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おばあちゃんへの手紙 外伝11

おじいちゃんありがとう

大空襲編1



僕が四年生から五年生になろうとしていた
春休みのことだった。


おじいちゃんは季節の変わり目に体調を崩した。

もう一週間も布団で横になったままだ。



毎日枕元に行っては様子を伺う。

すやすや寝息を立てている時もあれば、
苦しそうに口で呼吸をしている時もある。

調子の良い時には
起き上がっておかゆをすすっている時もある。

反対に食事をとらないで寝たままの時もあった。


そんなある日、
僕がいつものように枕元に座っていると
おじいちゃんが目を開けた。



「勇くん」

「あ、おじいちゃん起きたの」

「あぁ、今、夢を、見ていた」

「え、どんな夢。教えて」


おじいちゃんは
大きく一呼吸つくとゆっくりと話し出した。



「子供の頃に戻って
いとこと遊んでいるんだ。

だるまさんが転んだをしていたんだよ。

楽しかった。

おじいちゃんが鬼になって
早口で”だるまさんが転んだ”と叫んでは
急いで振り向くんだけど、
その二人のいとこは
兄弟揃って同じポーズをして止まっているんだ。

でも顔だけは
ニヤニヤニヤニヤ笑っておじいちゃんを見てる。

振り向くたびに
二人はどんどん近づいて、
とうとうおじいちゃんに
手が届くところまで来た。

二人はもう笑いをこらえきれない
といった表情で嬉しそうだった。

次振り向けば
きっとおじいちゃんはタッチされて
また鬼だなと半分諦めて叫んだよ。

”だるまさんが転んだ”って。

でも不思議なことに
誰もおじいちゃんを触れてこないんだ。

あれ?おかしいなと思って、
あえてゆっくり振り向いてみたんだ。

そしたら、
そこには二人の姿はなかったんだよ。

そして
子供だったはずのおじいちゃんが
今の自分に戻って立ち尽くしていたんだ。

そこで思い出したんだ。

二人は東京大空襲で亡くなっていたな、と。

おじいちゃんは奇跡的に助かったけど、
二人は死んじゃったんだ。


正式には確認されていないんだけどね。


おじいちゃんのおじさんの話では、

おじさん、おばさん、ともくん、かずくん
のみんなで手をつないで
逃げていたんだそうだ。

でも、ものすごい爆音と猛火の中、
気がつくと、
おじさんと手を繋いでいたはずの
おばさんはいなくなっていたんだそうだ。

どこかで手を離してしまったらしいんだ。

それきり、
おばさんと手を繋いでいたはずのともくんも、
ともくんと手を繋いでいたはずのかずくんも
見つけることはできなかったそうだ。


あんなに、
手を離してはいけないよ、
と子供たちに言っていた自分が
その約束を守ることが出来なかったと、

おじさんは後に涙ながらに話していたよ。


その時のおじさんの寂しそうな顔を
私は今でもしっかり覚えているんだ。

おじさんは
そのあと一人ぼっちで生涯を過ごしていたんだ。

とても寂しそうだったよ。


でも、気づくと
おじさんが亡くなった年齢に
おじいちゃんもなってて、

その姿で夢の中、
木の前にポツンと一人で立ち尽くしているんだ。


セミだけがミーンミーンうるさく鳴いていた。


さみしかった。

その時初めて
おじさんのさみしい気持ちが
本当に自分のこととしてわかった気がしたよ。


これでおじさんのさみしさと
一つになれたのかな、と思ったりもしたよ。

少しは
おじさんの悲しみや
おばさんやともくん、かずくんの気持ちが、
柔らいでくれたのならいいな、てね。

自分の気持ちを
一人でも理解してくれる人がいるとわかると

人間嬉しいもんだろ。

そう思わないかい。」



そういって、
おじいちゃんは寝ながら
涙をひとつぶ、ふたつぶ、と枕に落としていた。


戦争はあってはならないことだと、
僕も学校で教わりながら思ってはいたけど、

現実は想像以上なのかもしれない。


こんなに長い間、
人々は傷ついた心を抱えて生きていくことになるんだと、


おじいちゃんの涙をはじめて見て実感した。

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