見出し画像

【不動産屋の雑談】何か感じる、という話

町の不動産屋に勤めていた。
会社では売買も扱っていたが、私の担当は賃貸だった。
お客様を物件に案内して説明して契約書を作ったり、入居後の管理をしたり、家賃支払いが難しい時には相談してもらったり。
とにかく、入居にまつわるエトセトラである。

霊感はない。
らしきものを見たこともない。

でも、なぜかその物件は変な感じがした。
築30年以上の平屋で和室の多い4DK、小さなお庭が付いていた。

駐車場は付いていなかったがその分、家賃が安かったのでお客様を案内することは多かった。
が、全然決まらない。
もう、3年は空き家のままだ。

晴れている日でもなんだか室内は薄暗い。

押し入れのふすまを開けるのが、なんだか怖い。

ある時、案内していたお客様が
「ここ…事故物件とかではないですよね?」と聞いてきた。

やっぱり?!
なにか感じます!?

とは、思ったものの、この家、何の事故も事件も起こっていないので「いや、ないですね」と答えるに留めた。

やはり、あの家、何かあるのかもしれない。

そういう思いを抱きつつ、私は、その日、また例の物件案内をしていた。

お客様は柳田様という、品の良いご年配の女性で夫婦で入居する「終の棲家」を探しているらしい。

余談だか「終の棲家」は不動産屋も家主も割りと嫌がる台詞なので、あまり口にしない方が良いと思う。

「まだまだ先のことじゃないですか」とか言いながら、案内をしていたその時、柳田様がこう言った

「ここのトイレ使わせていただけます?」

突然である。

「…申し訳ありません、水道料金のこともありますし、次にご入居される方のこともあるので、トイレはちょっと…」

とは言ったものの、料金はそんなに問題にならない程度だろうし、空き期間が長いので、どのみちもう一度ルームクリーニングは入る。

ただ案内中に物件内でトイレを希望されたことが初めてだったので、少々動揺してしまったのだ。

ということは断る理由はない、のかも、しれない?
という迷いが顔に出たのかもしれない。

「お願いします」

ギリギリなのかもしれない。

「ティッシュはあります」

あるのかぁ。
確かにお出掛けの時にはティッシュとハンカチを持つように言われるよね。

近くのコンビニへの案は却下された。
もうちょっと早く言ってくれれば。

だったら、私が言うべきことはひとつである。

「どうぞ、お使いください」

その後は特に問題もなく、案内は終了した。

契約はしてくれなかった。


ちなみにこのお家は、その後も色んな人を案内したが入居者が決まらず、じゃあ家主の親戚の方が住むわ、ということで募集を終了した。

何か感じる、と思ったけれど特に何もなかった、契約も取れなかったという物件の話でした。

名前はもちろん仮名です。


気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。