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つよがり ②

松下洸平さん再メジャーデビュー曲「つよがり」からイメージを膨らませて書き始めた妄想小説ですが、3部作のはずがディテールを書き込むうちに更に長くなってしまいました…
一応、4部作の予定です。(まだまだ「つよがり」の要素はあまりないような気がします…)


12月に入って僕たちのプロジェクトは大詰めを迎えていた。
年明けにはクライアントへの報告と最終確認が予定され、プロジェクトのメンバーは残業の日々が続いていた。
仕事納めが近いクリスマス当日、僕がいつものように夕食をコンビニで買って戻ってくると彼女が1人で書類に向かっていた。

「あれっ?皆んなは?」
彼女の背中に話しかける。

「あっ、お疲れさま!
とりあえず年内に何とかなりそうだし、最近ずっと残業が続いてたから今日は帰ってもらったの。」
彼女は振り返って説明する。

「それに今日はクリスマスでしょ?
皆んな待ってる人がいるだろうし、大事な人と一緒に過ごしたいじゃない?
秋山くんも今日は帰っていいよ。」
そう言って書類に目を落とした。

「えっ?でも小川さんは?帰らないの?」
僕はコンビニの袋をデスクに置いた。

「うん、私はもう少しやってく。
この書類、今日中に確認しときたいし。
それに帰っても特に予定もないしね。
大丈夫だから、秋山くんも帰って。」
彼女は書類を見ながら答えた。

「えぇーっ、そんなぁ。それじゃ…僕も残るよ。
僕も帰っても予定ないし。
それに2人でやった方が早く終わるでしょ?」
僕は彼女の机に積み重なった書類を半分ほどガバッと取り上げて隣に座った。

「えっ⁈私一人でも大丈夫だよ!だから秋山くん…」と彼女は慌てている。

「いいから、いいから。
それより早く片付けちゃお?」
受け取った書類をパラパラと捲りながら、僕はチェックを始める。
彼女は「ありがとう」と小さな声で礼を言うと書類のチェックを再開した。

書類を捲る音とパソコンのキーをカタカタと打つ音だけが聞こえる社内。
切りが良いところで手を止めて時計を見ると20時過ぎだった。

「少し休憩しない?お腹も空いたし。」
僕はコンビニの袋からおにぎりとペットボトルのお茶を取り出して彼女に手渡した。

「ありがとう。本当だね、少し休憩しよう。」
彼女はペットボトルのお茶をひと口飲むと「はぁーっ」と大きく息を吐いた。

「秋山くん、本当にありがとう。
ごめんね、こんな日に手伝わせちゃって。」

「いや、特に予定も無かったし。
それに小川さん…もっと頼ってよ。
小川さんは1人で抱え込み過ぎだと思う。
僕…そんなに頼りにならないかな?」

彼女は食べていた手を止めて、少し驚いたように僕の顔を見た。

「えっ…そんな事ないよ。
秋山くんの事凄く頼りにしてる。
今もこうやって手伝ってもらってるし…
でも、私苦手なんだよね。
頼ったり、甘えたり…
もっと頑張らなくちゃって思うから、手伝って欲しいって言うタイミングが分からなくて。」
彼女は少し困ったような顔で微笑んだ。

「僕には遠慮しないで欲しいんだ。
頼ってもらえると嬉しいよ。
それに小川さんと一緒にいると…
勉強になるんだよね。」
僕は思わず溢れてしまった自分の気持ちを何とか軌道修正した。

「ありがとう。
それじゃ…食べ終わったらこっちの書類もよろしくね。」
彼女は自分の手元の書類の束を少し僕に渡した。

書類を受け取り、黙ってサンドイッチを食べながら僕は「しまった…」と思っていた。

2人の関係に恋愛感情を持ち込まないと決めていたはずなのに、さっきのあれはマズかった。
仕事以上の気持ちに気付かれてしまったかも…
今更取り消す事ができない言葉をサンドイッチと一緒に噛み締める。

「あのさ…前から思ってたんだけど…」
彼女の言葉にドキッとする。

「秋山くんの名前って面白いよね。
面白いっていうか不思議っていうか…
秋山夏樹って、秋なのか夏なのかよく分からないっていうか…
名前の由来って何だろうなぁと思って。」

突然思いもしなかった方向に話題が変わって驚きつつ、そして「えっ、その話今???」と更に別な驚きも込み上げてくる。

「あぁ…名前ね。よく言われるけど。」
話題が変わってホッとする気持ちもありつつ、
でも話が逸れて物足りない気持ちもありつつ僕は話を続ける。

「僕、夏生まれなんだ。それで夏樹。」

「えっ⁈それだけ?他にもっとあるでしょ?」

普通は夏生まれだと説明すると皆んな「ふーん、そうなんだ」と何となく納得するけど彼女は違った。でも、それが僕は嬉しかった。

「うん、夏生まれで…
それでね、家の近くに公園があったんだけど、そこの公園のベンチが母のお気に入りの場所だったんだ。買い物の帰りに座ってコーヒーを飲んだり、僕もその公園で子供の頃はよく遊んでたんだけど。」

