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【詩】小さな夜を燃やして

 「小さな夜を燃やして」

 裸のキャンドルに

 焚き染める願い

 立ち登る煙が

 少しばかり空いた窓へと向かう

 数千年も前から手付かずの

 稀有な藍色の世界へと

 おもむろに誘われてゆく

 絹の帷をすり抜けた


 空を駆ける

 風を受ける

 冷えた指先の内に響くのは

 心(しん)の洞穴から躍り出た

 無数の山羊の群れの足音

 行き止まっては折り返し

 絶えず駆け巡る英傑の数珠


 燃やしていない者などいない

 それはすべての顕現の証だった

 包み込む薔薇の花芽も

 舐め回すヒルの大群も

 容易く燃やし

 執拗く燃やし

 それぞれの生をまっとうする


 赤はまだまだ駆け巡っている

 その一頭一頭の背に願いを乗せて


 いちどは煙になった私が

 雲の手前で二者択一を迫られて

 元来た道を引き返すことを選んだ

 「まだまだやれることがあった」

 天に昇るのはまだ早い……

 部屋に帰るとキャンドルの火は消えていた

 芯の周りに楕円の窪みだけを残して


 集って儚くなった願いのために

 霧散を許してたまるものか

 私は夜を燃やし続ける

 幾度も来たる小さな夜を


インド神話の火神アグニは祭祀の炎に見立てられ、煙を通じて天上の神々と交信する神として崇められました。一方で天上の太陽、中空の雷、地上の炎など、遍くところに現れる神とも考えられています。その姿は火炎光背に、手には数珠を持ち、山羊を乗り物とした男性像で描かれています。現世利益と自然神とを兼ね備えた、ある意味で人間臭い神格だと思います。遍く存在するとしたら人の内にも見出されるのではないか?という思いつきから生まれたのがこの詩です。


#詩  #ポエム #mymyth #アグニ

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