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自作小説集

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長いものからショート作品まで、いろいろ書いてみます。怖い話って書いてても怖いよね。
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#恋愛小説

【短編】アルストロメリア・Reverse

結婚することになったと、嘘をついた。 あなたをこれ以上、好きになってはいけないような気がしていたから。 「友達に、なりませんか?」 そう言ったあなたは、耳まで赤く染まっていた。私の耳で揺れるアルストロメリアを、ちらちらと見ていたのを覚えている。 スーツ姿、後ろでひとつに束ねた髪。透けるほど白い肌。哀しそうで綺麗な目。シャツの袖口からたまに見える自傷痕。 「いいですよ、友達になりましょ。」 そう言った私の声は、震えてはいなかっただろうか。 私のアルバイトが終わるのを、あなた

【短編】それは鮮やかなまま

若葉色のスカートが、風にそよいでいる。陽子さんは、鼻歌を歌いながら僕の数歩先を歩いていく。 数年前に来た盛岡とは、少しだけ変わった。陽子さんが好きだと言っていた、あの柳は伐採されていた。 「寂しいが、仕方ないね。」 少し俯いた後、陽子さんは「私たちが暮らした場所へ行こう」と言って歩き出した。秋風が肌に冷たい。陽子さんが歌っていたのは、僕が好きだったバンドの曲。鮮やかな赤をまとった唇が、寂しげなハミングを続けている。 「どうして、最近はこのバンドを聴かないの?」 陽子さんは突

【短編】アルストロメリア

花の首を折って、ごみ箱に捨てた。さっきまで命だった桃色のアルストロメリアは、一瞬で塵芥の仲間入りを果たした。 自傷のあとの手首を拭ったティッシュと、幾枚かの写真。 同じスーパーのレシートと、出しそびれた懸賞の葉書。 アルストロメリアの首と、君からの手紙。 ごみ箱は世界そのものだ。ごちゃごちゃとして、居心地の悪いこの世界は、私にとってごみ箱でしかなかった。そこに君からの手紙を混ぜてしまったことを、君の人生に私が関わったことを、少しだけ申し訳なく思う。でも、それもきっと伝えられな

【ショートストーリー】柴犬と珈琲

僕が初めて栞さんに会ったのは、通り雨から逃れるために入った喫茶店だった。 栞さんは座り込んで、柴犬の顔をむにむにと揉んでいた。僕のほうを振り返った栞さんは、化粧っ気のない一重まぶたをこすりながら 「君もゴンをむにむにするか?」 と訊いた。ショートカットの髪は黒く、毛先が青色に染められている。空色のブラウスにブラックデニム。爽やかそうな人だな、と思った。 「このお店の犬ですか?」 僕は栞さんの隣に立ち、ゴンと呼ばれた犬を見下ろす。くりくりとした目に、やや間の抜けた顔。「愛らしい