「うんうん」
彼女は興味津々な顔で僕を見ている。

「僕が生まれる少し前に、病院の帰りに公園に寄ってそのベンチに座ったら…
すーっと涼しい風が吹いて凄く気持ちよかったんだって。ほら、お腹も大きいし日差しも強くってちょっと休憩というか。」

「それで何気なく空を見上げたら大きなケヤキの木があって、ベンチの上が日陰になってる事に気付いたらしいんだ。夏の青空に広がる大きな枝と緑の葉っぱ。その緑が綺麗で生命力を感じたらしくって。そして大きな枝と葉っぱを広げて夏の暑さから守ってくれる。なんかいいなぁと思ったんだって。」

「なるほど、そうなんだ。」
彼女は優しい顔で聞いている。

「それで、夏の暑い日に木陰を作ってあげる、そんなさりげない優しさを持った人になってくれたらいいなぁ…そう思って夏樹に決めたんだって」

「いい話だね。素敵だなぁ…いい名前だね。」
彼女はしみじみと呟いた。

子供の頃から名前をネタに揶揄われる事は結構あったけど、こんなに真剣に名前の由来を聞いてくれた人はそんなに多くなかった。
僕は彼女が僕の名前に興味を持ってくれた事が嬉しかった。

「小川さんは名前は『はる花』だったよね?
僕にも由来を聞かせてよ」
僕は彼女の名前の由来を知りたくなった。

「えーっ!私の名前?」
彼女は唇をとがらせて少し渋る。

「いいじゃない?僕も話したんだし、聞かせてよ。」少し子供っぽい彼女の反応が可愛くて自然と顔が綻ぶ。

「そう?それじゃ話すけど…。
私、子供の頃自分の名前があまり好きじゃなかったの。ほら、『小川はる花』って小学校1年生で習う漢字ばっかりでしょ?凄く簡単で。
もっと難しい漢字とか、カッコいい漢字を使った名前が良かったなぁと思って」

「えっ?!まぁ確かに、字を見ると何か幼いというか…可愛らしいよね」

「うん、それでね私も子供の頃お母さんに聞いたことあるの。『何ではる花なの?』って。」

「私は春生まれなんだけど…
最初は『さくら』って名前にしようと思ってたらしいの。冬の寒さに耐えて花を咲かせて、その花が咲くのを皆んなが楽しみに待つ。春らしい名前でいいなぁって思ってたけど、予定日が近づくにつれて街を歩いてると色んな花が目につくようになったらしくって。」

「花壇のチューリップの蕾、河川敷の菜の花、お花屋さんに並ぶ色んな花。春に咲く色んな花があって、皆んなが楽しみに待ってるのは桜の花だけじゃないなぁと思って、それで冬の寒さを乗り越えて色とりどりな花を咲かせる、春の花。
誰にでも読める『はる花』って名前にしたんだって」

「そうだったんだ。素敵な話だね。
小川さんにぴったりな名前だなぁ。
1人で我慢して頑張って、でも皆んなを明るい気持ちにしてくれる。
春の花…ぴったりだよ。」

彼女の話を聞き終わる頃には食後のコーヒーを飲み終わっていた。
空腹が満たされ、そしてお互いの名前の話に何だか心が満たされて力が湧いてきた気がした。

「よし!それじゃもう少し頑張ろうか?」

「うん、もうひと頑張りできそう」

僕たちが残業を終えて会社を出たのはクリスマスの夜も残り少なくなった頃だった。

「はぁ…今夜は少し冷えるね」
ぐるぐる巻きにしたマフラーに顔を埋める彼女の吐く息が白い。

冬の夜の空気は冷たく澄んでいて都会の空にも少しだけ星が見える。

「ちょっと遅くなっちゃったね…」
コートの袖を捲って腕時計を見ると23時を過ぎていた。

「秋山くん、今日はありがとう。
遅くまで付き合わせてごめんね。
でも、これで無事に歳を越せそう。」
彼女は残業の疲れを見せずに微笑む。

「ううん、特に予定無かったし…
役に立てて良かった。それに…小川さんの名前の由来を知ることもできたしね。」

僕の言葉に「あはは」と屈託なく笑う彼女。

彼女と2人だけで過ごしたこの時間、それが僕にとって何よりのクリスマスプレゼントだった。

「遅くなったから家まで送るよ」
僕の言葉に彼女が一瞬ピクッと反応したように見える。

「うち、ここからそんなに遠くないけど…それじゃ送ってもらおうかな?」

彼女のマンションまでの道を他愛ない話をしながら歩く。
10分ちょっとの道のりは僕にとってあっという間で気がつけば彼女のマンションの前に立っていた。

「うちのマンションここ。送ってくれてありがとう。本当は上がってコーヒーでも飲んでいって欲しいんだけど…」
彼女が躊躇いがちに言う。

「いやいや、そんな…。もう遅いし大丈夫。
それじゃ、また明日。」

「うん、それじゃまた明日。今日はありがとう。」

何となく別れ難い気持ちでマンションのエントランスに消える彼女の姿を見送る。
残業で疲れているはずなのに、自宅まで帰る僕の足取りは心なしか軽かった。

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