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【ショートショート】あなただけを見つめて

 色鮮やかな紫陽花と祝福の歓声に囲まれて、幼馴染の結婚式は執り行われた。チャペルにいる間に降り続いていた雨は、挙式が終わり新郎新婦が退場するころには示し合わせたかのように上がっていた。これから披露宴になるが、その前にチャペルの外でブーケトスが行われる予定となっている。
 チャペルの外へ出て、ブーケトスの準備を待っていた。無論、その最前列にいる多くは女性だ。俺がその様子を近くの喫煙所から遠巻きに眺めていると、学生時代の旧友が近づいてくる。
「こんなとこにいたんだな。あれに混ざらなくていいのか」
 旧友は電子タバコを取り出し、俺の隣で吸い始める。
「ああいうのは......俺はいいや。惨めな気持ちになるだけだ」
 自分で吐いた煙をが立ち上っていく様を眺める。薄い雲に覆われた空は、今にもまた雨が降り出しそうだった。
「それに、あんな必死な目をしたやつらの中にいたんじゃ潰されちまう」
「違いねえ」
 旧友は軽く笑って電子タバコをしまう。壁に寄りかかったまま黙ると、そのまま俺らは何も言葉を発しなかった。
 しばし沈黙が続くと、旧友は「お前は」と重たい口を開く。
「お前はこれからどうするんだ。仕事が忙しいとは聞いたけど、そろそろ自分の幸せを考えたほうがいいんじゃないか?」
 俺はそれに答えもせず俯きながら、すでに味も分からない煙草を吹かし続けた。
 顔を上げると、そろそろブーケトスが始まろうというタイミングだった。
「......もう始まるし、行こうぜ」
 俺は煙草の火を消して吸い殻入れに入れる。足早に喫煙所を出て消臭剤をかけた。旧友はゆっくりと喫煙所を出てくると何も言わずに俺の肩を叩き、俺を抜き去って知り合いの元へ向かっていった。
 俺は立ち止まって考えてしまう。自分で自分の気持ちに封をした気になっていたが、きっと旧友はそれに気づいていたのだろう。しかしそれでも、この気持ちはこのままにしておくのが賢明だ。白無垢で着つけられた新郎新婦の姿を見て改めてそう思える。そう思うしかない。
 重い足取りで友人たちの輪に近づく。その頃には新婦が後ろを向いて投げる準備をしていた。新郎の友人は新婦の近くでその様子を見て微笑ましそうにしていた。その透き通った目に涙は浮かんでおらず、とても晴れやかに式に参加した人を眺めていた。俺はその目に映る覚悟を感じ取ると、ようやく肩の荷が下りたような気がした。
「ほら、もっと寄れって」
 旧友が俺に呼びかける。俺は少し駆け足で旧友に駆け寄った。
 新婦が勢いをつけるために小さなブーケを思いっきり下に下げる。階段下でそれを囲む人たちは今か今かと待ち遠しそうに手を伸ばす。それを囲むように見ている人たちも微笑ましそうにして、その時を待っていた。
 今にも投げようとするその時だった。新郎は新婦からブーケを奪い取り、思いっきり遠くへ投げ飛ばした。その場にいた全員が漏れなく呆気に取られてブーケの動向を目で追った。階段下で固まっていた集団を悠々と飛び越え、その周囲にいた人たちも飛び越えて、黄色い花弁を撒きながら一番遠くにいた俺を目掛けて飛来する。
「......はぁ?!」
 俺は突然のことに足を動かせずにいた。そして落ちてくるブーケを咄嗟に掴まえてしまった。鮮やかに咲いた向日葵の花弁が眼前に広がる。
 新郎の咄嗟の行動に俺を含むみなが固まってしまう。ざわつきすらなく皆が放心状態の中、新郎は階段を勢いよく飛び越えると人の波をかき分けながら走りだした。雨上がりの水たまりも気にせず一直線に走り、俺の元までくるとピタッと止まる。
「よ!」
 新郎は軽薄に挨拶をする。俺はようやく目の前のブーケを下げて新郎の顔を見た。
「な、なにしてんだ、お前は」
 きっと震えていた。信じきれない事象を前に、心の整理が追い付いていないのだった。
「まあ、そういうことだよ。じゃあ、行こうか」
 そう言って新郎は俺を両手で持ち上げてお姫様抱っこをした。すると振り返って群衆に向かってこう宣言した。
「悪いな! 結婚式はこれで終わりだ! じゃ、俺らは帰るから!」
 言い終わるや否やそのまま走り出す。状況も呑み込めないままだったが、人々は走り出した新郎を追いかけた。俺は抱きかかえられながらなされるがままだった。
「ということでそういうことだ。待たせてごめんな。とりあえず落ち着いたら全部話すよ。それでいい?」
 新郎は走りながら俺の顔を覗き込むと、ニッと笑った。俺は咄嗟にブーケで顔を隠す。
「......いいわけ、ないだろ」
 それを聞いて新郎は「はははっ」と快活に笑うと、予め用意していたタクシーに乗り込んだ。タクシーは何も言わず走り出し、俺らの後を追っていた人たちもそれを見るとさすがにその場でへたり込んでしまっていた。

「おい、どうすんだよこれから。さすがにまずいだろ。奥さんとかご家族とか、それにまだ披露宴が......」
 俺は新郎の肩を揺らしながら問い詰める。タクシーもそれに釣られて左右に揺れていたが、そんなことは気にしていられなかった。
 しかし新郎はなおも笑顔のままだった。
「大丈夫大丈夫。奥さんは知ってるから。今頃みんなに説明してるさ」
「......はぁ?」
 俺はこいつが何を言っているのか一切わからず、思わず揺らしていた手を止めてしまう。
「そんなことよりも、だ」
 新郎の友人は顔をぐいっと近づけると、いつになく真剣な顔でまっすぐこちらに見つめた。
「俺でいいのか、本当に」
 この言葉だけで鼓動が早くなる。喉はカラカラに乾いて、呼吸が浅くなる。冗談ではない、彼は俺の返答を待っているのだ。
 俺はかろうじて出てくる唾を呑み込んでから返答した。
「俺はずっと、お前がよかったんだ。お前じゃきゃ、嫌だったんだよ」
 俺は思わず力が抜けて新郎の胸の中に倒れこむ。言ってしまった後悔と、後戻りは許されない覚悟が入り混じって、封の開いた感情は自分の中で咀嚼できないほど膨れ上がっていた。膨れ上がった感情は奥底から溢れ出るようにして涙へ変わっていった。
「そっかそっか。それが聞けて安心したよ」
 新郎はぎゅっと俺を抱きしめると静かに笑った。

 しばらく抱き合って、窓から光が差し込んできたことを背中で感じる。しばらく口を開いていなかったタクシードライバーは話し始めた。
「よかったですねお客さん、予報じゃずっと雨か曇りだったんですよ。最近の天気予報は当てにならなくて困っちゃいますね」
 ははは、と豪快に笑うタクシードライバーに俺は返答する。
「そうですね。まあでも、少しわからないくらいでいいんだと思います」
 タクシーは目的地へ向けて走り続けた。

向日葵
花言葉は「あなただけを見つめる、愛慕

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