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務川慧悟さん2022年3月コンサート①チェロ水野優也チェロの世界

怒涛の3月に入りました。
まず記しておくと、務川慧悟さんはこの2022年3月3日浜離宮を皮切りに11日までの9日間で8公演をこなすという、超過密スケジュールを送る。日頃日本にいないし、しかも待機期間入れて滞在3週間くらいだし、動ける期間にいれとこか! じゃないだろうけど(笑)。しかも東京、奈良、愛知、新潟と移動も多いから本当に大変。デュオ、トリオ、ソロと演奏形態も違うし、それに伴い曲数も多いし。それを全部こなすなんて……もう、なんて素敵なんでしょう(←そこか!)。というわけで、ファンも推し不在の2ヶ月を埋め合わせるように、体力気力財力しがらみにどうにか折り合いつけつつ、東奔西走するのでした。
その怒涛の<2022年3月務川強化週間シリーズ>の第一弾、今回は前半3公演チェリストの水野優也氏とのデュオリサイタルについてのレポートをお送りする。お二人のデュオの予定は、

●反田恭平プロデュースJNO Presentsリサイタルシリーズ チェロ水野優也の世界
 ・2022年3月3日(木)19時開演 浜離宮朝日ホール
 ・2022年3月4日(金)19時開演 DMGMORIやまと郡山城ホール
●シャネル・ピグマリオン・デイズ 2022 マチネ

このうち私が訪れた奈良公演とシャネルについてのリポートです。

●リハ動画はこちら

●水野優也さんについて

水野優也さん

⑴JNO Presentsリサイタルシリーズ チェロ水野優也の世界

2022年3月4日19時。ついに待ちに待った日が!務川さんのリサイタルは1月以来2ヶ月ぶり。会場である奈良県大和郡山市のDMGMORIやまと郡山城ホールは、高い天井と木の薫り漂う素敵な場所だ。JNOの言わずと知れた本拠地といってもいいホールであり、後方座席にはJNOのメンバーも多く来場していたようだ。
舞台中央にはスタンウェイ。そしてその真正面にチェリストの椅子が置いてある。前日浜離宮朝日ホールでの公演が好評だったお二人。楽しみですね〜となぜか私が相変わらずのドキドキ。
時間となり、お二人が舞台上に現れる。
まずはチェロを手にした水野優也さん。黒シャツに恐らくイッセイミヤケの黒のプリーツスーツ。以前反田さんも着ていらしたし、他多くの音楽家ご愛用ですよね。
そして我らが務川慧悟さん。黒のスーツに黒シャツ。胸にシルバーのチーフ。腕にはスチールブルーのヘンレ版の楽譜。
一礼の後、着席。おっ今日の務川さんの譜めくり氏はいつも反田さんに付いている眼鏡のあの方だわ。
まず音合わせ。務川さんのピアノに水野さんが合わせて後、合図を一つ送ると、すぐに務川さんが1オクターブ下を弾き、水野さんがそれにまた合わせる。いやあ音合わせ一つでも、プロっすねーという感じがにじみ出ます。

♬ベートーヴェン:チェロソナタ第4番ハ長調 作品102-1

第1楽章。チェロの柔らかなメロディをピアノがなぞる。ピアノの音がまろやかにホールに溶けて行く。二人はゆったりと噛み締めるようにアンダンテの序奏を奏で、明るく安定したハ長調の世界が広がっていく。美しい朝、窓を通して光が降り注ぐ。描く世界はピアノのトリルを頂点としてゆっくりと終止へと向かっていく。
突然穏やかさは二人の息ひとつ、ffのE音で破られる。そこからはイ短調の展開。激しいフーガの応答やトリルのやり取り。ソナタ形式の第1楽章は非常にザ・ベートーヴェンという感じする。
第2楽章。ハ長調の序奏は第1楽章よりも不穏な空気が漂う。今度は夜の庭か。
チェロの息の長い歌。水野さんの表情と腕の動きが光りますね。
チェロとピアノの長いトリルがあり、からのピアノの「ソーラシド?」の呼びかけに応えるチェロ。明るく楽しいアレグロヴィヴァーチェ!
互いに「ソーラシド」のキーワードを軸に転調したり主従を目まぐるしく入れ替えて激しく展開していき、まるでクルクル踊っているよう。
チェロが瞑想的な低音を鳴らしている上にピアノがメロディを乗せていくパートがあり、ラストは明るくフィニッシュ。

