見出し画像

おばあちゃんへの手紙2

おばあちゃん、お手紙ありがとう。

おばあちゃん、
いつも手をつないでくれてありがとう。

お散歩に連れて行ってくれてありがとう。

買い物に連れて行ってくれてありがとう。

柴又のおばさんの家に
連れて行ってくれてありがとう。

松戸のおじさんの家に
連れて行ってくれてありがとう。

夜、一緒のお布団で寝てくれてありがとう。


僕が夜中おしっこにいきたくて起きて、
でも一人でいくのはとても恐くって、

隣のおばあちゃんを何度も揺すって起こしたけど、
ぐっすり眠っていたおばあちゃんは起きてはくれなくて、

とうとう僕はその場で泣きながらおしっこを漏らしたっけ。

その泣き声にようやく気付いたおばあちゃんは、
直立不動でおもらししながら泣いている僕を一目見て、事の次第を悟り

「ごめんね、ごめんね」と何度も謝りながら
僕を抱きしめてくれた。

頭を撫でてくれた。
「自分でちゃんと起きれたんだね。偉いね。偉いね。
それなのに、おばあちゃんが気付かなくて、ごめんね。ごめんね。」

それからおばあちゃんは
僕のパジャマとパンツを着替えさせてくれた。


その間も
なぜか僕は泣き止むことができなくて、
その都度おばあちゃんが
「ごめんね。ごめんね。悟は偉かったよ、自分で起きて。
それなのにおばあちゃんてば、ごめんね。ごめんね。」


怒られると思っていたから、
漏らしちゃいけないと気を張っていたから。

おばあちゃんに
優しい言葉をかけられるたびに気が緩んで、
僕はどんどん泣いちゃって、
呼吸困難になる程しゃくりあげて、

それでもおばあちゃんは
「ごめんねごめんね」と謝り続けながら、
手際よく別の布団を用意し、
そこに僕を寝かしてくれた。

だんだん暖かくなってくる布団の中で、
ようやく涙がおさまって、
急速に眠くなっていく意識の中でも、

おばあちゃんはせっせと、暗がりの中で
僕のおもらししたパジャマや布団を処理してくれていた光景が、

心のあったかいところに焼きついて、
今も僕の大切な思い出になっています。
ありがとう。

おばあちゃんも眠かっただろうに、
そのまま僕だけ眠っちゃってごめんね。


僕には記憶はないけれど、

僕が赤ちゃんの時
いつもたらいにお湯を張って
沐浴してくれたのはおばあちゃんだったって。
ありがとう。



それから少し大きくなって

お風呂でシャンプーハットをかぶせて
頭をゴシゴシ洗ってくれたね。


たまに目にシャンプー入ってしみたけど、
お風呂上がりにいい匂いの粉を身体に塗ってくれて、気持ちよかった。

ありがとう。

公園で迷子になった時、
僕を探し出してくれてありがとう。

心細くて泣きべそをかいて、
もうこの世の終わりかと思った時、
颯爽と現れたおばあちゃんは
とても頼もしく、輝いて見えていたよ。


おばあちゃんが病気になって入院して
お見舞いに行った時、


僕はまだ小さかったとはいえ、
見たいテレビがあるから

早く帰りたいと駄々をこねたりして、
おばあちゃんきっと淋しかっただろうね

わざと明るくおばあちゃんが
「手術の痕を見せてあげようか?」とおどけた時も、

黙って母親の後ろに隠れてしまい、
「早く帰りたい」の一点張り。

どうしてあんな態度をとってしまったのだろう。


僕らが帰ったあと、
おばあちゃんはあの病室で何を思っていたの。

薄情な孫だと思ったよね。
淋しかったよね。


結局僕がおばあちゃんに会ったのは、
その時が最後になっちゃった。

ばちがあたったんだ。
ごめんね、ごめんね。
ごめんなさい。

病室をでる時、
それでもおばあちゃんは僕にこう言った。

「悟、お見舞いに来てくれてありがとうね。嬉しかったよ。」って。

僕は大馬鹿者だ。

あんなに愛して、
無条件に可愛がってくれた人は
他にいないというのに、
そんな人が苦しんでいる時に
優しくしてあげられなかった。

なにをおいてもそばにいてあげるべきだった。

どんな名医の手術よりも、
僕の小さな手のひらの手当てが、
おばあちゃんの苦しみを救うものだったって、
今ならわかるんだ。

ずっと後悔してます。

最後の最後まで、
無条件に無尽蔵に
優しかったおばあちゃん、
ありがとう。

ありがとう、本当にありがとう。



私は感謝の気持ちで手紙を締めくくり、
お仏壇にそれを供え、
線香をあげた。

静かに静かに手を合わせ、

心の底からおばあちゃんの安らかなることを祈った。



そしてその年の夏、
私ははじめて一人きりでお墓参りに行った。

日差しの強い暑い日だった。

吹き出る汗をそのままに、一心不乱に
お墓を掃除し、花を供え、線香を立てる。

お花に彩られ、
お線香の煙が立ち上るお墓は
まるで生き返ったように、生きているように見える。


おばあちゃんがまるで笑っているようだ。

私も思わず汗を腕で拭いながら、
満面の笑みを浮かべた。

その日を境に、

私は私なりのいくつかのささやかな奇跡を
不思議な夢とともに経験することになる。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?