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MEA+TCMM+TCMAM術後の子宮組織の感染防止について


子宮は本来、感染には強い臓器です。

 例えば、年配の女性で子宮腔内に膿を多量に貯留したために子宮体部が径10cm以上にまで腫大する子宮溜膿症になっている方がおられます。何かのきっかけで骨盤部のCTなどが行われた結果、子宮溜膿症が発見されると婦人科に紹介されます。ところが、子宮内に悪臭を伴う膿が貯留して細菌がうじゃうじゃいる状態でも、発熱などの症状が一切ない場合が多いのです。可及的早期に外科的治療が必要というわけではありません。待機的に子宮腔内から経頸管的に排膿し、子宮内を洗浄すれば軽快します。


子宮内感染はMEA単独で治療した場合も発生する場合があります。

MEA後の感染は、壊死した子宮内膜組織と子宮筋層の壊死組織あるいは壊死した粘膜下筋腫組織に細菌が繁殖して発生します。この場合、壊死組織はMEA終了時のキュレットによる子宮内清掃術で大部分が除かれていますから、術後の子宮筋炎で大騒ぎすることはありません。多くは、外来レベルでの子宮内洗浄と抗菌薬内服で解決します。


大きな壊死組織への感染を予防するのが重要です。


いっぽう、TCMMやTCMAMを行うと大きな壊死組織が術後しばらく残ります。術後3月も経過すると壊死組織は縮小しますが、子宮頸管を通じて壊死組織が体外と連絡しているために、膣内の細菌が頸管を通じて子宮内壊死組織に到達して感染が発生する可能性があります。特に問題となるのは術後2週間以内に発生してくる子宮壊死組織の感染です。なぜ、術後早期の感染が問題になるのか、それは、術後早期には壊死組織と生存している組織との境界が細菌感染に無防備だからです。同様の状態である皮膚の広範囲の熱傷を想起してださい。この場合、感染をいかに防ぐかが治療の要点になります。皮膚という鎧がなくなると、皮下の組織は細菌がうようよいる環境に直接さらされるからです。くわえて、熱で壊死した組織が表面にくっついた状態は、表面に細菌が増殖するのに最適な環境です。


  子宮腔内は本来無菌です。さらに子宮内膜が表面に存在します。それでも子宮内膜炎という細菌感染が発生することがありますが、子宮内膜炎がすぐに重症化することはあまりありません。しかし、皮膚から深部におよぶ熱傷と同様に、TCMMやTCMAMの後に発生した大きな壊死組織内は、細菌の繁殖には最適な場所となります。血流が途絶していますから、抗菌薬を静脈内に投与しても壊死した感染組織には期待するほど薬剤が届きません。とくに、壊死組織と子宮筋層の境界部分の修復が十分ではない術後2週間以内に発生した壊死組織の感染では、高熱や下腹痛を伴い子宮内からの膿性排出が増加します。血液中に細菌や細菌が産生する毒素が流入しやすいために、関節痛などの症状も出現します。

このような術後感染をなんとか回避できないのでしょうか。


術前の手洗い・消毒


手術前の術者の手洗いと洗浄消毒は通常の外科手術と同様に行います。

  手指消毒薬を使用しこのような手指の消毒はどの程度有効なのでしょう?新型コロナウィルス感染症の蔓延を防止するために、エタノールが消毒剤として注目されました。肉眼的な汚れを流水で除いた後、ペーパータオルで水分をふき取り、水分を乾燥させたあと、エタノールで消毒するという手指消毒が手術の手洗いでも定番で行われます。さらに、滅菌ゴム手袋を装着します。昔は手指消毒の前にブラシを使ってごしごしと汚れを落としてから手指を消毒する方法がとられていました。ブラシでごしごし長い時間をかけて洗うと皮膚の表面が荒れてきます。細かい傷に細菌が潜むという状態になると、感染予防には逆効果です。さらに、手術前手洗いには無菌水が使用されていましたが、現在では水道水で十分ということになっています。
 
 術後の感染がおきると、手洗いや消毒が不十分なせいだ考えるひとが出てきます。手術前の手洗いでは皮膚や指先、特に爪のあたりの汚れに注意して肘まで流水で洗うことは必要ですが、手指消毒には消毒液を擦り込む方法を採用する施設が増加しています。

