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ケチと倹約の常識の違い

こんにちは。上級心理カウンセラー&マインドフルネススペシャリスト、マインドフルネスカウンセラーのKIYOです。

今回は、先日、ふと言われた言葉から、「ケチと倹約」の人による常識の違いについて、考えてみたいと思います。

その会話は、私が靴下やストッキングに穴が開いたら、繕っているという話をしたら「あなたは武家の出ですか?」と言われた、と言うものです。

前にも靴下を繕っているという話をしたら、その場にいた女性陣が「ありえない!繕った靴下履いていたら、恥ずかしいでしょ」と声を揃えて言いました。

確かに、恥ずかしい人もいるかもしれませんが、丁寧に繕った靴下やストッキングは一目では分からないですし、ちょっとの穴だったら、やっぱりもったいないし、繕ったり、伝線した部分にもよりますが、目立たない場所ならば、繕ったり、マニキュアで伝線を止めたりして履くのは、そんなに恥ずかしい行為なのかな?と思います。

ちなみに私の友人はストッキングは使い捨てという認識があるらしく、一度も洗ったことがないと言っていました。

また、ジップロックコンテナ(いわゆるタッパー)を洗って、何度も使っている話をしたら「ありえない!あれは使い捨て容器でしょ?」という人もいました。

まぁ、確かにジッパー式の袋も洗って私は何度も使うのですが、それを使い捨てにする人は、理解できる範囲かなぁと思います。(私の知る限り、使い捨て派の方が多数です。)

私は戦時中を生きた祖母と暮らしていましたので、祖母はラップも洗って再利用していましたが、さすがに私もそこまではしません。

水もそうです。私はお米を研いだ水は、草木の水やりに使うのですが、それを言ったら「そんなにお金がないの?」と言われました。

確かにお金持ちではありませんが、糠の成分もあるし、そのままシンクに流すのはなんだか憚られるのです。

お風呂のお湯を洗濯に使うのは、エコではないという説もありますが、私はやっぱり洗濯に使ってしまいます。

お醤油のペットボトルも使い終わったら、最後にお水を入れて、味付けに使いつつ洗ってもいます。

今日の写真は段ボールで作った、愛犬の洋服ダンスです。これもある意味リサイクル。

こうした私の行動を「貧乏くさい」と言う人もいます。

貧乏と言われても別に気にはしないのですが、まだ使えるものを使わないのは気になりますね。

ティッシュを乾かして使う方もいるそうですが、それは私には無理ですねw。

私は、清潔や衛生的に問題があるほどのリユースはしません。しかし、小学校の時に雑巾を縫うのでタオルを2枚持ってくるようにと言われた際に、私だけが使ったタオルを持ってきたら、先生が「他の子はみんな新品のタオルを持ってきているのに、どうして使ったタオルを持ってきた!」とみんなの前に立たされて怒られた時には、なんとも言えない気持ちでした。

皆さん、それぞれの環境に対する考え方やリユース、リサイクルの考え方があるでしょう。

でも、今やフリマアプリが認知されてきている様に、日本人のどこかには、ただ消費するだけで、その物を捨てるという事には、やはり抵抗感があるのではないでしょうか?

「もったいない」という言葉が、世界的にも認知された時期もありましたよね。

皆さんそれぞれに「もったいない」の定義があるでしょう。その「もったいない」のラインの手前が「倹約」、その先が「ケチ」なのかな、と私は思います。

近いうちにレジ袋も有料化されますよね。日本の資源には限りがあることも皆さん承知のことかと思います。

自分自身のサステナブル、社会のサステナブルを考えながら、苦痛を感じない程度に「倹約」するのも、楽しいものですよ。

KIYOでした。


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