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2人の悪魔 #16⚠️


蕩けた真意


⚠️ややR18表現を含みます。



ただただ、衣擦れと熱い吐息と微かな水音だけが響く。
ハーゲルは手当たり次第にフェニの肌に触れていく。男は咄嗟のことに抵抗しようとするが、ハーゲルによって今し方貫かれた大穴のせいで思うように体を動かすことすらままならない。そのため今のフェニができることといえば、大人しくハーゲルから与えられる刺激を外へ逃そうとするくらいだった。

「…ハハ、首まで真っ赤」
「こ、こんな…!こと、されてたらっ、当然だろ…!」
「そういうもんか?僕には到底分かりかねるがな、フフ」
「酔ってんのか…?いつにも増して怖、いっていう…か…」

疑問に疑問で返すなよ、と鼻先に噛みついてやれば、眉間にぎゅっと皺が寄る。

「フフ、あーあ、可愛い顔しちゃってまあ」
「意味わかんねえ、っ、ちょっ!なに、」
「覚えてんじゃねえの?あれだけ僕が懇切丁寧にこの体に教え込んだっていうんだから、…」

そう言いながらつんつんとフェニの下腹部をつつき回す。

「や、やめ…」
「止めると思うか?」

覚えていないとは言わせないし、止めてもやれない。フェニが己に無自覚にしても好意的な気持ちを持っていることはつい最近確信したものの、ハーゲル自身もまたフェニに対してそう悪くない印象を持っていることがこれまでの時間の中で証明されてしまっていた。最初は無知な悪魔に面倒を押し付けられたと思っていたが、今となっては最も忘れ難い方法で影を縫い付けられたとさえ思える。無知ならば刺激、特に快楽に一層弱いというのは悪魔の中では常識だ。それは対人間であってもそうだし、リリーやジャンヌなどの淫魔、夢魔達はそういった特性を見逃しはしない。

「大体なぁ、なんとも思ってない奴に二度とああいうことはしないと言いはしたが、その条件がひっくり返るなら別なんだよ。現に今お前が欲しいって言っただろうが」
「そ、それ!マジで怖ぇ、アンタが俺を欲しがるなんて…あ、あと…俺の心臓は流石にやれねえんだけど…」
「馬鹿な犬、本当にわかんねえのか?それとも遠回しな強請りか?……ああクソ、喧嘩以外は本当にからっきし駄目な奴だな」
「な、に…っむ、…ン、!?」

困惑しっぱなしの男に焦れて、その薄い唇に舌を這わせる。以前した口付けなんて口ではなく額だったわけだし、戯れの一つにしか過ぎなかった。だというのに、ハーゲルの舌がフェニの熱い舌に触れた途端に男の体がびくりと跳ねる。そのままずるずると体が崩れていき、口を離す頃には互いの間に透明な糸が連なっていて、口付けられた男はいつしか見た覚えのある蕩けた顔つきになっていた。

「…思い知っただろ?」

少し意地悪だっただろうかと思ったが、男は口元に手をやって、先ほどまでハーゲルが触れていた場所へ指を伸ばして名残惜しそうになぞっていた。無意識だろうその様子に「ッハ、」と思わず笑みが溢れる。何も知識のない者に対して、事前教育がどれだけ大事かがこの場で証明されたも同然だった。

「キスをするのは初めてか」
「…う、うん…」
「そうかよ、まあそうじゃなきゃ驚きだ」
「…な、なぁ」

瞳が戸惑いと欲に揺れている。ハーゲル自身の欲が薄い方とはいえ、自分のせいで欲に塗れる男を見るのは嫌いじゃなかった。壁に追いやられる形でフェニがハーゲルの袂を掴んで弱々しく伺いを立てる様は幼児さながらで、引き目に見ても愛らしいものだった。

「これ…あんたに、されるの…きもちい、な…」
「……"気持ちいい"こと、覚えたのか?」
「うん…?アンタに前に…してもらったこと、覚えてずっと1人でっ…、やってたから…」

ハーゲルがフェニに教えたのは受け身の快楽だけだ。いかにして快楽を拾って放出するかの手段だけ。だというのに、フェニは無知ゆえなのかハーゲルに触れられるだけでその身を震わせながら快楽を生み出すことができるようになっていた。正しくフェニが教えられたことを守っているのだとしたら、この立派な体躯も生殖器も全てハーゲルのために用意されてしまったと言っても過言ではない。人間達の噂話のひとつとして、『初めての人が基準になる』とは当初その噂を聞いた時に言い得て妙だと興味を惹かれたことがある。フェニが快楽の味を初めて覚えたのが『あの一件』がきっかけならば、この男はそれしか知らないまま今日の今日まで生きてきたことになる。

