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おばあちゃんへの手紙 外伝7

おじいちゃんありがとう

南蔵院編4


振り返って見下ろせば、

青々とした芝生が太陽の光を受けて綺麗だった。

生き生きとしていた。

その向こうには
白い砂利が波模様に敷き詰められている。

良く整えられていて美しい。

五段の石階段を降りて
左手に行くと藤棚があり、

その下にベンチが二つ。

そのうち一つにおじいちゃんと二人で腰掛けた。


「ふぅー」

と、おじいちゃんは大きく息を吐きながら
さっき入口で買っていた
缶ジュースを僕に手渡してくれた。

「ありがとう。」

プシューと良い音を立ててジュースを開ける。

良く晴れた青空に
大きな大きな三本の松が仲良く並んで立っている。

この松たちは、
この境内でどれほどの時を過ごしてきたのだろう。

お地蔵様に願いを込める人々を見守りながら。


おじいちゃんが言った。


「勇くんもしばられ地蔵のように

親しい仏様や観音様を心の中に招き入れて、
いつも報告するといいよ。

どんな些細な事でもいいんだ。

嬉しかった事、
悲しかった事、
楽しかった事、
辛かった事、

それこそ
今歩いています、
今あくびをしました、
今座っています、

なんて事でもいい。

願い事をする隙がなくなるぐらいに
呟いてみるといいよ。

ポイントは、
結果を求めない、
ただの報告だってこと。


そうすると
仏様はきっと喜んでくれる。

だって勇くんが学校から帰って
今日は何した、どんなことがあった
って報告してくれる時、

おじいちゃんはとっても嬉しいんだよ。

その報告が、
些細なものであればあるほどね。

そうして勇くんが
ずーっと報告を続けていれば、

いつしか仏様の喜びと
勇くんの心がひとつになる。


その時には仏様と勇くんの境目がなくなって、

勇くんは仏様と同じようにやさしくて、


みんなに慕われる立派な人になっていると思うよ。」




「仏様とひとつになる…。」


僕は
セミの幼虫の羽化に
時間も場所も忘れて夢中になったことを思い出した。

あの時、
とても幸せな気持ちだったことを覚えている。



おじいちゃんはそれを
「セミとひとつになっていたんだ」と言っていた。


じゃあ、
仏様とひとつになる
ってどれほど幸せなことなのだろう。




ジュースを一口、ゴクリと飲んだ。

「あぁ、美味しい。」

喉の渇きが癒えて生き返るようだ。


僕は大それた願いなんていいやと思った。

今、一杯のこのジュースがとっても美味しい。

それで十分満ち足りている。


そんな今を続けていければ、
願いなんかなくても十分幸せな気がした。

そして、そんな今を報告していこう。

僕のお地蔵様に。

幸せですよって。


僕は大きく深呼吸して、空を見上げた。


十分なスペースを与えられた僕の心が、
大きな大きな三本松の仲の良い姿を捉えた。

それはやっぱり、やさしい風景だった。


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