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自作小説集

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長いものからショート作品まで、いろいろ書いてみます。怖い話って書いてても怖いよね。
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記事一覧

収束【うたすと2】

カーラジオから「彼ピ・ピ・ピ」とお洒落な歌が聴こえている。 あれから、あまりに色んな出来事が起きた。 『風雷の歌』から復活したダグラス・F・フォックスは、かつてインプレゾンビのために編成された特殊部隊によって捕縛され、消滅した。 彼は、有毒ガス鎮圧のために水没した町から地球を再構築するつもりだった。彼の力で生み出した『惑星開発キット』を使って。 水没した町に『いた』一人の女性と共に、ダグラスは創造神になることを試みた。アダムとイブのように。 だが、その試みは『スズランの

【ショートショート】転生林檎

林檎農家の友人から届いた『転生林檎』を、僕は見つめていた。 同封された手紙には「コレ食って元気出せ」とある。 精神を病んで、かなりの年月が経過している。気晴らしに、と林檎を贈ってくれた彼に感謝して、それを手に取った。 スマホがけたたましい音を鳴らした。画面には『警告』の文字。 僕が今持っているもの? そんなもの、僕の心を蝕んだものたちじゃないか! 再びスマホが鳴った。画像が表示されていた。 林檎をくれた友人と、僕。 勝手に画像がスクロールされていく。 アーティストにな

VBR【うたすと2】

図書ブースに並んだ、数多の本。 どれを今日の相棒にしようか。先ほどから悩んでいた。 視界の片隅にあった一冊の本『風雷の歌』。ぱらぱらとページをめくってみる。今日は、ここに行ってみることにした。 VBR装置に『風雷の歌』をセットする。 VBR(Virtual Books Reality)。本の内容を装置に読み込ませることで、その世界をリアルに体験できる、最新鋭の『読書』だ。音声で読み上げるだけではなく、VBRの中に、その本の世界が構築されるのだ。 作動音がする。0と1の羅列

スズランに帰る夢【うたすと2】

雨粒がきらめいている。月はその姿を隠し、泣いているような星々が、夜道に反射している。 私は、群集とは反対方向に向かって歩いていた。途中で声をかけてくる人や、肩を掴んでくる人もいたが、私の目を見て、あきらめたように去っていった。 悲鳴交じりの声が聞こえてくる。怒号、泣き声。地獄とはこんなに美しいものだったのだろうか。 人々が去っていくと、静かな雨音だけが私の耳に触れるようになった。 廃遊園地のメリーゴーランドに、『危険』の看板。『ふるさとを返せ』という落書き。 私は帰るわ、あ

SaturdayNightSpecial【うたすと2】

「今日も出やがったな、ゾンビども!」 俺は銃を構えた。相棒のサタデーナイトスペシャル。ソリッドフレームのリボルバーは再装填に馬鹿みたいな時間がかかるが、こいつら相手なら問題はない。威力は充分さ。 SNS全盛の時代が終わって、SNSに溢れていた『インプレゾンビ』は、化け物になった。ありもしないインプレッションを求めて夜を彷徨う、真のゾンビに。 俺たちは今日、インプレゾンビの親玉『A5のメンズ』の討伐を命じられた。誰がそんなことを命じたのかって?さあ、俺は興味ないね。 「私は

【短編】Question

10月12日、ある農村で遺体が見つかった。 32歳の男性。死因は首を絞められたことによる窒息死。 現場の状況などから、警察は他殺と判断した。 男は、自身が居住する部屋で死んでいた。 ノートPCは起動したまま。何らかの文書を編集していたらしい。 警察は男が『note』というサイトにアカウントを持っていたことを確認した。 男のアカウント名は『ナル』。アルパカのアイコンだ。 つい最近まで更新していたようだ。 短編小説、エッセイ、詩。まったく読まれていないわけではないが、そこまで人

Good-bye,my candy.

マルチーズを連れた女は、概してろくでもない。 なんだってそんなことを言っているのかって? 今の俺を見てくれたらわかる。マルチーズ連れの女に殺されたからさ。胸を一突きにされてな。 心臓が止まっているようだ。その割に頭は澄み切っていて、死とはこういうものかって、なぜだか納得したよ。 女はさも退屈そうに俺を眺めている。マルチーズは俺の右手をぺろぺろと舐めて、わんと鳴いた。 「ねえ、聞こえてるんでしょ?」 いつの間にか咥えていた煙草に火をつけて、女は言った。ショートパンツから伸

