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ダイナミック・レンジとラウドネス・ノーマライゼーションの話

ダイナミック・レンジとは

ダイナミック・レンジという語は文脈によって異なり、主に3つの意味で使われる事が多いかと思います。

① 曲中において、音の大きい箇所と小さい箇所の差
概念として使われることが多く、具体的な数値では表しません。
②機器などが取り扱える信号レベルの最小値と最大値の比率
主に、機器やシステムのスペックを語るときに使用されます。
③RMS平均レベルとピークの差(クレスト・ファクター)
信号レベルの瞬間的最大値であるピークレベルと一定時間の信号レベルの平均をとったRMS平均レベル。この2つの値の差も「ダイナミック・レンジ」と呼ばれます。

③RMS平均レベルとピークの差(クレスト・ファクター)

今回はこの③「RMS平均レベルとピークの差」がなぜ重要か、ミックス・マスタリングをする上でダイナミック・レンジを考慮する場面に注目していきます。

ダイナミック・レンジが大きいとどうなるか

ダイナミック・レンジが大きい楽曲はそれより小さい楽曲に比べ1つ1つのアタックが強く感じられます。また、パートごとのアタックに個性を持たせやすいため、パート間の分離が良くなります。

例えば、オケ全体のRMS平均レベルに対し、アタックが大きいキックはそれだけピークが他のパートより突出します。逆に突出しないキックは押し出し感が弱く、つまった印象を与えます。しかしダイナミック・レンジに関係なく、RMS平均レベルが同一であれば、全体としての音量感自体はさほど変わりません。
ダイナミック・レンジをさらに狭めると、キックの音が耳には聞こえるが、スピーカーやヘッドホンからは押し出し感が全く感じられない状況が生じます。

ダイナミック・レンジとRMS平均レベルの関係

デジタル媒体に収録する際のRMS平均レベルと表現可能な最大ダイナミック・レンジの関係について次の図をご覧ください。

左の女の子は収録時に-12dBFS RMSに設定しました。つまり最大レベルである0dBFSまで12dBの余裕があることになります。次に、右の女の子は自分の音を左の女の子より大きく聞かせるべく、マキシマイザーを使い-6dBFSで楽曲を収録しました。この場合、0dBFSまで6dBの余裕があるのでアタックの強いパートに使える余白は6dBということになります。
この2つを比較すると大きく聞こえるのはもちろんRMS平均レベルの高い右の女の子ですが、平均レベルに対してドラムなどの瞬間的にレベルが突出するパートの表現に使える範囲が狭くならざるをえないことは明らかです。

ここでラウドネス・ノーマライゼーションという概念が登場します。
これは、複数のコンテンツを信号レベルではなくて、聴覚上のレベルで揃える仕組みです。聴覚上のレベルはおおよそRMS平均レベルで決まるので、先程の女の子をRMS平均レベルが揃うようレベルを調整しましょう。

右の女の子はダイナミック・レンジが小さいため、飛び出す勢いを欠いたかたちになりました。

ラウドネス・ノーマライゼーションはリスナーが各自で、あるいは配信サービスの多くが厳密な基準により機械的に行ってます。見えない天井にぶつかったサウンドはすでに街中に溢れています。

マキシマイズとラウドネス・ノーマライゼーション

別のアプローチからもう少し考察してみましょう。
下の図は、信号レベルは左から右に向かって大きくなります。
ボリュームはリスナーが最適と感じる位置に自分で合わせたため、RMS平均レベルとリスナーが最適と感じるボリューム(適正音量)の2本の線はイコールです。

次に、マキシマイザーやコンプレッサーでピークを抑え、RMS平均レベルを上げます。聴感上のレベルが増し、バンドがリスナーに近づきました。少なくとも再生機のボリュームを変えない限りは、先程よりラウドになります。マキシマイザでレベルを持ち上げた状態がこれになります。

しかし、ここで発生する問題は、聴感上の音量は、ピークレベルではなく、おおよそRMS平均レベルによって決まります。
RMS平均レベルはリスナーが最適と感じる視聴レベルを超えてしまったためボリュームを下げます。

すると…

聴感上は同じレベルのはずが音が前に飛んでこない、まるで見えない壁に阻まれてるかのようなサウンドになってしまいました。
図を見ると処理前に比べるとこじんまりとした印象を受けますが、これは例えではなく実際にスピーカー・コーンが前後に運動する範囲も処理前より狭まっています。処理内容だけ見れば当然のことではありますが…

過度なマキシマイズによる弊害

このように、マキシマイズやコンプレッションの度が過ぎるとラウドに聞かせたいという意図が逆に災いすることがあります。聴感上のレベルを揃えたときにラウドなはずの曲の方が音が遠い、近年のロックチューンより80年代のアイドルが歌うバラードの方がドラムの音像が大きいという奇妙な状況が生じることもあります。


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