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おばあちゃんへの手紙 外伝

おじいちゃんありがとう セミ編 1


僕はおじいちゃんが大好きだ。


どちらかというと無口で物静かなおじいちゃん。

おじいちゃんは玄関のとなりにある
少し奥ばった部屋の縁側にいつも座っている。

僕が小学校から帰ると、
いつもやさしい目でほほえみ
「おかえり」と言ってくれる。


その静かな「おかえり」はどこか涼しげだった。

夏の暑い日にさわやかな風がそっと吹いて、
チリリンと風鈴が鳴るように。
とても気持ちが良いのだ。


小学三年生ともなれば、
学校でもいろいろな事がある。


頭にくることもあれば、
泣きたくなることもある。

反対に嬉しくて飛び跳ねたい程に
心が興奮しておさまらないでいることだってある。


でも、どんな気持ちで心をパンパンにして帰っても
おじいちゃんの「おかえり」が、
ふっとそよ風がふきぬけたように心を落ち着かせ、
心に隙間を作ってくれた。

僕は最近、心の隙間を持つことは
とても重要なことなのではないかと感じている。


心に、自由に身動きできるスペースがあれば、
周りは落ち着いて見えてくる。

そして、落ち着いている時に見える
僕の周りの風景は、いつもやさしい。


まるで、プールやお風呂上りの
柔らかいバスタオルに
ふわっとくるまれた時のように。


その瞬間、僕は自分と周りとの境目が
溶けてなくなっていくような感覚に陥るんだ。


見えるもの、聞こえる音、触れる感覚が、
目や耳や肌を伝わってではなく、直接わかる。

そんな感じなのだ。


「おかえり、勇一」

今日もまた、おじいちゃんの静かで穏やかな風鈴が、
玄関脇の南天の木越しに聞こえてきた。


南天が作った木陰から覗くおじいちゃんは、
いつものように縁側であぐらをかきながら
お茶をすすっていた。


落ち着いていて自由な僕の心のスペースが
おじいちゃんのやさしい心を直接実感する。


「ただいま」


僕はやっぱりおじいちゃんが大好きだ。



#おじいちゃんありがとう

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