 そもそも、手術前にいくら皮膚を傷めつけるほど頑張っても、皮膚には産毛の毛根や汗腺などがありますから、3時間もすればそこから細菌がはい出てくくるので滅菌手袋の中も無菌とはなりません。さらに、ゴム手袋が一枚では3時間もすればピンホールが10%程度はできるので一定時間たてば手袋を交換する必要があります。手袋を交換する際にも手指消毒をさっと行います。さらに手袋を2重に装着することまで行われています(これには術野から術者への感染を避けるという意味もあります)。


術中操作に伴う術野汚染を防止することが大切です。

   MEA+TCMMは、経頸管的手術ですから、膣壁からの汚染を避けるような操作が必要です。膣式手術の修練を受けた婦人科医が術野の汚染を可及的に避けるような操作を行うのは当然です。ポピドンヨード液などで手術開始前には膣壁の消毒を行います。以上のような一般的な術前・術中・術後感染予防を行うのは当然です。


さらに、壊死組織が残存することを考えると、子宮腔内の術後は細菌汚染を最小化し、できれば無菌状態にする必要があります。この辺をもう少し考えてみましょう。

手術創の清浄度分類 では

1.Class Ⅰ Clean(清潔) 一次閉鎖され,開放ドレーンがなく,無菌操作の破綻がない。

2.Class Ⅱ Clean-Contaminated(準清潔) 管理された状況での消化器,呼吸器,胆道,泌尿生殖器などの手術。通常の虫垂 切除や口腔咽頭の切開なども該当。

3.Class Ⅲ Contaminated (不潔) 消化器内容物の多量流出,無菌性の大きな破綻があった手術。開放性の新鮮な外傷,非化膿性の急性炎症部位の切開。

4.Class Ⅳ Dirty-Infected(汚染・感染) 消化器穿孔,糞便汚染創,壊死組織のある陳旧性外傷。膿汁を伴った急性細菌性炎症の手術


  子宮の手術は、Class Ⅱの準清潔手術に分類されます。準清潔手術は、もともと少しは細菌がいる臓器の手術とまとめられます。MEA+TCMM+TCMAMでは、膣内を消毒してから操作しているとはいえ、無菌操作の破綻なく手術が完了できるかという点は少し疑問が残ります。消毒後しばらく時間がたてば、膣壁からは消毒剤の効果が十分及ばなかった箇所(例えば粘膜から)細菌が移動してくるでしょう。また、経頸管的操作を繰り返すと、その操作時に器具が膣壁に少しでも触れると、子宮内に細菌が持ち込まれる可能性があります。
 このような細菌が、TCMMやTCMAMで壊死した大きな組織内で繁殖して症状を出すまでには少し時間がかかります。術後1~2週間以内に、発熱や下腹痛、悪臭を伴う膿性帯下の増加などがあれば術後感染が疑われます。術後感染は術後1月程度までは起こりえます。発症までの日数は術後に術野に残された細菌数に依存するのではないかと推測されます。TCMMとTCMAMは外科的侵襲が最小限ですむ穿刺・マイクロ波照射の経路ですが、感染回避という観点から考えると、外子宮口から器具を挿入するまでの経路が膣で狭いため、無菌操作を破綻なく行うためには細心の注意が必要になります。


術後の逆行性感染もあります。

 さらに、術後には膣内から子宮頸管を細菌が自力で逆行してくることによって発生する子宮内感染もあると考えられます。通常は健康な女性の膣内は常在細菌叢によって弱酸性に維持されており、雑菌は繁殖していません。また、子宮頸管は通常は粘液によってブロックされており膣内の細菌が子宮内に至ることはありません。しかし、肛門と膣は近い距離にあり、膣内の細菌培養を行うと、腸内細菌が少量検出されることはまれではありません。   

 経頸管的手術操作をおこなうと一時的に子宮頸管の細菌防御機能が低下します。この機能が回復するまでは逆行性感染が発生しやすくなります。加えてMEAで頸管粘膜を部分的にでも壊死させてしまうと逆行性感染の危険因子が加わることになります(MEAでは頸管粘膜を壊死させてはいけないのですが)。MEAでは内膜だけにマイクロ波を照射して壊死させたいのですが、頸管粘膜と内膜の境を術中の超音波画像できちんと描出することは困難です。そこで、内子宮口付近が術後に瘢痕狭窄になり子宮留血症が発生しないように、子宮内膜と頸管粘膜の接続部分はマイクロ波照射を行わない心づもりで処理するのが肝心です。

