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それでも水は漏ってくる

序章

「なんかさ、パイプから水が若干漏ってるみたいなんだよね。調べてくれない」
と、ヤッシーから言われた。
僕がオヤジから引き継いだ、築45年のアパートの地下室での話。
この地下室は、昔オヤジが事務所兼倉庫で使っていた場所。ずっと、我が家のガラクタ倉庫になっていたが、友達のヤッシーがここでバーを経営したいと言ったので、1年前から店舗として、格安で貸している。
見ると、天井の角を平行して這っているダクトボックスから、少しだけ水が漏っている。
「まあでもさ、古いし、特に今まで問題もなかったから、ちょっと拭き取ればいいぐらいだから、いいんじゃない、このままで。ダクトボックス壊して開けるのも面倒だしさ」
「まあ、下水の水だったら困るけど、ニオイもないし、きれいな水だからとりあえずいいか。でも、時間があったら水道屋にみてもらってよ」と、ヤッシーも半ば納得。
これが、事の始まり。このときは、やがて来る怒濤の水漏れで、夜も眠らずに24時間水の処理に追われるなんて、夢にも思っていなかった。安部公房の名作「砂の女」の主人公は、家が砂に埋もれないように、一日中砂を掻き続けるんだけど、まさか自分が一日中水を汲み続ける「水の男」になるなんて。
そう、水漏れはほんのちょっとだったんだ。
それでも水は漏っていたんだけどね。

第一章
「快感!モップしぼり」

「大変なことになってます。ムリっす、もう店営業できないっす」
バーの店長、コースケから泣きが入った。
聞くと、開店準備に来たら、床が水浸しで大変なことになっていたらしい。
とにかく水を処理しないと話にならないので、雑巾で水を吸い取り、バケツにしぼって、水を処理したとのこと。
昨日まで、ほんのひとしずくだった水の滴りが、半日で床を水浸しにするまでに広がってしまった。これはもう一大事だと思い、友達である工務店社長のイワタニに電話をかけた。
「とにかく来てくれよ」
「ゴメン、今現場がすごく忙しくってさ。水道屋が2週間ぐらいは手が空かないんだよな。スケジュール都合つけてなるべく早くいくからさ、がんばって」だって。
シロウトの我々にどうがんばれっていうんだよ、怒。
「しょうがない、コースケ、ダクトボックス開けてみよう」
と、もう営業時間だったけど、二人でダクトボックスを壊して開けてみた。
開ける前は、そこに通っている上水道の配管から水漏れがしていると予測していたので、家にあった強力ダクトテープを巻き付ければ、とりあえず水漏れは止まるだろうと、簡単に考えていた。ところが開けてみると予想もしない事態になっていた。
露出している配管は、上水も下水も漏れていないんだけど、それらは直角にまがって、コンクリートの壁の中に入っている。で、漏れているのは、その管が埋められた場所の角にある小さな穴。血液がにじみ出るように漏れ出ている。
「これは俺たちにはムリだ。コンクリートはつらなきゃわからないし。とりあえずバケツにできるだけ水を集めてさ。溜まったら捨てるってことで営業しよう」
「でも、明日また溜まりますよ。オレもうムリっす。できないっす、腰が痛くてダメっす」と、弱音を吐くコースケ。
「でもさ~、店はやらなきゃしょうがないじゃん。とりあえず、水が滴るバーってことで、チャームポイントにしてさ。オレも明日、水汲みするからさ。がんばろうぜ」と、コースケを励まし、後を託した。
次の日の午後、店のシャッターを開けると、やはり水が溜まっている。
一番水が溜まる階段下のところに、なにやらバケツとモップが置いてある。
どうやらヤッシーが買って来たものらしい。
とりあえず使ってみると、これが思いのほか快感!モップに水を吸わせて、レバーを引くと、ジャーっと大量の水を絞れるのだ。
「これ、いいな~」と思いながら、薄暗い地下室でひとりモップを絞り続ける。
床の水をすべて吸い取って、バケツの水を流して、また仕事にいく。
夜になって再び店にいくと、コースケが店を開けていた。
「どう?」
「あのモップいいっす。快感っす。あれならオレやっていけそうっす」と前向きになったコースケ。
お客さんもおもしろがって絞ったりしている。とくに女性は
「きゃ~、これ楽しい~」なんていいながら、どんどん絞ってくれちゃって。
「コレいいっしょ。みんなにやらせて、仕入れて売ろうか」とヤッシー。
「いいね~、その儲けを水漏れ工事費にあてよう」と僕。
そんなノーテンキな会話をしつつやり過ごす、我々。
でもね、
そう、それでも水は漏ってくる。

