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だから私に聞いてほしい

「あの、すみません、エディオンってどこら辺にあるかわかりますか?」

あれは来るだろうな、と私くらいになると予想が出来る。
やはり来た。

道を歩いていると人によく道を聞かれる。
「あの人…聞いて来るな」
予感は当たる。

「銀行どこですか?」
「第三小学校までどういけばいいですか?」
「一番ちかくのバス停どこですか?」
「youmeマートに行きたいんですけど」

歩いているときだけでなく、信号待ちの間、自転車の人、車道から車のウインドーを下げ店の名前を叫び尋ねるおば様に出会ったこともある。

聞かれた期待には応えたい性格なので、道を示そうと全力で答えてきたのだが、惜しいことに私は悲しき方向音痴なのだ。

カーナビやスマホの道案内では辿り着けない場所がこの世に存在する不思議を理解できる。

都会の地下街。
素敵なお店が通路に沿ってズラリと一列に並ぶ。順に歩いて気になるお店があるとフラりと入る。
さて、次のお店へ移ろうかと出口へ向かう。
再び通路を歩き始めてふと気づく。
「あれ、来た道を戻っている」と。


伝わっていますでしょうか、この現象。

説明が難しいが要は右も左も分からない、ということだ。

そういうことなので
「分かるんだけど、道順どうだったっけ?」
と的確な説明が出来たためしがない。

それは観光地だって例外ではない。
友達と行った湯布院
妹と旅した京都
夫と出向いた金沢

そこに迷える人がいる限り私は道を尋ねられるのだ。
こっちだって方向音痴のさ迷える旅人なので、教えられることはなにもない。

しかも観光地で尋ねてくるのは大抵、外国人なのだ。
言葉の壁と音痴の壁。
厚すぎる。
悔しいが初めて観光地で外国人に道を尋ねられたときから私は
「ソーリー、アイム、トラベラー」
とお答えするようにしている。

一度くらいは
「いや~、今回はいい説明が出来たわ」
と噛み締めながら1日の終わりに美味しいお酒を飲んでみたい。


そんな私が大阪に住んでいた時のことである。
母への誕生日プレゼントだか敬老の日のプレゼントだか忘れたが、荷物を送ろうと土曜の郵便局へ出掛けた。
通常営業である保険やお金の業務は閉じているが、ATMと荷物の預かりや受け取りが出来る小さな窓口が開いている。

そんな小さなスペースにATMが3台とそれを使用中の男性が1人。
荷物のコーナーには出すのか受け取りなのか既に4、5人の行列が出来ていた。
さて、伝票でも書こうかと用意されたテーブルに荷物を置きペンを握ったとき

来る

そう私は例の予感を感じた。

「アノ、オカネヲ、ソウキンシタイノデスガ、ヤリカタヲ、オシエテクダサイ」

なんと郵便局で。
初めてのパターンである。

どうやら先程からATMを操作していた男性は外国の方で、身内に送金したいのだが上手く出来ずにいたようなのだ。

私は長年不動産屋で働き、退去時の敷金返金をはじめ銀行での送金作業はお手のものだ。
よしきた!しかも相手は日本語でのしゃべりが達者なようだ。

ここに私を阻む壁はなし。

しかし「はい」と元気よく返事をしたそのすぐ後「はて、郵便局でATMから送金?」と足を止めた。
私がしていた送金作業は銀行が主でしかも伝票を書き、窓口に持っていっておこなっていたのでATMでの作業は不馴れだ。

しかも、郵便局は銀行と勝手が違い少し面倒だな、と当時思ったことがあったような、なかったような…

急に送金作業のお手伝いに自信をなくした私は、男性に「職員さんに聞いてみましょう!」大丈夫!という顔をして導いた。

「すみませーん」
窓口で接客している人とは別の職員に声をかける。
「この方がATMでの送金方法を知りたいようなんですが」これでもう安心である。上手く橋渡しが出来た。そう思ったのもつかの間

「わたしらはATMの操作の手伝いは出来ない決まりなんで」
とキッパリ断られた。

なるほどね。
職員がお手伝いして、間違いがあったら責任問題にもなるしね。
分かります。

一か八か、私がATM操作を致しましょう。
そういう気持ちでヤムチャと機械の前に移動した。


急ですが「外国人男性」では長いので以降、彼のことは様子が似ていたのでヤムチャと呼ぶことにします。


いやしかしよ、他人の金で一か八かしたらいかんよな、と瞬時に正気を取り戻しATMを見渡すと
「困ったことがあればこれを使ってね」的なことが書かれた受話器があるではないか。

今まで見てきていたはずなのに完全に意識の外にあったそれがその日、急に目に飛び込んできた。

私はヤムチャに書かれていることの説明をして受話器を取り、繋がった相手に
送金方法が分からず困っているヤムチャがいることを伝え、電話口を変わった。

しっかり会話しているようだし、保護者のようにずっと側に立つのも違うような気がしたので「戻りますね」と目で合図し、荷物の伝票書きの続きをすることにした。
困っているようなら行けるように目の端でヤムチャを捕らえながら。

そうするうちに操作が終わったのか、ヤムチャはありがとうのようなジェスチャーをして郵便局を出ていった。

人のお金をジロジロ見てはいけない、という思いがあるので、肝心の送金が上手くいったのかどうかは分からないが、なんか笑ってくれていたので良しとした。


そんなあれやこれやの経験から
結果が大事なのは仕事くらいにしておいて、私は道を聞かれるなどしたら、やれるだけのことをして後はお互い笑って別れられたら良しとする、という低すぎるところに目標到達ラインを設定している。

それでもいつか納得のいく案内が出来たなら1日の終わりにシャンパンでお祝いくらいはしてみたい。

完璧な案内は人の為?
それもあろうが、もはや私の夢なのだ。







気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。