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あなたが未だ漂う

 振り絞った最後の言葉は、貴方の心に掠りもせず空を切った。
強がってまた逢えるように放ったその言葉はこれから来るであろう孤独な毎日を簡単に連想させた。
細く拙いけれどまだまだ続くものだと思っていたそんな私と貴方の関係も存外、容易く終わってしまうものだったらしい。

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 私達の一年と数ヶ月は、嫌というほど互いを知り、どうしようもなく愛してしまうには充分な時間だった。
初めはキスすらぎこちなかった二人も気付けば息をする様に唇を重ねていた。
その時の味も匂いも、次に何をするかも、
一緒にいる時間に比例してわかっていく様になっていった。
初めは特別だった何もかもがいつの間にか当たり前に変わっていった。

愛を確かめ合った後、先に寝てしまう貴方。
その寝息すら愛おしく感じて、
『このまま、朝が来なければ良いのに』
と呟いて貴方の寝顔にキスをする。
そうして眠りにつく夜は
今、思い返すと幸せの真ん中に居たんだと思う。

月曜の朝はいつも少しバタついていて騒がしかった。予定のギリギリまで寝るからそういうことになるんだよ、と私が何度諭しても月曜朝の光景は変わらなかった。

寝ぼけ眼の私に優しくキスをして家を出る。
本当に好きだ。
けっして映画やドラマの様に劇的な毎日ではないが私はそんな平凡な日々を愛していたし終わらないでほしいと願っていた。

私の部屋にある貴方の服や下着、
洗面所に我が物顔で並んだ少し大きめの歯ブラシ、
どっかの旅行かなんかで買ってきたよく分からない置き土産、
ベランダには私が使わない吸殻入れ、溜まったライター、
ふとした瞬間見渡すと貴方のモノや貴方の生活の一部が、
私の部屋に散らばっている。
それらが私の隣に貴方がいるという証明のように感じて、なんだか誇らしかった。

これがずっと続くと思ってた。


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始まりがあるから終わりがあるらしい。

日に日に減っていった口数、私の家に帰らなくなった貴方、増えるゴメン、握り返されなくなった手。
そういうことも付き合ってればあるだろうと思った。


秋の夕暮れ、貴方は私に別れを告げた。


別れの言葉を聞いた私は、頭でわかっていてもどうにも心と理解が追い付かず、涙が出なかった。
悲しいという感情に辿り着くのに時間がかかった。

貴方が別れを告げたのに、貴方まで悲しそうな顔をするのは卑怯だ。
まるで貴方が悪かったかのように謝罪の言葉を並べられ、優しい貴方のまま別れを告げられるのは私には酷だ。
どうせなら悪役にでもなって最低な別れ方をして嫌いにならせて欲しかった。
貴方が最低になったとしても『嫌いになれる』と断言ができない、だから私は弱いのだろう。
合鍵を渡され、去り際。
漸く感情が追いついたらしい、涙が頬を濡らす。
しかしもう背を向けている貴方、
私は『またね』と小さく呟いたものの貴方は聞こえているのか聞こえていないのか振り向かずに去っていった。
私達は、終わってしまったらしい。


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もう貴方と迎える夜は来ない。
部屋に戻り、引いたはずの涙がまた溢れる。
近付く冬、短くなる日。
あんなに愛しかった夜も、来てほしく無い。
低くて柔らかい貴方の声も温度ももう隣には無い。
帰っても『おかえり』は聞こえない。
誇らしく感じていた貴方の私物達。
今では居心地の悪そうに私の部屋に残っている。
貴方のいた痕跡がより一層孤独を浮き彫りにする。
何故、どうして、溢れかえったやり場のない感情の海に溺れながら自問自答を繰り返す。

静寂に包まれる私、携帯の光に照らされる夜。
貴方がいた痕跡、忘れられた煙草に火をつけ真似をして吸った。
貴方の匂いが、温度が、貴方との記憶が、

未だこの部屋に漂っている。
永遠を夢見ていた私に
終わりがある事を貴方が教えてくれた。


漂う/Lym

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