頑張らなくていい、という幻想

 芸能人の自殺(?)が相次いでいるせいか、「頑張らなくていいんだよ」というゲイノージンのコメントがハフポストかなんかに取り上げられて、トレンドに入っていた。
 いやー無責任だなぁ、って感じた。
 頑張らなくていい?
 そりゃ、頑張らなくていいよ。頑張れない人は頑張らなくてもいい。
 ただしそれは、「頑張らなかったら落ちこぼれることになる、けど、それを覚悟の上でなら頑張らなくていいよ」って話だ。

 私はウン十年前、行きたいと思った大学が県外にあり、県外への進学を親が認めてくれなかったため、「じゃあここでいいか…」と県内の国立大へ進学した。
 別にその国立大で受けたい講義があったわけではないし、学校自体に興味があったわけでもない。そもそも学校のことなんて何も調べなかった。単純に進路担当の先生が「ここ受けてみたらどうか」と勧めてきたから、「じゃあそうします」と受けただけだ。行きたいと思ったところに行けないなら、どこでも同じだったから。
 先生的には、「この落ちこぼれ(私はこの当時すでに保健室登校で校内では落ちこぼれだった。しかし基礎学力が謎に高かったため、模試なんかではものすごい点数がよかった)が運良く国立大学に受かったら、来年の新入生向けにアピール出来る」くらいな感覚だったと思う。
 実際、合格の通知が来たことを知らせたら、職員室中が「ええ!?!? 何かの間違いでは!?」って言う空気に包まれた。

 しかしその国立大へ進学したところで、今の私は結局、落ちこぼれだ。
 だって頑張れなかったから。
 メンタルが弱すぎて、踏ん張れなかった。限界が来て、ぷつんと何かが切れてしまった。
 そこから、社会のレールからコロコロコロコロと転げ落ち、もう戻ることもかなわない。
 学歴はあるけど資格なし社会人経験もなしのメンヘラアラフォー女なんて、いったいどこが雇ってくれるというのか。
 世の中はそんなに優しくないし、見知らぬ誰かにそこまで優しく出来るほどみんな余裕はないのだ。
 障害者雇用、ってものもある。
 私は、いわゆる障害者(障害者手帳を持っていて、就職意欲のある人)向けの事業所(と言ってもここはB型ではなく、就労支援、ってとこ。精神病んだりして引きこもってた人相手に、就職に備えて資格を取る手助けをしてくれたり、就職先を一緒に探してくれたり、面接の練習をしてくれたりっていう、ダイレクトに就職につなげるところ)に通ったけど、その中で、危険物取り扱いだとか電気関係の資格だとか難しいのをいくつもとって、ぱっと就職が決まった人でも、出戻って来る人がほとんどだった。
 理由は単純に、「フルタイムでの就業がきついから」だ。
 もちろん、もともと障害者枠で採用されているから、表向きは「時間の融通がきく」とかそんな前提で就職している。
 が、実際に働き始めると、そんな甘くないのだ。
 男の人だから特にかもしれないけど、フルタイムでの就業を求められて、それが無理で、結局出戻る人ばかりだった。
 出戻った人は以前よりもさらに自信をなくし、しょぼんとして、ちょっと見てられなかった。
 精神を病んでいる人は「完治」しない。「寛解」という言葉が使われる。
 見た感じは普通の人と同じように出来るくらい回復しましたね、という意味であって、でも何かのきっかけで、「再発」する。
 ストレスにもともと弱いわけだから、慣れない環境でのフルタイム就業、それが続けば病気再発、働き続けることは困難になり、戻ってくる…ってわけだ。
 だから私は、「障害者雇用枠」は「ちょっと脚が不自由だったりするけど介助までは必要でない身体障害者手帳3級くらいの人向けの雇用枠」だと思ってる。
 知的障害・精神障害の人がフルタイムで働くのは、わりと厳しい。
 知的障害の人のことは、経験者じゃないからわからないけど、少なくとも精神障害を持っていると、本当に些細なことで(たとえば季節の変わり目だとか、天気だとか、ちょっと嫌なものを目にしたとか)病んでダメになったりするし、なんなら昨日まではすごく元気だったけど朝起きてみたらずどんと落ちてた、なんてこともざらにある。
 それをある程度コントロール出来るようになった状態が「寛解」だけど、でも小さなきっかけで、再発だ。

 世の中って、そういうものだ。
 だから、「頑張らなくていいんだよ」には、「落ちこぼれてもいいなら」って枕詞をつけなくちゃいけないと思うし、「落ちこぼれても後々、這い上がるだけの根性を出せるなら」とかそういう枕詞とかも必要かもしれないなって思う。
 単純に「頑張らなくていいんだよ」って言ってしまうのは、無責任じゃないだろうか。

 …そんなことをね、ふと思ったんだよ。
 別に、頑張りたくない人は頑張らなくていいんだよ。
 ただし、頑張れない人と、頑張れる人との間には絶対に埋められない溝も、確実に、出来るんだよ。

 残念だけど、現実ってそういうものでしょ。

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