遥かな尾瀬 遠い記憶 #シロクマ文芸部
夏は夜行バスにのって行った尾瀬を思わせる。
なぜか私は、親友とその恋人、そしてその友達と4人で夜行バスに揺られていた。当時私には、古い言葉だが、恋人未満友達以上、の同僚がいたし、そのことを親友も知っていた。だから、紹介するため、ではなかったはずだった。
夜が無言で付き添ってくる、夜行バスにはそんな静けさがある。隣ですやすやとあどけなく眠る親友に羨ましさを覚えていた。
ほんの二時間ほど眠ったのだろうか。気怠さを全身に散りばめて降り立った私は細雨に包まれた。目の前には私のイメージとは違う平坦でひらけた湿原が広がっていた。
水芭蕉の花は思っていたよりもずっと地味で、一面花畑を想像していた私は少しがっかりした。渡り廊下のように続いていくハイキングコースは、誰かと並んで歩ける広さはなく、四人が縦に並んで歩いていた。
用意してきた黄色いポンチョを着て、フードを被り、前をゆく親友の彼氏の友人のペースに合わせてどんどん歩いた。思ったより地味な湿原の風景をフードで仕切られた狭い視界にとらえながら、なんだか不思議な孤独を感じながら。なぜか前を歩く数時間前に会ったばかりの人の背中に同じ孤独を感じていた。
ポンチョが擦れる音と自分の吐息と雨のシャルターに守られたおかしな安寧のときは、折り返し地点に到着した途端に途切れた。
すぐ後ろを歩いていたはずの親友がずいぶん後ろを歩いていた。親友の恋人は、そのことに配慮せず黙々と歩き続けた私たちのことを怒っていた。そぼ濡れて疲れ切った体にその怒りは生々しかった。
一転そこからは後ろに気を遣いながら歩いた。恋人に守られている親友がなんだか鬱陶しいほどだったのに、その心を湿原に隠して何度も後ろを振り返った。足取りが緩んで、ふと眺めると、白い二輪草が静かに雨に濡れていた。初めて、来てよかったと感じた。
尾瀬の記憶は断片しか残らない程度のものだったけれど、二輪草を美しいと思った。それだけで充分だった。
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小牧部長、今週はぎりぎり。
新幹線の中で書きました。