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赤い宝石 | 小説

 赤、青、白、黄色のチカチカと点滅するネオン。見たことのない漢字がずらりと並ぶ屋台の看板と、あらゆるところから響いてくる聞き取れない言葉たち。怒鳴り声や笑い声、嗅いだことのない甘いような苦いような匂い。中国・彭浦新村の夜市の入口で、あの日のあなたはお父さんの手をぎゅっと握る。

 夜九時を過ぎた夜市は、所狭しと立ち並ぶ屋台の電球が煌々とあたりを照らしている。こんな時間に外を出歩くのは、小学生のあなたには生まれて初めての経験だった。どこからか立ち上っている香ばしい匂いの煙や屋台の上から吊るされた大きな裸電球で、真っ暗なはずの空は灰色に見える。手を引かれて足を踏み出すが、目の前は人であふれておりなかなか前に進めない。あなたはかかとを浮かせながらも、視界いっぱいに広がる人々の腰やお腹に押されて、むっとする熱気の中でお父さんの腕にしがみついた。

 「お祭りみたいだね」

 背の高いお父さんに、あなたはほとんど叫ぶようにして話しかける。人と人の隙間から屋台の屋根の赤や電球の白がちらちらとしている。お父さんは身をかがめ、あなたに目線を合わせて「そうだね、はぐれちゃだめだよ」と答えて確認するように一度、繋いだ手に力を入れてみせた。神妙な顔で頷いたあなたは真似をして手に力を込める。

 あなたは真面目な顔で前に向き直り、舗装されていない道を一歩ずつ注意して前に進んだ。足元にはときどき空き缶や空き瓶が転がっていて、足をとられないように確認しながら歩かなければいけなかった。

「なにか食べようか?」

 後ろからのお母さんの声に、あなたはびっくりしてお父さんの顔を見る。
 こんな遅くに屋台の食べ物を食べていいのだろうか。夏祭りだってなにも買ってくれないのに。お父さんは笑ってあなたをぐいと引き寄せ、軽々と持ち上げた。

 あなたの視界がさっと開ける。

 先の、ずっと先まで続く人の列。道の両側にずらりと続く屋台の目を刺す光。ところどころで昇る白い煙。おじさんが焼いている長い長い串に刺さった肉、大きな鍋で沸き立つよくわからない汁物。鉄板で音を立てるお好み焼きのようなもの。そして。

「いちご飴……!」

 思わずあなたの口から声がこぼれる。

 とある屋台にずらりと立ち並ぶ、真っ赤な串たち。今まで三つまでしか刺さっているのを見たことがなかったが、五十センチほどの長さのその串には当たり前のように十粒ほどの大粒のいちごが輝いていた。

「すごい。美味しそう……」

 地面におろされたあなたは、お父さんに期待を込めた眼差しを向ける。素直に買ってほしいとは言えないあなたを見てお父さんはまた笑い、店子にお金を渡して一本受け取った。

「はい、気をつけて食べるんだよ」

 いちご飴はずしりと重い。並んでいたときよりもずっと大きく長く見えて、あなたは息を飲んだ。じっといちご飴を見る。真っ赤ないちごの表面はつやつやと光った。

 両親の寝室の、クローゼットの右側三段目。あのころのあなたはお母さんの目を盗んで、何度も大きなガーネットのペンダントを手に取っては、どこか美味しそうにも見える赤を眺めていた。

 道を進むつま先が小さなくぼみにとられる。すぐそこの路地から小競り合いの声が飛ぶ。風に乗った煙があなたの頬をかすめる。向かいから来た人があなたに軽くぶつかり、酔っ払いの笑い声が耳を刺す。あなたはそのどれにも気づかないまま、歩みを進める。

 生温かな風が吹く道の真ん中であなたは、あなただけの赤い宝石にそっと歯を立てた。

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