「…馬鹿だなあ、ほんとに僕の言うことをぜーんぶ守っちまったのか」
「は?!だ、だって他のやつには頼れないし…!アンタにだって2度はないって言われたから……」
「ン、まあ、そうだな」

それはそうなんだけれども。その真っすぐさも、素直さも、快楽への従順さも。それと相反する闘志の強さと貪欲な力への渇望も、馬鹿なほどに愛おしくて、彼の持つ全てを噛みついて喰らってしまいたいほどに夢中になってしまっていて。自分ながらにのめり込みすぎだろうと呆れの溜息が止まらない。だからこそ、目の前の男がこちらへ堕ちるために悪魔らしく誘惑をしてみせよう。そうしなければ、この鈍感で無知な男はきっとスタートラインにさえ立ってくれない。

「…フェニ、なぁ、……可愛くおねだりできるだろ」
「ひ、ぅ……」

いい子だから、と額に口付けてやれば情けない声を出して身悶える声が聞こえる。体から堕ちるならそれでもいい。堕ちて堕ちて堕ちて、戻れないところまで来ればいい。戻りたい、ここから出してと泣き喚けばいい。フェニが自分から懇願したその時が終わりだと己で知るがいい。こんな男に目をつけられたことを悔いればいい。

「は、はーげる…っ?ま、待って、本当おれ、アンタに触られる、と変に…なっちまって…!これ、おかしい、よな?ぞわぞわして、腹の奥、ぎゅうって、」
「おかしくねえって、僕以外にそんなんなるのか?」
「なんねえから怖えの、どきどきと、ぐらぐらと、ぞわぞわが…全部鳴り止まねえんだよ…!こわい、こわい、こわい…」

なぁ、僕のことが好きか。
そう一言聞けるならどんなによかっただろうか。
今ならきっとぽかんとして、どういうことだ?って聞いてくるはずだから。好きとか愛とか、そんな簡単なもんじゃ判別のつかないであろう問題でもある。壊したい、憎らしい、面倒臭い、可愛らしい、狂わせたい、…そんな様々な思いがハーゲルの中で渦巻いている。フェニがハーゲルとの口付けに名残惜しさを感じているのと同じように、ハーゲルもまたその心地良さに密かに浸っていた。けして惚れた腫れたの可愛らしい感情に則るものでないと自覚している。この男の瞳はいつ見てもあの日の燃え盛る悲劇を思い起こさせる。あの日感じた憎悪も、悲しみも、絶望も、寂寥感も。それらを全てひっくるめても、この男を愛で続けて、愛される以外に何もできない駄目な男にしてしまいたいという欲がハーゲルを駆り立てていた。

「キスして欲しいか」
「…、してくれんの」
「お前が俺にして、って強請れんなら」
「……いじわる」

その小さな悪態にハハ!と思わず思い切り笑ってしまう。そんな煽るような悪態をつかれるとは思っておらず、あまりの可愛らしさにそのままくつくつと笑いを引きずってしまう。壁についていた手をするりとフェニの肩へと移動させれば、こてんと首が手の甲に降りてきた。フェニが小首を傾げる形でツノの根本をハーゲルの手の甲へと押し付けてくる。ツノ越しにも、肌と獣耳から迸る熱気がハーゲルの甲を燃やすようだった。それを何度か繰り返したのちに、獣のようにぐるる、と喉を鳴らしながら男が躊躇いがちに口を開いた。

「口付け、してほしい。…アンタに、ハーゲルに触られると頭全部ぐちゃぐちゃになってなにも考えられなくなって…おかしくなる。俺が俺じゃないみたいに…変になるんだ、でも…手合わせしてるアンタも、静かな時のアンタも……目が離せなくて。何も用事がなくても気づいたら森の境界に立ってる。アンタが俺の名前を呼ぶたびに…もう一度、って。目が合うたびにもう一回、って。…やっぱおれ、変だろ。どっか壊れたんじゃねえかなって…アンタならこれどうしたらいいかわかるだろ…?」
「はぁ………」

あまりの衝撃に言葉を失った。好き、という言葉を用いないだけでここまで好意を全面に押し出せる者がいるとは全く考えていなかった。嬉しい誤算だが、ハーゲルが想像するよりもはるかに深く、フェニの中に己は刻み込まれていたらしい。

「もう正解みたいなもんなんだがなぁ」
「……?」

喧嘩してない時のお前は本当の犬みたいで可愛がりようがあるんだが、と望み通り口付けてやればぐずった声で「アンタが思う"いい子"になるから、」と懇願する男にまた笑みを深くせざるを得なかった。

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