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悪魔化SSまとめ

2人の悪魔の元設定・オリジナルの世界観(共通)の中での話です。3作まとめ


偽りの演劇



悪魔ルキフェルは美しきものを愛している。
囲んで、愛でて、輝きがそこにある限り最大限の敬意を持って美しきものを愛している。

だからこそ、ルキフェルは定期的に人間の多い場所へ赴き、目に留まるものを探す。そうしていることで見つかるものはとても少ないが、その中でも時たま目を引くものが見つかるのだ。

月の見える深夜、丁寧に植栽された植木を通り過ぎた先に噴水があった。噴水は珍しく2段も3段も連なる大きなもので、こんこんと透き通った水が流れ出ている。これもまた美しく、庭園の一部だと思ったのだが、ふと水面が揺らめき水面に新たな円環を作った。
音を立てないようにそっと背後から近づくと、女が1人泣いていた。月の光に照らされ、黒く濡れたような艶のある髪は静かに煌めきを放っている。

「お嬢さん、そんな場所で泣くのはおやめになったらいかがですか」
「っ…」

ぱっと顔を上げた女の瞳には月が反射していて、まるでそこに深夜の空があるようだった。暗い群青のなかには滲む色気が漂い、涙で濡れた睫毛からはぽたりぽたりととめどなく雫が伝い落ちている。

「ど、どなた…?」
「これは失礼をば、私はただの通りすがりの男に過ぎません。ただ…こんな夜中に美しい女性が頬を濡らしているのを見てしまっては…その、声をかけずにはいられませんでした。ご容赦を」

女はルキフェルの丁寧な態度に安堵したようで、微かにその薄い唇に笑みを浮かべた。

「あなたも稀有な方なのね、喪服で泣いている女に声などかけないでしょう」
「…失礼、貴女のその美しさに気を取られてしまっていて…そこまで気が回らず。ご気分を害してしまわれたら申し訳ないのですが…」
「いいえ、あなたがそんなことを言うものではないわよ。私…今日が旦那の葬儀だったんです、けれどその彼が不倫をしていたことがわかってしまって。あんなに愛してくれていたのに…結局私が愛していた彼は私を通して別の女を見ていたんだと知って悲しくなってしまって。…もう誰にも話せないし…助けてくれる方もいないし…こうして1人惨めに涙を流していたというわけなんです。ね、どうか笑ってくださる?私……情けないわ」

苦し紛れの笑みを浮かべる女にほう、と内心感心する。声をかけてきた己を蔑むことなく尊重し、かつ自分のことを下手に引き立てて無礼な人間ということを中和している。この人間界で貴族とかいう成金の人間もいる中で、この身なりや作法からして、そこそこの身分を持つ女性だということがわかる。この様子からすると面倒な子息子女もいないらしい。

「お嬢さん、どうか涙を拭ってくださいませ」
「あ…ありがとう。とても優しいのね」

差し出したハンカチを受け取り、女は押し付けるようにして涙を拭う。そのひとつひとつが洗練されて美しい。

欲しい、と思った。
だから女のハンカチを持つ手に自分の手を重ねて、ぐっと距離を縮ませた。驚きのあまりにぱちぱちと瞬く睫毛すら、ピンセットで1本ずつ抜き取りたくなるくらいの魅力を放つ。

「愛らしい方、こんな夜です。ひと時の夢と思って私にその身を預けていただけませんか?」
「そ、そんな急に…」
「このままここにいては体も冷えてしまいます、ただでさえここは水辺でしょう?そしてその痕…かなり長く泣いていたようだ、きっと体も疲弊しきっている。これから朝方まではまだ時間もあって…ねえ?私としてもこのように麗しい女性が泣いているのをむざむざ見逃すことなど出来ないのですよ」