第二章
「上水掛け流しバー」

水道屋がなかなかやってこないので、とりあえずパイプ下の水溜まり部分に雑巾を突っ込み、毛細管現象で吸い取った水が雑巾を伝って下に垂れる部分にバケツを置いて水を溜める、というシステムで水漏れに対処する我々。
でも1時間ぐらいでバケツは一杯になるので、その水を捨てなきゃならない。
さらに、このシステムだとダクトボックスの木枠を伝って下に垂れる水が一定量あるので、快感モップで水を吸い取る作業も頻繁にやらなきゃならない。
1日、2日ならいいけど、毎日となるとこれも結構大変だ。
バーの営業中は、コースケがやったり僕がやったり。
お客さんも結構おもしろがってやってくれるけど、飲んで油断をしているとすぐに水は溜まってくる。
閉店時にコースケがきれいにしても、翌朝僕がシャッターを開けると、階段下にはバケツ3杯分ぐらい水が溜まっている。
昼頃にはヤッシーが水を汲んで、夕方また僕が汲んで、営業前にコースケが汲む。なんとなくそんなローテーションで処理をしているんだけど、根本原因が手つかずだから、解決はしない。
「どうなんだよ!まだ水道屋来られないのか?」とイワタニに電話をすると
「わかった!じゃあとりあえずオレが行って見てみるよ」と彼が来ることになった。
現場をイワタニに見せると、
「う~ん、このパイプが奥で漏ってると思うんだよな。古いから奥の部分は鉄管になってるかもしれないし。そこが錆びて穴開いてるのかなあ。これは水道屋じゃないとダメだな。なるべく早く来させるようにするよ」
「じゃあそれまで、どうするんだよ!この水は!」と僕。
すると、さすがに学生時代からのつきあいであるイワタニはこう言い放った。
「まあさ、それまでは水が流れるバーってことで、前向きにとらえてもらってさ。なんとかやってよ」
僕が先日コースケに言ったことと、同じことを言いやがる。
ポジティブシンキングなんだか、ノーテンキなんだか、無責任なんだか。
学生時代と変わらないノリ、まあしょうがないか。
ということで、水が流れるバーでやることにするしかないんだけど、一般的な水が流れるバーは同じ水をポンプで循環しているだけだけど、ウチのバーは常にフレッシュな水が流れていて水道代の掛け方が全然違うからな。なにか、もうちょっと差別化を図らないと。
だから、他のバーにはちょっとマネのできない
「上水掛け流しバー」としてアピールすることにしようかな。
「ウチは上水掛け流しだから、いつも新鮮な潤いがあってお肌にいいですよ~」
なんてことで、うまくいかないかな?
いや、いかね~な。
でもさ、そうでも言わなきゃしょうがないんだよな。
だってさ、言っても言わなくても
それでも水は漏ってくるんだからさ。

