(六十四)山口洋子の『千曲川』を鑑賞しよう

これまで、江戸時代の女流俳人の俳句を紹介してきたが、今度は昭和の女流作詞家である山口洋子の詞を鑑賞しようと思う。
先ずは、45万枚を売りあげた彼女の代表作『千曲川』を鑑賞しよう。五木ひろしは、この曲で、第17回レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞している。
 
題名:千曲川、発売:1975年
作詩:山口洋子、作曲:猪俣公章、歌:五木ひろし
(一)水の流れに花びらを
そっと浮かべて泣いたひと
忘れな草にかえらぬ初恋を
想い出させる信濃の旅よ
(二)明日はいずこか浮き雲に
煙りたなびく浅間山
呼べどはるかに都は遠く
秋の風立つすすきの径よ
(三)一人たどれば草笛の
音いろ哀しき千曲川
よせるさざ波くれゆく岸に
里の灯ともる信濃の旅路よ

まず、この歌の特徴は、七五調であること、演歌の割には、男女の事があからさまに書いていないことにある。また、猪俣公章によるゆったりとした抑揚の大きい美しい曲と歌詞とが、マッチしている。ヒットしたのも頷ける。
Wikipedia千曲川(五木ひろしの曲)によると、
山口は晩年「(自身の作品の中で)今でも“千曲川”が一番好きです」
  https://ja.wikipedia.org/wiki/千曲川_(五木ひろしの曲)
 
と述懐していたらしい。当方も、山口洋子の作品の中でこれが最も好きであり、彼女の代表作でもあると思っている。
 
一番から三番まで全て、思い出をたどる旅を綴った歌である。この歌の歌い出し及び次の句も3・4・5となっていて、歌いやすい。忘れな草は小さくて可愛らしい花である。それを川に浮かべて流すのは、初恋の思い出を過去のものにするのに相応しい。
我が身の上を風任せの雲に譬えるのは、山口洋子自身の人生を投影しているものと考える。そして、二人の関係に終わりが来たことを秋風に寄せ、その時には、都が恋しくなったことを述べている。
「よせるさざ波くれゆく岸に里の灯ともる」風景は、都会より、里山にこそ、心を和ませる風景を見出し、次の恋への期待を表わしている。
 美しい曲に合わせて作詩されたこの歌は、一番が思い出を懐かしみ、二番が自分の身の上を語り、三番が新しい思い出を期待する気持ちを述べるという構成になっている。
この歌は彼女のその他の詞とはかなり雰囲気が異なっているが、これにかなり力を入れて書いたものと思われる。
上で引用したWikipedia千曲川(五木ひろしの曲)によると、この辺の事情が書かれている。
信濃川と名前を変え滔滔(とうとう)と日本海に注ぐ“日本一の大河”千曲川を詠った明治の文豪・島崎藤村の「千曲川旅情の歌」に感銘を受けた山口は、これを「千曲川」に改題し、敢えて現地には赴かずに東京に居ながら現地の情景を憧憬にも似た想いで詞を練ったという。その際、演歌にありがちな愛や色恋や情の部分を廃した。
 

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