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ジーンズショップの終わりの日とこれから

町の不動産屋に勤めていた。
生まれ育った町なので働いていると久し振りの再会などもある。

それは人だけでなく場所だったりもする。

入社1年目。
電話の受け方や案内する貸家の場所などを覚える他に入金された家賃を家主に振り替える作業を覚える。
そのほとんどがネットでの振替なのだが、手数料の関係なのか数人直接手渡しに行く家主さんもいた。

志垣さんも手渡し組の家主さんの1人。
毎月末に入居者が入金した家賃を管理料を引いて志垣さんに持っていく。
持っていく先は志垣さん夫婦のやっているジーンズショップ
その名も
『JEANS HOUSE』

「…ここは!」
志垣さんはお店やってるから自宅じゃなくここに家賃を持ってくよ、と先輩に連れて行かれたそこはこの町のおしゃれショップ、だった場所。


ジーンズが欲しい、という中学生の私は母に連れられ初めてそこを訪れた。
こどもの私にとっては校区外の遠い場所で、親の車でなければ行けない場所。
広い駐車場の奥に建つ店舗は外観は普通の2階建てなのだが、中に入ると吹き抜けになっていて天井がすごく高い。
壁際に上への階段はあるが吹き抜けなので2階は壁側にぐるりと通路があるだけに見える。
その通路に洒落た感じでジーンズなどがディスプレイされている。
見上げる壁に当時
「ゴゥマ〜ルソォ〜ン、エドウィン」
と歌っていたブラピのポスターが貼ってある。
中学生の私にとってスーパーおしゃれ空間だった、あの『JEANS HOUSE』である。

時は経ち、イオンタウンができたり、おしゃれしたいものは県外まで買いに行くようになったり、ネットなどでの買い物も活用し『JEANS HOUSE』で最後に買い物をしたのがいつなのか全く思い出せない。
むしろ「まだ、営業していたのか」
とだいぶ失礼な感想を持ちながら店内へはいった。

記憶とあまり変わらぬ店内。
ただ平日の午前中だからかお客さんが全然いない。
昔はいつもお客さんがいて試着室など空きを待ってウロウロしていたのに。
私達に気付いた店員さんが内線電話で志垣さんを呼ぶと2階奥からショートカットの奥さんが小走りでやってくるのが見えた。
どうやら2階奥は事務所になっているらしい。

「今度から新しく入ったみついが家賃持ってきます」
と先輩に紹介され、簡単な引き継ぎの挨拶に
「よろしくねー!」
と元気に笑って今月分の家賃の受け渡しが終わるとまた駆け足で2階へ戻っていった。

その後、何回もお会いするけどいつも奥さんは元気で駆け足のイメージだ。
反対に旦那さんの方はいつも真顔で室内でもどこでもキャップを被っている。
一見取っ付きにくそうなのに家賃を渡し
「失礼します」
と言う帰り際にだけ
「はい、ありがとう」
とニヤリと笑う。
話せば面白い人な気がする。


家賃を持って何年も毎月通った。


途中、新人が入ったりで引き継ぎもしたりしたけど不動産屋は割と人が早く辞めてしまうので
「コロコロお金を運ぶ人が代わっては印象が悪い」
と結局ずっと私が担当することになった。

ある年の秋口。
家賃を渡しに行くと志垣の奥さんが
「そちらの社長さんには言ってるっちゃけど、この店来月閉めることになったとよ」「だから今度から家賃は自宅の方に持ってきてね」
と言う。
「そうなんですか」
と事務所に戻り志垣さんの自宅住所を確認した。
社長とは付き合いが長いらしいので仕方のないことだけどその話をしてくれたのが社長より後だということがすこし寂しかった。
買い物もしないくせに閉店も寂しかった。


閉店の少し前からJEANS HOUSEは閉店セールをして、私は仕事の休みの日、何十年か振りにお客としてJEANS HOUSEへ行った。

真っ赤な毛糸でザクザク編まれた暖かそうなニットを見つけて
「これからの冬はこれで近くのコンビニにでも出掛けよう」
とレジに向かうと志垣の奥さんがレジに入っていた。
いつもは店員さんかバイトさんが入っていて、奥さんは2階の事務所なのに。
珍しい。

品物を包んで渡してくれるとき奥さんが
「ありがとう」
と丁寧に言葉を掛けてくれた。


これは全然良い話ではなくて、最後に行くくらいならセールでなく定価で通って買い支えよ、という感じだし最後だからとのこのこ買いに行った自分の行動が本当に浅いものに思えて帰りの車を運転しながら行かなければよかったかも、とも思った。

だけど、レジで品物を手渡されたとき
JEANSHOUSEで初めてお母さんと買い物に来たときのことを本当に久し振りに思い出したりもしていた。
絶対に普通のがいい、という母の言葉を無視して真っ白なジーンズを手に取り試着したこと。
とっても素敵で遊びに行くときも塾に行くときもいつも履いていたこと。


これで終わりじゃない。
ひと月はかかるだろうけど志垣さんはこれから店舗の掃除を始める。
それが終わったら私に連絡がくる。
店舗を賃貸に出したいんだそうだ。
私は不動産屋なのでこれからまっさらになったその店舗の写真を撮って資料を作って、家賃をちゃんと払って長く大事に使ってくれる入居者を探す。

家賃を毎月志垣さんの自宅に届ける。


町は変わる。
思い出がふいによみがえる場所がひとつ消えた。





気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。