第三章
「地中に続く謎の水道管」

上水掛け流しバーにも、いい加減飽きてきた。なにしろ毎日毎日水の処理をしなきゃならないし。それに、なんとなくだけど、そうは思いたくないけど、そうあっちゃイカンのだけど、水の量が増えているような気がする。
そりゃあそうだよな、もし鉄管の錆びた穴から漏っているなら、
「千丈の堤も蟻の一穴から」ということわざがあるように、そこからどんどん広がっていくものだからな。
日に日に朝シャッターを開ける時の緊張感が高まってきた。
ガラッとシャッターを開けた時点では、真っ暗だから水の溜まり具合はわからない。照明のスイッチは店の中にあるから、階段を下りていって、店のドアの手前の床に一歩踏み込んだ時の感触で、水の量がわかる。
いつもは、一歩目が「ピシャッ!」って感じなんだけど、
今朝は、一歩目が「ジャボッ!」っとなった。
ヤバイ!これは確実に水が増えている。
恐る恐る店の照明をつけてみると、明らかに水の量は増えて、浸水範囲が広がっている。とにかくまず水を汲まなきゃならないから、快感モップをひたすら絞る。
とりあえず水は拭き取ったけど、不安は拭えない。
なんてウマイこと言ってる場合じゃなくて、どーしよう。
相変わらず、水道屋がいつくるのかわからないし。とにかくいつになるかだけでも確認して、ゴールを定めないと、僕を含んだ水汲み部隊の士気が下がるからな。
「結局、いつくるんだよ?くる日だけでもはっきりしないとみんなが納得しないぜ!」とイワタニに電話をすると、
「わかった!現場はなんとかすることにして、水道屋を明日直接行かせちゃう!」とやっと確約をもらった。
「明日水道屋がくることになったぜ!」ヤッシーとコースケにちょっとうれしそうに伝える。その日はまだ水汲みが必要だけど、ゴールは明日だからな。
でも、もうこのところは、ほとんど24時間に近いぐらいに水の処理に追われている。だけど、それも明日までだ!
次の日、待ちに待った水道屋がイワタニと一緒にやってきた。
事の顛末を水道屋に伝えると、聴診器に長い棒が付いたような、水の流れを調べる道具であちこちの管を調べ始めた。
「多分、この上水管の奥が漏っていると思うんですけど、これってどこに繋がっているんですかね」
通常、上水は屋上のタンクからタテ管で水を落としてヨコ管で各階に振り分けられているから、地下の水道管は最後の場所のはずだ。もともと地下室のこの管もずっと使っていなかった。オヤジが将来使うかもしれないからと、念のために水道を通しておいただけだ。さらにその先なんて、おそらく使っていないはず。建物の外側を調べても、それらしき管は出ていないし。いずれ外に散水栓が必要になったときのために、きっと管だけ前もって引いていたんじゃないかっていう、結論になった。
「それなら、この管をぶった切っちゃって、塞いじゃいましょう。そうすればもうこの先には水が行かないから溜まっていた水が出きっちゃえば止まりますよ」と水道屋。
「そうだな、そうしよう。それで水漏れは止まるはずだもんな。でも本当にどこにも繋がっていないのかな?」と言うと、
「じゃあ、こうしましょう。ここを一度切って、バルブをつけましょう。それでバルブを閉めちゃえば、この先に水は行かなくなるから止まるでしょう。万が一どこかの水が止まるようならバルブを開ければ通じますから」という水道屋のグッドアイデアで解決することになった。
手早い作業でバルブをつける水道屋。さすがにプロだね、仕事が速い。つけたバルブを全閉にして、水漏れの様子をみんなで見守る。
5分、10分、15分と待っていると、水漏れが弱まったように見える。さらにじっと待ち続けると、滴りが止まった!
「やったよ!止まったな」と僕。
「やっぱりこの管でしたね」と水道屋。
ついに水漏れは止まったのだ!本音を言えば、もっと早くに水道屋が来てくれれば、ここ数日の苦労もなかったんだけど、もう止まったんだから、細かいことはいいや。とにかくこれで解決したからさ。
忙しいところを押して来てくれた水道屋さんに大感謝だな。
止まったのを確認したイワタニと水道屋は、現場が忙しいからとあっという間に帰っていった。
僕も、最後の床の水を処理すると、店を閉めて仕事に向かった。
あの水道管の先がどうなっているのか、若干心残りだけど・・・
とりあえずひと安心して、仕事に励んでいると、携帯電話が鳴った。
「こんにちは、不動産屋ですけど、1Aの入居者さんからお風呂の水がでないって電話があったんですが、なにか工事とかしました?」
なんだよ、あの謎の水道管は1A室の風呂に繋がっていたのか~
「工事しました、しました。水漏れがあったので今バルブで水を止めているんですが、開ければすぐに水は通じます」
「じゃあ、直接入居者さんに電話で説明してもらえますか?」
そこで早速1Aに住む中華の料理人ワンさんに電話をする。
「大家ですけど、水が出なくなったのは、水漏れがあったためなんです。使う時には水を出せます」
ワンさんの話によると、朝から晩までお店で働いているので、お風呂を使う夜11時から12時まで水が使えればそれでいいという。そこで、とりあえず毎日その時間にバルブを開けることになった。
その件をイワタニに伝えると、
「それならとりあえずバルブを開けて対応してもらって、後でお風呂場用に水道管の別ルートを作ってバイパスさせれば、解決するよ。それまでがんばって」
と、またがんばることになった。
そこで、その晩からは、水汲みとともにバルブを開閉する番人になった。
11時から12時までバルブを開けると、当然管から水が漏れるので、地下にもその水が漏ってくる。
たとえ1時間といえども、おそらく管の穴からかなりの量の水が漏って、地中の見えないところに謎の水たまりを作っているはず。そしてその水をまたまたバケツと快感モップで処理しなきゃならない。しかも夜中にね。
せっかく解決したと思ったのに、結局また水汲みの毎日。
しかもバルブ番の仕事も増えちゃった。
夜中に店で酒を飲みながら水汲みをし、常連客にこう言った。
「これからは大家兼バルブマンとしてやっていくからよろしく!なんならバルビーと呼んでもらってもいいぜ!」
「えー、アタシはバルビーの方がカワイイからいいと思う、バルビーにして!」と常連客の女子。
ということで、改めて水道屋が工事にくるまでは、バルビーとして過ごす日々に。
やっと解決したと思っていたのに。
一度は水漏れが止まったはずなのに。
それでも水は漏ってくる。