慈悲を頂けませんか、と畳み掛ける。
ルキフェルは自分の顔面を人間が好むことを知っている。だからこそ、月の光の下でならより魅力的に見えることも承知の上だった。

「私の名前はルキフェル、貴女の名前を教えていただけませんか」

女が蕩けた視線を向けるのがわかって、その色艶に更に目を惹かれた。その様はまるで花開く蕾を抱える若枝のようで。それはとても良いことであったが、同時にとても悪いことでもあった。少しの接触で花開くということは、すぐに見頃が去ってしまうということでもある。まあでもいい。

「その花の盛りを私に見せてください、麗しき人」

終わりに手を取り、指先に恭しく口付けると、女の頬は今まで以上にわかりやすく紅潮した。その様子に内心ほくそ笑む。こんなに簡単ではそのうち飽きてしまう、と半ば嘲笑さえそそるが、それが欲に溺れやすい人間の特徴でもあった。いかにそれが欲に塗れて汚れていようとも、自己愛という名の腐り果てたものでも、自身が見果てぬ舞台の上で踊り続ける限りは際限なく愛してみせようと心に誓い、男は女の細い腰にゆっくりと手を回したのだった。


男が見つめるその先に


【偽りの演劇】の後日談

「…ああ、また壊れてしまった」

男の空虚な呟きが静かに部屋に響いた。
張りのあった肌も、夜空に艶めいていた瞳もそこにはなく、夜露に濡れた鴉羽のように黒々しかった髪も、その存在すら夢だったかのように失われている。

「こんなものか」

そうして、男が偽りの愛を囁いた"かつて美しかったもの"は鈍い肉の音を立てて冷たい地面に転がっていった。

***

ルキフェルが戯れに美しきを認めて共にワルツを踊った女性は若き未亡人で、人間たちの中では中々に名の通った美女だったらしい。らしい、というのも人間達とつるむ機会の多い他の悪魔から聞いた話だからだ。時折見かけるその相貌に見惚れた男達は我先にと彼女へ求婚を申し込んだという。その数多の男達の中から彼女がこの人と見初めた男は長く彼女を愛したようだが、結局は金目当ての外の女に唆されてあっさりと世を去ってしまった。捨てられた未亡人に群がるのは次の男になろうという下卑た男たちばかり、彼女は彼女なりに男を愛していたためにその下賎な視線から逃れるように泣いていた。そこへ通りかかったのが、美しきものを愛でることに非常に長けたルキフェルという悪魔だった。この世に存在する全ての事象の中からありとあらゆる価値があるもの、美しきものを選別する能力に長け、その輝きが失われるまではそれらを全力で庇護し愛する。それがその悪魔の素性であった。

「やはり人間は欲に塗れやすく…思い上がるのもまた早い。それゆえに花の見頃がすぐに終わってしまう」
「相も変わらず悪趣味ね…そういうふうに終わるようにしているのはあなたでしょ」
「フ、いや?そう見えているならそうなのかもしれないが」
「はぁ………」

少女はそれ以上追及しなかった。したところで、この男は今のところ少女自身の美しさにしか興味などないとわかっていたからだった。
男が人間の女にわざわざ愛(うそ)を振り撒いたのも、彼の楽しみ、遊びにすぎない。それに熱を上げて本気になってしまった時点であの女性の終わりが見えていたのだ。けれど、少女は少女自身のことでさえ無頓着ゆえに、たまたま男が戯れに手を取った黒き鴉羽の女のことなどすぐに忘れてしまった。残っているのは、当時彼女が愛した男の形見なのと彼に見せていた記憶のある漆黒の闇を蜜蝋で溶かしたような石の指輪だけ。その指輪をルキフェルが摘んで手入れをしているのを籠の隙間からたまに覗き見る程度だ。

「…今日は満月なのね」

あの女も月夜の悪魔に魅入られてしまったのが運の尽きだったろうに。
部屋に差し込む月の光に当てられて、少女の青薄翅を纏う星を砕いたかのような細かな鱗粉がきらきらと煌めいている。何度か瞬きのように翅をゆっくりと動かすとその度に男の視線が少しだけこっちを向いているのを見て、気づかれぬようにそっと息を吐いた。


