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2018/09/13 ひとつの章の終わり

6:33

「新しい朝が来た 希望の朝だ」

遠くに聞こえるラジオ体操の音楽で目が覚めた。人の気配がある朝。薄暗い部屋、薄暗い天井。四つの電球がついたゴールドの照明器具はあの頃のまま。今は義父母の寝室となった、あの頃の奏くんの部屋。目を閉じたままで、リビングにいるであろう義父母の気配を感じている。昨夜のことを思い出していた。

昨日、青が到着した。遠くベルリンから。奏くんが入院している一ヶ月も、青はテキストベースでいつも側にいてくれた。訃報を聞くやいなや直近の仕事の段取りをすべて付け、二週間の日本滞在予定を組み、航空チケットを取った。「零が会いたい、会える、と思ったときで良いから。もっと早くに来れなくてごめんね」と言って。

夜には青を助手席に、アクアラインで横浜方面に向かった。都内での大事な仕事に備えて横浜にある奏くんの実家に泊まる予定になっていた。バックシートではスナフィーが眠っている。暗い空に暗い海。向こうまで伸びる光の橋。隣でただ聞いていてくれる青。自分の内にある感覚が言葉になって現れていく。

「なにかが完結コンプリートした。ひとつのチャプター、章が、終わりを迎えたんだ。とてつもなく大きな最後のピース、奏くんの死、によって」

それを聞いた自分自身に衝撃が走った。ハンドルを持つ二本の腕が、自分の腕じゃないみたいだった。「私もそう感じている」隣で青が言った。

9:11

「奏が一番残念に思っているのは零を送り迎えできなくなったことだ。だから代わりに、自分が零の送り迎えをする」。冗談交じりの優しさに、最寄り駅まで送ってもらう。義父の運転。あの緊急手術の日以来だったな。駅に隣接したカフェを横目に足早に改札に入る。奏くんという文脈しかないこの場所。見ない。聞かない。考えない。バッグに手を入れ奏くんのiPhoneに思わず手が伸びる。いや、やめよう。切り替えないと。今日は仕事なんだ。「木蓮の涙」と「会いたい」とが脳内ループする。やめて。苦しくなる。今はまだ、音楽は聴けない。ホームに入る電車が風を起こして音は止まった。各駅停車の車内は空いている。こんな悲しみを湛えているだなんて、周囲の人にはきっとわからない。だからきっと他にもいるのだ。どうしようもない悲しみや苦しさを堪えて、だけども普通を装っている人々が。

17:56

仕事が無事終わり安堵。ジョシュが好意で(ボランティアで)緊急時の対応要員および精神安定剤として、サブのファシリテーターを買って出てくれ、ワークショップ中はずっと横にいてくれた。元看護師の同僚である泉川いずみかわさんもずっと付いていてくれた。彼らにどれほど救われたことか。終わり間際に泉川さんが声をかけてくれる。「ちゃんと話せる機会をいつまでも待っているから」。優しいひとたちと共にいる。その幸せに、心から感謝している。

しかし生理痛がひどい。この状況でも予定通りに来る生理って…。

23:10

「結婚式の動画が偶然見つかったの。次に来た時に見ましょう」とは、確かに聞いていた。でもまだ心の準備が…、いや、むしろ観るとか無理です、と、心のなかでは言っていた。思えば今日が「次に来た時」だった。義父母宅での豪華な夕食が終わるか終わらないか、ストップをかける間も無く、動画上映は始まった。

白いタキシード姿の奏くんが笑う。ダイエットを頑張って10kg以上痩せたよね。親族へのスピーチに緊張の面持ち。白いドレス姿の私が寄り添う。幸せな二人の姿。頬をはらはらと涙が流れる。のも束の間。動画上映は義母の笑顔に促されて次の演目へ。画面には、いつもの面白い奏くんの姿。義父母が声をあげて笑う。その笑い声にこちらも嬉しくなる。義母が満面の笑顔で言った。「泣いてばかりでなく、こういう笑っちゃうのを見なさい」

なんて、強いというか、…。すごい。私なんて、めそめそしちゃって、今もこうして元奏くんの部屋で若い彼が天井や壁の隅々にまで貼り付けた光る星たちを一緒に見上げていた頃を思い出してまたさめざめと泣いているというのに。

疲れた。今日は疲れた。寝よう。

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