第四章
「謎の止水時間」
昼は本業、夜はバルビーとして働く二重生活の毎日。まあ、バルビーじゃなくても、どっちにしろ夜は飲んでるから、そんなには生活が変わるわけじゃあないけれど。ただ、その時間帯は他の店に行けなくなっただけだ。
僕がバケツに滴る水を眺めながら酒を飲んでいるその横では、アーティストのユカが店の壁中に貼ったキャンバスに大胆な抽象画を描いている。最近ウチのバーでは色々なアーティストに店を開放して、個展をひらいているのだ。昼間の仕事を終えると彼女は毎日店に通って、夜遅くまで、時には徹夜をして壁に絵を描いている。だから、コースケや僕よりも、彼女の方が今のアリーヤの壁事情や水漏れ事情に詳しい。なにしろずっと壁に向かっているからね。そんなユカが気になることを言った。
「なんか不思議なんですけど、水漏れがピタッと止まる時があるんですよね。あれは何でですかね?」
それを聞いたコースケが
「そうなんすよ、オレも不思議に思ってました。何でかわからないけどたまに水漏れが止まるんですよ。で、しばらくするとまた漏り始めるんです」
水質のきれいさと常に漏っている状態からいって、漏っている水は上水なのは間違いないはずだ。それなのにたまに止まるっていうのは、どういうことだろう?止まっている時間になにか水道に変わったことが起きているはずだ。その原因を見つけるためには、まずは止まった時に裏と屋上にあるタンクや建物の状況を観察するしかない。そう思って、酒を飲みながら壁を観察して、水が止まるのを待った。すると夜の10時過ぎ頃に、確かに水漏れが止まったのだ。ずっとポタポタバケツに滴っていたしずくが、雑巾の先にひと粒の水滴を保ったまま、ピタリと止まった。
よし!今この時に何が起こっているのか、建物全体を観察だ!ということで、まずは裏にまわった。すると1Bのヤマモトさんの風呂場の窓に電気がついている。彼が風呂に入っているんだ。
もう一度バーに戻ると、まだ水漏れは止まったままだ。風呂を使っていると水漏れが止まるってのは、どういうことだろう?止まっている水滴を見つめながら、考えを巡らせる。
1Bの風呂がなんらかの関係があるなら、まず考えられることは、今この目の前にあるバルビーの僕が管理する赤いバルブの開け閉めは全く関係ないってことだ。この先は1Aの風呂場にしか繋がっていなのだから。いくら12時過ぎにバルブを閉めても、別ルートで水が漏っているということになる。
たしかにバルビーになってから気になっていたんだけど、12時にバルブを閉めても次の日、床に溜まる水の量はバルブを設置する前とあまり変わっていないんだよな。その現象を自分では、穴が大きくなったためにバルブを開放する1時間の間に漏る水の量が増えて、どこかに大きな水たまりがあるためだと思っていた。でも、そういうことであれば、たまに水が止まって、また水が漏り始めるという現象は説明がつかない。仮にバルブの先が漏っているとするなら、一度水が止まったら、バルブを開けるまでは水は漏らないはずだから。
水道管の穴から漏る水が、水を使うと止まるってことは、こういうことが考えられる。シャワーを使うと水道管内の水の圧力は当然弱くなる、なぜならシャワーの方に圧力が抜けるから。だからその間、穴への圧力が弱まって水漏れが止まるってことじゃないかな。ということは1Bの風呂場に繋がっている水道管が漏っているということか?確かに漏ってくる場所と方向からいって、1Bの風呂が一番近いし。それなら、1Bの風呂付近の水道管をバイパスさせれば、水漏れは解決するな。工事費どのくらいだろう?この前の水道屋の手際からいって、1日あれば修理できるだろうから、10万円ぐらいかな。どっちにしろ1Aの水道管を貼り直すつもりだったから、費用は一緒だな。と、あれこれ考えていると、また水漏れが始まった。
すぐに裏にまわると、思った通りに1Bの風呂の電気が消えている。風呂の水を使うのをやめたから、水道管の圧力が高まって、水漏れがまた始まったんだ。一度の現象で原因を特定するのは危険だけど、多分この仮説は有力だ!どうせ水道屋はすぐには来ないし、しばらくこの仮説をもとにバルビーと観察者をやっていくしかないな。しかし、なんだかどんどん肩書きが増えていくなあ~
僕の役職が増えて、どんどん偉くなっても、
それでも水は漏ってくるんだけど。

