(六十七)芭蕉の下句に上句を付ける

『猿蓑』から引用する
鳶の羽も刷(かいつくろい)ぬ初時雨 去来
  一吹き風の木の葉静まる     芭蕉
股引の朝からぬるぬる川越えて    凡兆

去来の発句に対して、芭蕉が下の句を付け、更に芭蕉の下の句に対して、凡兆が上の句を付けたところである。
 
先ず、「鳶の羽」の句の解説からしていこう。
鳶は烏よりやや大きな鳥で、猛禽類であり、高い木の梢にとまっていたりする。初時雨が冬を表す季語である。従って、葉も既に疎らになった梢にとまっている鳶の羽が、雨により乱れた羽が繕ったようにきれいに揃っているという意味になる。
「一吹き風」の句の意味は次の通り。一吹き風が吹き荒れたが、暫くするとざわざわ音を立てていた木の葉の音がしなくなり静かになった。
「股引」の句に意味は次の通り。朝から股引を濡らして、川の浅瀬をゆっくりと渡って行く。「ぬるぬる」は広辞苑には「のろのろ」とある。

さて、去来の発句に対して、芭蕉が「鳶」に対して『木の葉」(ここでは木の梢に残っている葉を指している)、「かいつくろう」に対して「しずまる」、「初時雨」に対して「一吹き風」を対応させている。梢にとまっている鳶に対する描写と、梢を吹き抜ける風に対する描写が見事に調和している。ここで、芭蕉は並々ならぬ力量を見せている。
 芭蕉の上の句に対して、新たなる景色を提示するべき役を担った凡兆は、加賀の国金沢の出で、京都で医者をした人物である。応じ方も京風の柔らかな受け方をしている。
風が吹き荒れた風景から 一変して、吹き荒れた風が静まった朝に、のろのろと浅瀬を渡っている景色を描いている。視点も高い梢から低い川面に切り替えていて、見事な受け方である。

発句、付け句(下)、付け句(上)の三者がどれも見事で模範的な例となっている。
 さて、芭蕉の付け句に対して、当方は上の句を付けようと思う。
  道端のすすき淋しき月明かり    亮風
    一吹き風の木の葉静まる    芭蕉


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