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【不動産屋の雑談】不審者は突然に

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんの花沢不動産みたいな。

お客様を物件に案内したり契約書を作ったり、入居後の管理をしたり、家賃支払いが難しい時には相談してもらったり。
これは入居 退去 不動産にまつわるエトセトラの話である。


「みついさん、ちょっと一緒にきてくれる?」
ある日、上司・木下に言われた。
何かは分からないがイヤな予感しかない。

木下が先程まで電話で話していた相手は、飲み屋街に6階建てのマンションを持つ家主の長野さんだった。

 

家主の所へ連れていかれるかと思いきや マンションの方へ向かうらしい。

車で10分もかからない その物件に向かう途中に聞くには

月に一度の設備点検で屋上へ向かう際、業者さんが見つけてしまったそうなのだ。
人が生活している跡形を。

どうやら屋上へ向かう階段で何者かが「生活」しているらしく、簡易コンロや毛布、飲み物、食べ物のゴミなどが置かれているらしい。

不動産屋に勤めて5年。
そんなパターンもあるのか。

ほんとに油断ならない。

入居者への影響を考えて警察を呼ぶことを嫌う家主は多い。そんな時、不動産屋へテルテルテレフォンがくるのだ。

とりあえず謎の仮暮らしの者はありえないのアリエンティと呼ぶことにする。

その場にアリエンティの気配はなかったが、屋上近くにある扉つきのボイラー室は業者さんも恐くて開けて確認していないらしい。

私だって怖いよ

木下だって怖いよ

と思いながら物件へ到着した。

…ここに…ゴクリ…


一階の 気持ちばかりのエントランスに家主の長野さんが待ち受けていた。
暇じゃないので業者さんは、屋上の鍵を返却した後、次の点検場所へ行ったらしい。

家主と不動産屋二人、エレベーターで上へ行くか階段で行くか少し揉めたが いきなり、はち合わせたくない不動産屋2人の意見が通りエレベーターで上へ向かうことになった。

うすうす感じてはいたが家主 長野はアリエンティを確保したいようだ。

絶対にイヤだ。
そんな戦闘能力も分からない相手にムチャはしたくない。

建物の構造上 6階まではエレベーターで行きその上の屋上へは非常階段の扉を開けて上ることになる。

この普段は閉ざされた非常階段が仮暮らしアリエンティの生活の場なのだ。


到着。
確かに、毛布やなんやかんやがある。
薄暗いが、こじんまりとして何だか落ち着きそうではある。


アリエンティは、いない。


家主 長野さえいなければこのまま帰れもするが、そうもいきそうにない。

一番 戦えそうな木下を先頭にわたし達はボイラー室のノブを回した


…いない
誰もいやしない

どうやらアリエンティはお出掛け中のようだ

のちに木下は「ナイフを持って体当たりとかされたらどうしようとかめちゃくちゃ考えていた」と語った。

となれば、話は早い。
わたし達2人は力を合わせ 超特急で片付けを始めた。
と言っても、とりあえずその場にある物を営業車に常備しているごみ袋に詰め込んだだけだが。

長野はその辺りをうろちょろし、何かを探っている風で役には立たない。
でもいい、とにかくアリエンティには会いたくない。わたし達は平和の民 争い事は避けたいのだ。

罪は問わない、このまま去ってくれ!


その後、

触らぬ神に祟りなし、とばかりに案内以外では建物に近付かずかなかった。


何も知らず、何らかの解決したと思っているであろう業者さんが翌月無邪気に足を踏み入れたらしいが、何事もなかったらしい。


アリエンティは静かに去ったのだ。
お出掛けから戻り、何もかもがなくなった仮暮らしの場を見て どう思ったか、多少気がかりだが、八つ当たりで扉などの破壊活動もなく、静かに去っていたらしい。


しばらく後、別の不動産会社が管理する飲み屋ビルに不審者が寝泊まりしている、という話を聞いたけれど、こちらはかなりお行儀の悪い使い方をしていたらしいので、わたし達のアリエンティではないはずである。




気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。