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231127 移り、変わり
たいしたことはしていないのにとても疲れる日があったり、いくつもメールを書いてなんか仕事をしたような気になって疲れてしまったり、どこかでいいものに触れて気持ちが高揚すれば後でどっと疲れてしまったり。どう過ごしても何をしても、ただ疲れるばかり。ぜぃぜぃと、まさに青息吐息で生きていて、こんな自分は身体のどこかが壊れているのではないかと思うほどなのだが、じゃ、健診か人間ドックか行くのかといったら、そんな建設的な行動を起こすような元気もない。行くと何か見つかるんじゃないかとうっすら不安でもある。
1号(娘)が毎日のように電話をしてくるのだが、かかってくれば(あーもう、うるさい!)と思ってしまっておざなりな返事しかせず、かかってこない日は(だいじょうぶなんだろうか、食べただろうか、ちゃんと寝ただろうか)と心配になり、LINEにウケそうなスタンプを送ってみる。なぜわたしは我が子相手にご機嫌うかがいなどしているのだろう。わたしはわたしのことだけで十分疲れているのに。
昼間のZoom会議は途中で飽きてきてしまい、その時点でもう1時間は経過していたから、そろそろ離れてもいいだろうと勝手に見切りをつけ、それでもいちおうはチャットに「すみません」と書き残して退席した。
そしてベランダに出たら大家さんちの庭の柿の葉はもうすっかり落ちていた。楓は真っ赤だったのがどす黒く変色してきていて葉っぱの先端が丸く縮こまってきており、空を見上げれば雲が形を変えながらちぎれてくっついて流れて広がり、庭の木に隠れて鳥が啼く。しばらくぼーっと眺めていたら、知らぬ間に太陽は西の方へ移動していて空がピンク色に変わった。
この世は一瞬も止まらないのだ。たとえばわたしが今日一日で340歩しか歩かずにいたって、結局、おなかが空けば食べるし、毎時、細胞は入れ替わる。変わり続ける世界のなかでしか人は生きていけない。自然に任せておけばどんどん変わっていくのだから、なんにもしなかった、アレができなかった、ドコソコへ行けなかったと動けない自分を悔やんで嫌いになるのはまったく意味のないことだ。生きている自分をたまにほっとけ。
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