生理食塩水で十分洗浄するだけでは不十分

 このようにいろいろと感染予防には配慮しているのですが、手術終了時に、可及的に子宮内の壊死組織を除去し、生理食塩水で十分洗浄するだけでは不十分なことは、術後1~2週間以内に発生する感染がみられたことから明らかです。これは、特にTCMMやTCMAMを併用する場合には、頭の痛い問題でした。大きい筋腫全体が壊死したのはいいが、そこに感染が発生すると、壊死組織を外科的に除去しないと簡単には治りません。MEA+TCMMをおこなったのち首尾よく大きい筋腫は壊死したが、術後の感染のために他院で子宮全摘術を施行していただいた患者さんが数名おられます。


 術後の感染という問題に対して、手術開始時に抗菌薬の点滴投与を1回行ってきましたが、これだけでは完全ではありません。しかし、予防投与と称して術後に抗菌薬の投与をだらだら続けるのは、耐性菌発生を回避する観点からは最低の方法です。術中に1回の抗菌薬を投与しただけなのに、術後の膣分泌物の細菌培養でMRSAが分離されたこともあります。多剤耐性菌が子宮内で増殖してきたのでは洒落になりません。

  なにかいい対策はないかと考えていた時に、marmar_001先生が、手術終了時の子宮内洗浄に弱酸性次亜塩素酸水を採用されました。MEAに関係して、術前・術中・術後の膣洗浄、手術終了時の子宮腔内洗浄時に弱酸性次亜塩素酸水を使用しても何の問題もないということを教えて頂きました。歯科領域では一部の施設ですが、口腔内消毒に弱酸性次亜塩素酸水を使用していることも教えて頂きました。早速、筆者の勤務していた施設の倫理委員会に、MEA後の子宮腔内を手術終了時に弱酸性次亜塩素酸水で洗浄消毒することを審議して頂き、許可を得ましたので、弱酸性次亜塩素酸水による子宮腔内洗浄を採用することになりました。この、弱酸性次亜塩素酸水を用いた手術終了時の子宮腔内洗浄は非常に効果があったことを論文にまとめて報告しています(Tsuda A, Kanaoka Y. Hypochlorous acid water prevents postoperative intrauterine infection after microwave endometrial ablation. J Obstet Gynaecol Res. 2020;46(11):2417-2422.)。

 

  弱酸性次亜塩素酸水で手術終了時に子宮腔内を洗浄・消毒することにより、術後の子宮内感染は有意に減少し、子宮摘出術に至るような重い感染はなくなったというのが論文の要点です。特に術後2週間以内に発症する感染が激減しました。 

  この結果から、弱酸性次亜塩素酸水で子宮腔内を洗浄・消毒して細菌学的な清浄度を改善する手術終了時の処置は不可欠と考えています。

 

好中球が貪食した細菌は、細胞内で作られる次亜塩素酸で殺菌されます。

 

 弱酸性次亜塩素酸水は生体内で殺細菌に利用される場合と同程度の濃度で洗浄・消毒薬として使えることが特長です。海外に目を向けると、例えば、Class Ⅳの汚染された腹腔内を持続的に洗浄するため、あるいは豊胸術でbagを挿入するために作る皮下組織のポケット内を洗浄・消毒する目的で、弱酸性次亜塩素酸水が米国では医療用に販売され使用されています。口腔内はもちろん、腹腔内でも使用できるのですから、表面が熱で壊死した子宮腔内で使用しても問題はなく、術後の子宮内感染の防止に関して期待通りの好結果が得られました。次亜塩素酸の濃度は私たちの体内で白血球が細菌を貪食したとき、細胞内で細菌を殺す目的で作り出している次亜塩素酸の濃度と同程度です。
 
 読者の多くがイソジン(これは商品名です)としてよくご存じのポピドンヨード消毒液は腹腔内に留置したりはできません。血中のヨード濃度が上昇するからです。このような使用は説明文書にも禁忌とされています。また、重症の熱傷患者には慎重に使用することとなっています。したがって、子宮腔内の熱傷・壊死組織の消毒に用いる選択はありませんでした。

 最後に、一言
 次亜塩素酸ナトリウムという薬品の水溶液が物品の消毒に広く使用されています。この薬品は、弱酸性次亜塩素酸水とは全く異なり、アルカリ性で刺激性がありますので、手術の消毒には使用できません。よく似た名前ですが決して弱酸性次亜塩素酸水と混同してはいけません。

 

  MEAにTCMMあるいはTCMAMを併用して器質性過多月経を治療する方法についての大まかな解説はこの記事で一区切りとします。次回からは、器質性過多月経のマイクロ波治療レシピ集の公開を開始します。


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