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おばあちゃんへの手紙 外伝12

おじいちゃんありがとう

大空襲編2


 「おじいちゃんは奇跡的に助かった、
ていうのはどういうこと?」


 「根こそぎ街を焼き尽くすような空襲だったからね。」
おじいちゃんは
最初少しでも家財道具を持って逃げようと
父親は荷造りをしていて
母親に先に防空壕に逃げていなさい
と言っていたんだ。

それでそのとき
9歳だったおじいちゃんと
7歳だった弟と手を繋ぎ、
母親は当時まだ赤ん坊だった妹をおぶって
逃げたんだ。

3月でまだ寒かったから、
おんぶ紐の上に布団をしっかりと巻きつけて
赤ん坊の防寒をしていたんだけど、

父親がさらにその上に家財道具を乗せたんだ。

その当時の僕は子供心に、
妹が押しつぶされて死んじゃうのではないか
と心配になったのを覚えているよ。

だけど、結果的にそれが良かったんだ。

後でわかったことなんだけど、
同じように赤ちゃんを背負って逃げた
多くの人が、赤ちゃんを
ものすごい熱風や熱波、火の粉のせいで
亡くしていたんだ。

逃げている間に背中で
死んでしまっていた赤ちゃんに
気がついた親の気持ちを思うと
胸が締めつけられるよ。

おじいちゃんの妹は
上から積まれた家財道具たちおかげで
熱風たちから守られ、
苦しかっただろうけど、
無事に助かったんだ。」

 「すごい。
おじいちゃんの妹の小菅のおばあちゃんが
今も元気なのはこのとき
生き延びられたおかげでもあるんだね。」

 「うん、そうだね。
何が幸いするかなんて、
本当にわからないもんだねえ。

それから防空壕へは逃げ込めたんだけど、
空襲はどんどんひどくなったんだ。

外はもうあらゆるものが燃えて火の海だった。

これはいつもの空襲とはわけが違う
と思ったんだ。

とにかくこのエリアから逃げ出さないと、
いずれ蒸し焼きになって死んでしまう、
そう直感した。

父親はまだ防空壕には来なかったけど、
おじいちゃんはお母さんの手をとって
「逃げよう」そう促したんだ。

父親は生きていても、
もうここには来れないそう思った。

それよりも、
父親をここで待つよりも、

今はとにかくここから離れて
逃げ延びて生きていることが、
再びお父さんと会うことに繋がると思ったんだ。

でもお母さんはここから逃げるのを渋っていた。

今思えば、
やっぱりそれは当然のことで、
怖かったんだろうね。

それに外の様子を見れば
怖気付くのも当たり前だった。

右も左も上も下も炎しかないのだから。

地獄とはここのことだろうと思ったよ。

でも震える弟や
母親の背中で荷物の下敷きになっている
赤ん坊のことを思った時、

急に自分がしっかりしなくちゃ
という気持ちが湧いてね。

とにかく冷静になろうと
大きく深呼吸したんだ。」


 「あっ。
僕がおじいちゃんに教わった、
いつもするやつ。」


 「そう、実はこの時の経験から
深呼吸をして
心の余白を作ることの大切さを学んだんだ。

心の余白から落ち着いて、
外の炎を眺めた時、

なぜかすーっと静けさが心に入ってきてね。
そんな時なのに一瞬炎に見惚れてしまったんだ。」


 「炎と一つになったんだね。」


 「たぶんね。
その時が初めての経験だった。
それで気づいたんだ。

炎は別に敵でもなければ、味方でもない。

僕らを襲ってやろうなんて意志もないし、
かといって守ってやろうというわけでもない。

ただ燃えているんだ。

そこで炎への恐怖が薄らいだんだ。

その瞬間に見えたんだ。」


 「えっ、なにが」


 「沈黙の闇だよ。

轟々と燃えさかる炎にそっと寄り添うように、
暗闇が見えたんだ。

全てが炎と思われていた
そのほんのわずかな狭間に、
暗闇が沈黙していたんだ。

みんな炎の激しさに気をとられて
気づかないでいるだけで、
点々と黒い闇があったんだ。

この炎の外は夜なんだ。
この闇を辿ればいいんだと直感的に思った。

おじいちゃんは
お母さんの手を強引に引っ張った。

とうとうお母さんも
意を決して腰をあげてくれた。

そこからの行動は早かったよ。

おじいちゃんが身をかがめながら
炎と炎の隙間から顔を出す暗闇を見つけては
”こっち”とみんなを誘導して
その闇に逃げ込んだんだ。

少しでも暗い方へ、暗い方へと。

気づけば川沿いに出ていた。

でも橋という橋が焼き落とされて
川の向こうへは渡れない状況だった。

万事休すだ。

と、さすがのおじいちゃんも諦めかけた
その時に、
遠くで声がしたんだ。

空爆の激しい音で
それはなかなか聞き取れなかったけれど、

どうやら”こっちだぁ”と
叫んでいるように見えたんだ。

最後の力を振り絞って
声のする方へ行ってみると、

消防団の人が大きく手を振って
みんなを呼んでいたんだ。

”ここに一本、橋げたが残っているぞぉ”ってね。

たった一本の木で作られた丸太の橋だった。
みんなでびくびくよろよろしながら
その橋げたを渡った時、
下に見えた川の様子は
今も目に焼きついて消えないよ。

亡くなった人や物がみんな、
燃えながら流されていくんだ。

みんなの犠牲の上に
自分たちは生きているんだと感じたんだ。


渡り終わってホッとしていると
すぐに轟音が轟いてその橋げたも
あっという間に
敵の爆撃で落とされてしまってね。



これは後で聞かされた話だけど、

川の橋を全て落として
川に囲まれていた軍事の町工場地帯である
その地域を焼け野原にし、
壊滅させることが敵の作戦だったらしいんだ。

だからもしその橋を渡れず、
あの場所に取り残されていたら…と考えるとね。

その夜、
10万人が亡くなったと言われているんだ。

その大空襲の犠牲者の一人に
なっていたのかもしれないんだよ。」

 「おじいちゃん…」

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