太っているのはいけないことですか

 ショートケーキ、アイスクリーム、プリン、ドーナツ、霜降り肉のすき焼き・・・。思い浮かべるだけで食べたくなる方が多いことでしょう。糖分や脂肪が多いものを食べると、脳内の報酬系と呼ばれる神経回路が刺激されます。そして神経伝達物質の作用によって気持ちのいい状態になります。高カロリーの食べ物が欲しくなるわけです。薬物依存などが起きる仕組みと同様であり、砂糖がマイルド・ドラッグと呼ばれるのも的外れではありません。ヒトの脳は生存に必要なエネルギー源を効率的に摂取できるように「設計」されているとも解釈できそうです。言い換えると、たいていの人が太ってしまう可能性をもっているということでしょう。

 倹約遺伝子と呼ばれる遺伝的因子が存在することが研究されています。この遺伝子をもっていると、体内でのエネルギーの利用効率がよくなります。食事から摂取するエネルギーが余りやすく、脂肪として脂肪細胞に貯蔵されるようになります。

 かつて、人びとが飢饉に見舞われ食料が絶対的に不足した時、太っている人びとほど体内の脂肪を使いながら飢え死にを免れたということが想像できます。農業生産力の向上などによって、現代社会では多くの人びとが「お金があれば食べ物は手に入る」と思っていることでしょう。しかし、それほど遠くない将来、食糧生産が困難になる状況も十分に考えられます。その時にはまた太っている人びとが有利に生きのびていくことが予想されます。

 摂食障害(神経性食欲不振症・神経性過食症)の患者が近年増加しています。若い女性に多い病気です。食欲不振症は慢性化すると治療が困難になって、死亡率も高まります。患者の多くが、「やせ願望、肥満恐怖」にとらわれていたり、食事制限への強いこだわりをもっています。発症の背景要因として、痩せ型ファッションモデルによる宣伝、ダイエット食品の広告などがつくりだす歪んだ身体イメージが指摘されています。摂食障害にいたらなくても、不適切な食事制限や不十分な食事量によって低栄養状態になっている方がけっこう多いのではと思われます。特に女性の場合は低体重児の出産、骨粗鬆症といった健康上の問題の原因になります。太っていることにネガティブなイメージを植え付けている事業者の社会的責任がもっと問題にされてもいいのではないでしょうか。

 予防医学の考え方が普及したことが背景となって、2008年からいわゆるメタボ健診が始まりました。それ以来、「メタボ=太っている=不健康」というステレオタイプ的イメージが広がっているようです。

 太っていることへの嫌悪の感情は今の社会にかなり広まっています。太っている人への「からかい」や「いじめ」がしばしば起きています。さらに大きな問題は、「太っている人=健康管理、自己管理ができない人」という暗黙の評価がされている可能性があることです。例えば、就職を希望しても「太っている」ことを理由に不採用にされるとしたら大きな問題です。肥満に対する偏見、差別はルッキズム(外見至上主義)とも重なった問題です。社会的な課題として議論されるべきではと思います。一人一人の人間の体型には本人に責任を負わせることのできない生物学的な素因があります。私たちは「体型の多様性」を受けいれる社会をつくっていくべきではないでしょうか。

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