♬ストラヴィンスキー :イタリア組曲

明るく爽やかさも漂う第1曲<イントロダクション>。
続く第2曲<セレナーテ>。美しく儚いのに、どこか不安定感が漂う、とても魅力的な曲。チェロの弦を軽く叩く奏法と、ピアノのトレモロ。私、この曲非常に好きなんですよねえ。二人はテンポを落とし、ピアノとチェロとの互いの少しのズレが生み出す微妙な不協和音を丁寧に演奏して行く。不穏な感じをそのままにするというよりも、それを見つめて少しずつ心を寄せて行くような、そんな演奏だったと思う。この過程が二人の一体化をさらに推し進めたのかも、と後付けだが今更ながら思い起こされる。
第3曲<アリア>。チェロがとても技巧的な曲。水野さんがチェロの色々な奏法を見せてくれ、とても楽しめた。
第4曲<タランテラ>祭りのような明るさ。まさにタランテラのように激しく踊りまくる曲。二人がノリノリで弾いていてカッコ良かったです。息はもちろん、頭の動きまでよく合っていて、いやあ若い活力を感じましたね!
第5曲<メヌエットーフィナーレ>ゆっくりと踏みしめるような歩みから、一転再びタランテラのように激しい展開に。
非常に技巧的で、この盛り上がりというか、ちょっとクレージーな感じがストラヴィンスキーねと思わせる一曲で、若い二人がパキパキと演奏して凄まじかった。互いの力を出し合って競演しているという感じがね、最高でした。
盛大な拍手を受けて一礼するお二人。互いを讃え合う姿がまた良いですよね〜というか微笑ましいです。なんかギクシャクしてて(笑)。

ここで一旦休憩。

♬リゲティ:無伴奏チェロソナタ

照明を暗く落とした舞台に一人チェロを抱えて現れた水野さん、大屋根を閉じたピアノを背景に着席。ソロ演奏が始まった。入り込んだ表情とその技術に引き込まれる。奏法によって、チェロの音がこんなに多彩に変わるとは。私はチェロの無伴奏をあまり聴いたことのないど素人なので、もう本当にチェロの迫力に心打たれた。チェロがこれほど多彩に音が出ることが衝撃で、やっぱりエンドピンがあるから安定して音が出せるのかなとか、色々考えた。まあ分かりませんが。
ところで前から思ってたけど、チェロって見た目もカッコいい楽器の一つよね。座って一心不乱に弾く姿も素敵だが、手に抱えて退場する後ろ姿とか、かっこいいよねえ。なんか仕事してますって感じで(なんのこっちゃ)。

♬ラフマニノフ:チェロソナタ ト短調 作品19

務川さんが携えてきた楽譜は、あれよあれ、ラフマニノフの顔が大きく付いている<ブージー&ホークス社>のやつ。
この曲は、ラフマニノフが「チェロソナタだけど、ピアノは伴奏というより対等だよ」と言ったらしいほど、ピアノ激ムズで壮大な一曲。

第1楽章
チェロの一人哀しげな感じの音から入る序奏の後、突然タタタータタター(←書き方っ)というピアノの決然とした警告音が鳴り響き、そこからアレグラモデラートの主部が展開される。ここがいかにもラフマぽい。
とにかくザワザワと動きまくるピアノ。高速、交差、手くぐり、手ひらり、左足下げ、腰を上げと、務川さんが技術の粋を存分に見せ、それを背景に水野チェロが朗々と歌い上げる。
激しく動き回った後、静かなタタタータタターで一旦治まり、ピアノによる主題の提示。ここは最も美しい場面の一つ。上昇して行く音。雄大な波。ピアノ協奏曲2番を想起させる箇所だ。さらに朗々と歌い上げる水野チェロ! 
繰り返しと経過部を経て今度は務川ピアノの見せ所、高速分散和音の中に定期的に警告するように鳴るタタタータタター、盛り上がって行く二人。チェロのピチカートが時計のように緊迫感を高める。
ピアノのタタタータタターの連続によるカデンツァを経て、チェロの第1主題とピアノのタタタータタター。ラストはピアノのタタタータタター……
(※表現が一部しつこくなりましたこと、ごめんなさい)。

第2楽章
3連の速いリズムが焦燥感を煽る。この楽章はピアノが主体場面も多く大活躍。チェロもまたピアノの鬼ザワザワの中で感動的に歌い上げる。こういう感動メロディ本当にうまいな、ラフマ(←何様)。しかし水野さんの表情と、下支えに徹する務川さんの姿がとてもいい。一体となった音楽はまるで有機体のごとくうねり蠢いていた。

第3楽章
冒頭からちょっとジャズぽいというかラプソディーみたいな主題じゃないすか?
甘美で美しい旋律をチェロが切なげに歌い、ピアノが応じる。時にはチェロの声は感極まり遠くで切なげに鳴くのだが、そんな時はピアノが支えてメロディを語ってあげる。務川さんのピアノの流れに、水野さんは入り込んだ表情でとても楽しそう。二人が共鳴し合い大きな感情の宇宙が広がって行く。

第4楽章
ピアノの決然とした序奏から、チェロが明るい主題を弾いて行く。このダイナミックなチェロがとても素敵で、水野さんは左右に大きく身体を動かす。このターラターラという和音がとてもかっこいいのだよね(←表現っ)。
雄大な第2主題?で、チェロが朗々と歌う。
時節柄というか、ついついウクライナ国旗を思い出してしまう。広がる青空の下、風に揺られ大きく波打つ、黄金に広がる小麦畑。色々な事象が起こり、美しい風景は揺らめいてしまう。
再びの序奏からの回想のような表現。たった一つの宝物を見つけ、ふっと二人で息を止め、大切に掌に包む。
再び冒頭の序奏をピアノがとても力強く弾く。失われたものへの愛、純粋な想いが静かに語られた後、最後は雄々しく華々しいフィニッシュ。
演奏を終え、笑顔を交わす二人。務川さんは一歩下がり、水野さんを前面に拍手を送り、水野さんも務川さんに拍手を送る。ブラボー!

