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2人の悪魔 #8

吐息に魅せられて


⚠️匂わせR表現を伴いますが、全年齢向けです


フェニは追い払われることもなく、来慣れた雪窟で大人しく床に腰を下ろした。なんの躊躇もなく床へ座り込んだフェニを見てハーゲルは何となく驚いた表情を見せたが、すぐに僅かな笑みを浮かべて言った。

「駄犬、自分がどこのポジションなのかよく理解しているようだな」
「なっ……アンタが毎回椅子に座ると床に引き摺り下ろすからだろうが!」
「それが"よくわかってる"って言ってンだ」

だろ?と意地の悪い笑みでにやにやとフェニを見つめている。手元では細い氷柱のように見えるものを吸ってはフー……と冷気を燻らせている。煙かと思ったのだが、寒い時に吐く吐息とほぼ変わらず、匂いもせずすぐに大気と溶けてしまう様が似て非なるものだと教えてくれる。吸っては吐く、のその繰り返しをぼうっと見つめていると、その視線に気づいたのか男の視線が下へ向いた。するりと組み替えた脚の青白さと薄さに一瞬気を取られる。

「何だ、煙草なんて野暮なモンじゃねえぞ」
「それは…?」
「氷柱の精気を吸ってる。僕は元精霊だし…普通の食事も堕天して出来るようにはなったがこっちの方が身体に馴染みやすい。口から吐き出してるこれは冷気だ、水蒸気。煙じゃねえから大気も汚れないし環境破壊もしない、あと美味い。ただこれを美味いと感じるのは精霊だけだろうが」

お前に前にやった花の水も花の精気を溶かしたものだよと言われてなるほどと頷く。あれは確かに蜜が溶けているのかと思うほど甘くて美味しかった。

「そんなに気になるなら吸ってみるか?お前が吸っても氷水の味しかしねえと思うが」
「え」
「そんな乗り出して聞かれちゃァな、ほら」

ン、と氷柱を渡される。フェニは体温が高いので、渡された瞬間にぽたりぽたりと雫が垂れ落ちていく。

「焦らずにゆっくり舐めるように吸う」
「あ、穴とか…ないけど…」
「………あぁ、煙草も穴開いてねえんじゃなかったか?知らねえけど…手のかかる男だな、貸せ」

ひょいと溶けかけの氷柱がまた男の手に戻る。溶けた雫はそのままパキパキと固まった。片手で氷柱を持ち、もう片方の人差し指で氷柱の断面に爪を立てた。すると、ミシミシと氷の割れる音がして断面に穴が開いていった。

「ほら、もう一度」

吸っても味も何もしねえってちゃんと理解しろよ、と再度氷柱が手元に戻る。折角固まった雫が再び溶けないうちに穴の入り口を薄く唇に触れさせるとすーっと空気を吸うようにする。すると、唇の温度で氷柱が溶けて氷水が熱い喉奥へ落ちてくると同時に冷気とは別のふわりと甘味を感じる何かが流れ込んできた。

「……?あ、まい…?」
「おや」

勿体無い、と呆然としている内に横から氷柱が無くなる。そしてフェニがやる前と同じように水蒸気を吐き出し始める。

「お前に水の精気を味わえる繊細な感性があったとは驚きだったが」
「…悪いかよ………」
「?何も言ってないだろうが、勝手に拗ねるなよ」

そういうとこは可愛いなあ、お前。
そう言いながらくすくすと冷気を放つ男はまた悪戯っぽい笑みを浮かべている。闘気迸る好戦的な笑みも背筋をぞわぞわとなぞられるのと似たような興奮があるが、悦を感じているのが丸わかりなあの笑みも好きだ。あの時のことを思い出してしまって、少しだけ胎の奥が疼くくらいだが。

「フェニ、お前…」
「……っ……?」

す、と氷柱を持っていたはずの手が顎先の角を掠る。氷の冷たさと相まってひんやりを通り越して薄寒いくらいだ。つつつ、と爪先が輪郭を伝うように上へ上へと這っていく。そのもどかしい刺激にふるると震わせる。

「そんなに僕に触れられたいのか、難儀な奴」
「う…?」
「無意識な強請り上手とはリリーの仕事もあがったりだな」

ン?と緑が蕩けたようにこちらの意思を窺ってくる。胎の奥はなぞられるたびにびくびくと脈打って疼きが止まらなくなってきていた。前のめりに前のめりになっていき、気づけばハーゲルの組んだ足にもたれかかるようにしてくたりと脱力する羽目になっていた。その頭を払うこともせず、逆に足首に乗っかったフェニの頭を器用に撫で回している手つきはいつの日かのようにとても優しい。髪の隙間を縫うかのように髪を漉く指先の動きを引っ張られる僅かな力から感じ取る。

はふ、と口からは熱の籠った吐息が飛び出す。体内の消化できない熱が外へ飛び出したいと言わんばかりの熱量で、先ほど氷柱吸いから外へ吹き出した水蒸気とは比べ物にならない量の蒸気が雪窟の中へいっとき充満する。それをフ、と一息で吹き消すとハーゲルは「フェニ」とよく通る声で俺の名前を口にした。

悪態をつく声ではない。
叱られる時の声ではない。
苛立ちを感じる声ではない。
ただただ、甘やかして壊して溶かしてやりたいと言っている。そんな声。声は出ないのに、一度強く拓かれた胎がどくんと勝手に返事をする。

「言え」

声にもならない掠れた空気が喉から漏れる。くい、と爪先が顎先を持ち上げる。息がしづらくなってひゅっと喉が悲鳴を上げるが、ハーゲルはそれを聞いてより深く笑みを深めている。

「は、げる…」
「あァ」
「おれの、胎んなか…、きゅうって、ひやしてぇ…?」
「…………ふぅん」

かたん、とハーゲルが椅子から立ち上がる。
一歩一歩近づく足音に鼓動がばくばくと音を立てて邪魔をする。僅かな距離のはずなのに、やけに長く感じた。

衣擦れの音がする。いつのまにか目を閉じていたらしい。ぴとりとツノと肌の隙間に手が入り込んできている。その手のひやりとした感触と僅かな熱伝導で手のひらの内側が温かい。温かさに身を委ね、手のひらに擦り寄ると「犬だな」と笑う声が落ちてくる。

「…来い、その胎で暴れてる奴面倒見てやる」

こく、と浅く頷いたと同時に背が固い土に触れた。

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