束の間の団欒



「な〜あァ!俺の大事な大事なオネーサマ?ちょっと話聞いてくれってぇ」
「なあに、どうしたの?珍しいね」

イーヴァの元へ珍しくアダムスが訪ねてきて一言。くすくすと笑みをこぼしながら彼女は片割れを近くの空いている場所へ誘導する。

「最近さぁ、ハーゲルが俺にずっとずっとキビシーわけ!あれ言ってもだぁめ、これってやつもだーめ、って感じで…全然取り付く島なし!つまんねえよ」
「それは君が事あるごとに彼を揶揄うからでしょ。毎度毎度ちゃんとお返事してくれるだけ彼が優しい証拠でもあるじゃない?」
「エェ〜〜〜!?だっておま、イーヴァだってハーゲルのトコ行ったことあるだろ?」

2人は片割れ同士で2人でひとつの存在である。だからこそ、アダムスがイーヴァに"姉さん"と呼ぶのも彼らの戯れに過ぎない。それを双方共にわかっているから、このような会話が成り立つのである。

「あるよ。だけど彼は彼の大事なものに触れなければ優しい声だもの、ちょっとの悪戯くらいならため息ひとつで許してくれるよ」
「え?マジ?俺この前口に氷突っ込まれたくなかったら山降りろって言われたんだけど」
「それは………君が悪いんじゃない?」

イーヴァが少し神妙そうな顔でアダムスの顔を覗き込む。彼らの髪も瞳も瓜二つで、異なるのは頭上に冠する翼の形だけ。アダムスはまた膨れっ面で「俺が悪いんじゃないもん」とごねながらぶつぶつ言っている。

「フェニに絡む君が悪いんだよ、昔ならともかく今はもう…あの子も彼の大事なものになっちゃったから」
「え、やっぱそーなの?」

やっぱそーなんじゃん!とアダムスがさっきまでの仏頂面をどこに置いてきたのか、反対に面白いもん見つけたぜと言わんばかりの悪い笑みでイーヴァの肩に掴み掛かった。

「…痛いよ、離して」
「あ、ごめーん」
「見てたらわかるでしょ。君は…フェニがくるくる表情変えてぐるぐるしてるのを見るのが好きなんでしょ、それってハーゲルとちょっと似てるよ。だから彼を怒らせるんじゃない?」
「独占欲が強いから?」
「そう」
「オネーサマはよく見てますこと」

君もでしょ、とイーヴァがアダムスの頬に手を伸ばす。

「…なーに、俺のイケイケの顔に何かついてた?」
「私によく似た美人さんの顔がついてるよ」
「それはそう、俺そっくりのキレーな顔じゃん」

アダムスもまた、イーヴァの伸ばした手の反対側に手を伸ばした。イーヴァの頬にはアダムスにはない印章が刻まれている。けして傷のように痕が残るようなものではなく、刺青のように痛みを伴うものでもなく。彼女が彼女たるその時から、彼女の頬にその印章は刻まれているのだ。
そして、2人の間に一時無言の時間が流れる。
イーヴァがアダムスの輪郭をなぞれば、アダムスがイーヴァの目元から頬にかけての輪郭をなぞり返す。
それは2人が互いの存在を確かめ合う行為にも似ていて、その手つきはどちらも彼らの"かたち"を確かめ合うようにも見えた。そして唐突に起きた出来事というのは終わりも唐突に訪れる。

「…あ、そーいやもうすぐルキフェルが帰ってくるんだった。俺また話聞きに行ってくるから、じゃーな」
「うん、またね」

その"また"がいつなのか、わからない。2人の道が頻繁に交わるわけではないことを双方知り得ているはずだが、彼らの交わす言の葉はいつだって柔らかな温もりに包まれている。それはまるで、彼らだけが互いの存在を立証し合えるとでも言うかのように。

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