日本女性史から〜岸田俊子〜
こんにちは!
事務局員のみさきです。
先月の女性史月間にちなんで、今回のブログでは日本の女性史から岸田俊子さんについてご紹介したいと思います。
岸田俊子さんは1863年に生まれた、明治時代を代表する女性拡張運動家です。1882年からの2年間、男尊女卑を打破するために「女権拡大」「女権宣言」をスローガンとして掲げ、全国を遊説して回りました。その数は約40回にのぼるといいます。
はじめは、「政談演説」として演説活動を行っていましたが、4ヶ所目の九州からは自らの演説を「学術演説」に切り替えています。
菅野則子氏は、その理由として意識の根底に男尊女卑の思想が根付いている自由党員の同志の男性中で「女権拡大」を訴えるのではなく、現状を変えるためには女子教育の必要を主張することが先決だと考えたのではないかと指摘しています。
結婚を機に全国を回る演説活動は幕をおろしますが、その後も「女学雑誌」に女性の地位向上を目指す評論や作品を発表するなど積極的に活動を続けました。
岸田さんは江戸時代に広く普及していた女子教育の教訓書「女大学」に異を唱え、親・夫・子の「三従の道」を捉え直すべきだと唱えました。
“親・夫・子という「人」に従うのではない、人にはそれぞれの分にふさわしい「道」があるのであり、その「道」に従うべきなのである”
日本のジェンダーギャプ指数は世界の中で111位と未だに低い順位にありますが、個人的には働き方の改革や多様化の流れの中で、女性のキャリア教育もますます発展していくのではないかなと考えています。
<主な参考文献>
菅野則子「岸田俊子と『女大学』」
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