルミはしみじみと幸せでした。

 お父さんを連れて、小鳥の巣の下までやってきました。お父さんはルミを抱え上げて、小鳥の巣に届くようにしてくれました。小鳥も小鳥の家族も大喜びでした。何度も何度もお礼を言ってくれました。ところが、大きなお父さんが歩いた場所に咲いていた花たちはみんな凍ってしまいました。なんといっても、足のサイズは55.5cmです。のしのし歩いたのですから、当然の出来事でした。これだから、せっかくの短い春の間は、お父さんもお母さんも洞窟から出ないようにしていたのです。お父さんは情けない顔をしてすたこらと洞窟に戻って行きました。ルミの足はまだ小さかったので大丈夫だったんですよ。ルミは凍ってしまった花たちをみて、涙がころんころんと溢れてしまいました。生き物たちの春を台無しにしてしまったし、お父さんも落ち込ませてしまったんですから。

 ルミの涙が花に落ちた瞬間、不思議なことが起こりました。瞬く間に花たちは元に戻っていきました。そして、ルミの手も元に戻りました。もう小鳥に触ることはできません。それでもルミは晴々とした気持ちでした。触ることができなくても、友達は友達だともう知っていたからです。

❄️

小牧さん、今週もありがとうございます。
企画の出だしが発表されてから、続々と皆さんの作品が上がってきて、いつもものすごい誘惑に駆られています。読みたい!ああ読みたい!でも自分の作品ができるまでは、じっと我慢です。ようやく読みに行くことができます♪

いただいたサポートは毎年娘の誕生日前後に行っている、こどもたちのための非営利機関へのドネーションの一部とさせていただく予定です。私の気持ちとあなたのやさしさをミックスしていっしょにドネーションいたします。