To You【うたすと2】

「新作の作画を別の人間に任せたい」と河田くんが言ったのは、秋とは呼べないくらい暑い日のことだった。 空には綿あめのような積乱雲が浮かび、蝉が弱々しく鳴いていた。明日にはきっと死ぬんだろうな。私はそんなことを考えていた。 「…『Simply』名義での活動は、辞めるの?」 「違う。明里とはまた描きたいと思ってる。これは…挑戦なんだ」 「…そっか」 ぬるくなったコーヒーを飲み干して、私は外に出た。 『Simply』というコンビで漫画を描いて、10年になる。二度の打ち切りを乗り越え

激辛の鏡【毎週ショートショートnote】

上村さんが唐辛子を学校に持ってきているのに気付いたのは、体育の授業のあとだった。 「上村さん、それ何?」 「鏡。見てみる?」 そう言って彼女が見せてくれたのは、どこからどう見ても真っ赤な唐辛子だった。 「僕には唐辛子にしか見えないけど」 「ブート・ジョロキアは毎日食べ続けると、鏡になるの」 それはかなり重症なのでは…。その言葉は出さずに、相槌を打つ。 「キャロライナ・リーパーは櫛に、ドラゴンズ・ブレスは歯ブラシになるわ。ペッパーXはペンになるの」 やばい子が隣にいた。知らなか

【短編】彼は、やってきた。

瑶季はそれを見て、とっさに身を隠した。 ここ数日雨も降っていないのにあった、大きな水たまり。そこから、人が出てきたのだ。 宇宙人、幽霊、それとも、地底人? 瑶季の奥歯は、カチカチと音を立てている。 水たまりから出てきたのは大柄な男だった。辺りを見回している。 何かを探しているのかな、それとも、見られたくなくて警戒しているのかな。 見つからないうちに、ここから逃げよう。そう思い、後ずさりした。 そのとき、足元のガラス片を踏んだ。ぺきっと音がした。 男は、こちらを振り返った。

紙鳴【秋ピリカグランプリ2024応募作品】

暗い書斎を、月明かりが照らしている。 男は、原稿用紙を手に立ち尽くしていた。その目は閉じられ、呼吸の音だけが宵闇に木霊している。 「…ここか!」 男は目を見開き、原稿用紙を力いっぱい叩いた。 しゃらしゃらしゃら…… 風鈴のような音がした。男はにんまりと笑い、座り込んだ。すぐさまペンを走らせる。 「これで、今回も傑作だ…」 男は、売れない小説家『だった』。 ある夜。自分のふがいなさに腹が立って、力任せに原稿用紙を殴りつけた。すると、しゃらしゃらと音がした。その後書いた小説

これから、ここに【うたすと2】

一限は出席しないつもりで、僕は図書館に来た。 近隣の大学で最も蔵書の量が多いとされるここには、ひとつだけ不思議な噂がある。 『真っ白な本を開いたとき、最大の選択を迫られる』 今日僕は、その本を探しに来た。 民俗学の棚を一通り見たあたりで、甘い匂いのする冷たい風が頬に触れるのを感じた。 その風を辿っていくと、どうやら社会心理学の棚から吹いてきたようだ。正面に立ったとき、気配のようなものを感じた。本棚の一番下、その本はあった。 真っ白い表紙、まるで新品のようなその本。これが、噂

せめて思い出の、青【うたすと2】

その遊園地が閉園して、半年が過ぎた。 自分でもどうしてこんなことを思いついたのか、わからない。私は大きな黒いリュックを背負って、遊園地に忍び込んだ。 星の光できらめく夜道に、ふたりでいた頃の思い出を重ねた。 誰もいない夜。私は世界に取り残されているみたいだ。ふたりでいたあの日々だけが、私が生きていた時間だとわかっている。 柵を乗り越え、メリーゴーランドに辿り着いた。星明かりに照らされた白馬に腰掛ける。小糠雨が風に運ばれ、私を冷やしていく。隣で手を繋いでくれた君は、今はもう

【短編】アルストロメリア・Reverse

結婚することになったと、嘘をついた。 あなたをこれ以上、好きになってはいけないような気がしていたから。 「友達に、なりませんか?」 そう言ったあなたは、耳まで赤く染まっていた。私の耳で揺れるアルストロメリアを、ちらちらと見ていたのを覚えている。 スーツ姿、後ろでひとつに束ねた髪。透けるほど白い肌。哀しそうで綺麗な目。シャツの袖口からたまに見える自傷痕。 「いいですよ、友達になりましょ。」 そう言った私の声は、震えてはいなかっただろうか。 私のアルバイトが終わるのを、あなた