アンコール

一旦舞台から退出したお二人が再び登場。お、手には何も持ってない、ということは今日はマイクなしか〜と思ったら、袖からマイクが! 忘れただけだった(笑)。マイクを握る水野さんの言葉を、なんとなく書き起こしてみたい。といってもそのままの言葉ではないことご了承を。
「本日はありがとうございます。今回のラフマニノフのチェロソナタは、僕がずっと憧れてはいたものの、なかなか手を出すことのできない作品でした。今回初めてこの曲をメインにしてコンサートが組めたことは大きな喜びです。また務川慧悟さんという素晴らしいピアニストと一緒に演奏できたことがとても嬉しいです。今日の公演は、僕がソロで弾くのは初関西ということもあり、とても感慨深いものとなりました」感極まり少し言葉に詰まる水野さんに温かな拍手が送られる。
「来週はフルートの八木瑛子さんを迎え、またこの二人も出演してトリオを演奏するので、ぜひお越しください」
ここでマイクを務川さんに渡す。マイクを左手に持った務川さんも次回トリオの番宣。
「僕はキャラ的にジャズじゃないと思われるんですが(ここで笑いが起こる。いや、この台詞務川さんぽいなあ)、僕は意外とジャズも好きで弾くんです。来週のカプースチンは非常にジャズテイストが見られる曲で、例えば」
そう仰った後、マイクを左手に持ったままの立奏で、右手で一節をポロローンと奏でる。うおおおっカッコいい。
再びマイクは水野さんに。「それではアンコールとして、ラフマニノフの歌曲《ここは素晴らしい場所》を最後の一曲とさせていただきます」
そして演奏された曲は、まさに今日この時《ここは素晴らしい場所》であると、会場全体の心が共有できた一曲となった。

⑵シャネル・ピグマリオン・デイズ 2022 マチネ

内装も豪華なホール

その2日後、今回も激戦だったらしいシャネル・ピグマリオン・デイズに私はなんと運よく当選したので、今度は銀座にて、再びお二人の同プロのうち、ベートーヴェンとラフマニノフを聴く機会を得たのだった。いやー銀座のど真ん中! しかもその日は東京マラソンの日で結構な人出だった。初めて伺った銀座シャネルはゴージャスで……。あっれ、おっかしーなー。なんで私いい歳してここの顧客的ポジションにいないんだろう? どこで間違ったのか、と自分の半生を客席でしみじみ反省するうちにお二人登場!
曲の詳細は重複するので避けるが、小規模スペース、間近で二人の演奏を聴く贅沢。3回目ということもあり、ベートーヴェンから息ピタリ。愛らしいだけでなく、非常に緊迫感溢れる演奏だった。近いからさ、音量もすごい迫力あるの。目線も相当頻繁に交わし合い、笑顔を浮かべる場面も頭の振りも一緒。まさに一体となった演奏だった。
5分の休憩を経て、ここでなんとマイク! 水野さんがおずおずとマイクを握り、謝意と今日の前に既にコンサートを2回演奏していて、と語った後「すみません。とりあえずここまでで。後は演奏に集中したいので」と終了。だよねー。早速ラフマニノフへ。前回も素晴らしいと思ったが、今回はさらに上回る。至近距離で聴いたからというのもあるかもだが、もう音の洪水。二人の創り出す音楽。一つの大きな音の有機体の中にただ包まれる体験に呆然となった。
演奏終わった二人の顔に汗が流れ落ちる。水野さんが再びマイクを握り、改めて謝意とラフマニノフが憧れの曲であること、「この曲はピアノも相当難しいのですが」と語り、ここで務川さんがウンウンと頷き、客席笑う。「務川さんと演奏できたのは本当に幸せで、練習や、こうして演奏会をする度にまた新たな発見がある」と照れたような表情の水野さん。
今回は務川さんのマイクは無しで、そのまま《ここは素晴らしい場所》を演奏してリサイタルは終了。途方もなく贅沢な時間でした。
ところで今回務川さんの譜めくりやっていた若い女性、黒のワンピースがお似合いの美しい方だなと思っていたら、なんとピアニストの五十嵐薫子さんだったのね。五十嵐さんご自身も素晴らしい実績を積まれているが、2020年第89回日本音楽コンクールで水野さんが優勝した時伴奏してらしたのね。りぼんさんは務川さんと第81回(2012年)の日本音コン優勝同期だし、みんな仲良し、素敵なお写真〜!

さて務川さんと水野さんは翌日は再び奈良で公演。お忙しい中にも充実した時間でしょうね。

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