第5章

「クラタ式排水システム」


「やばいっす、水漏れすごくなってるっす、今日はもう営業できないっす」

コースケからまた、泣きが入った。店を開けに来たらいつもより水漏れの量が増えていて、トイレ横の倉庫の中まで浸水したとのこと。あわてて駆けつけると、コースケが水の処理をしていて、ユカが昨日まで描いていたキャンバスを壁から剥がしていた。

「あれ?展示はもう終わりだっけ?」

「いや、水がひどくなってきたんで、絵が濡れちゃうとまずいので一旦終わりにすることにしたんです」とコースケ。

「そうか、それは悪かったな、ごめんね」とユカにあやまる。

「あ、いいんです、全然大丈夫です」とユカ。

でも、そのちょっと悲しげな表情は、全然大丈夫じゃないよな。せっかく徹夜までして描いていたのに。悪いことしたな、と思うんだけど、僕にも解決できないんだよな、今のところ。

どうしたものかと悩んでいるところに、近所のクラタ夫婦が来た。

「絵を描いているからって、見に来たのに、残念だね、水漏れで」と奥さんのユミちゃん。

クラタ夫婦は、旦那のトキオくんが建築士で、ユミちゃんがインテリアコーディネーターという建築のプロ夫婦。とくに奥さんのユミちゃんは、元々お父さんが工場をやっていた土地を更地にして、鉄道のコンテナを2つ持ち込み、つなぎ合わせてショップ兼自宅をほとんど自分一人で作ったというツワモノなのだ。コンテナと聞くとただの鉄の箱と思いがちだが、実際はかなりオシャレでインテリアもハイセンスなお宅だ。だから、住宅全般に詳しく、水漏れ処理も得意だという。

「これだけ漏っていると、バケツだとあふれちゃうでしょう?この下に漏斗をいれてホースにつないでカウンターのシンクに引っ張れば、とりあえず排水できるじゃん。ウチに漏斗あるから持ってくるよ」といって、すぐに漏斗やホースを持って来てくれて、夫婦二人でどんどん排水のシステムを作ってくれる。ちょっとアッチ持って、コッチしばって、なんて二人でやっているうちにみるみる出来上がり、「コースケさん、ホースシンクに入れて」といって、シンクに排水ホースを入れると、見事に水がチョロチョロ流れ出した。さすがに一人で家を建てるだけあって手慣れてる。このクラタ式排水システムが出来上がったことで、朝の床に溜まる水はだいぶ減るはずだ。大感謝だな。でも、シンクにつないだホースを見ると、ポタポタどころか、チョロチョロと途切れなく水が出てくる。

こんなに漏れているのか~、水道代どうなるんだろう?とちょっと不安がよぎる。

次の朝、シャッターを開けると、クラタシステムが機能しているため、床に溜まる水はだいぶ少なくなっている。

でも、全体的な水の量が増えているので、いよいよ油断ができない。そこで、今日から僕が仕事場を店に移して、午前中から仕事をしながら店で水の番をすることに決めた!しょうがないよな、大家だし。

外は晴天だけど、店の中は照明がほとんどないからずっと薄暗い。地下から見上げると半分開けたシャッターから見える明るい外の世界が、必要以上に眩しく見えるなあ。水が滴る暗い店内とはまるで別世界だ。

とりあえずそれでもクラタ式排水システムで水の処理が効率よくなったので、用事を済ませに店を離れた。

開店した店に戻ると、常連客の女子二人とヤッシーがいた。そこで、三人を捕まえて排水システム開発秘話を聞かせた。無理矢理ね。なんたって今日1日ずっと観察してたんだからその苦労話は誰かに聞かせないと。一通り聞かせるとヤッシーが

「いや~、いつ話が終わるかと思ったけど終わってよかったよ。でも、たしかに床に溜まる水は少なくなってるよね」

そうなんだよ、少なくなってるんだよ、努力の甲斐あってさ。

でも、それでも水は漏ってくるけど。



第六章

「決戦!1B給湯器、いよいよ決着か?」


クラタ式排水システムのおかげで楽になった朝の水処理。それでもある程度は、床にたまる水を快適モップで吸い取る必要はある。今日は午前中からクライアントとの打ち合わせがあるので、出掛けにチャチャっと吸い取ってから駅に向かうことにした。シャッターを開けると、いつもの通り真っ暗で床の状態はわからない。もしかしてほとんど水は溜まってないかな、と期待して降りてみると、一歩目が「ジャボジャボ!」っと水中に沈んだ。

「やべえ!なんだよ?ついに恐れていた水道管の破裂が起こったか!」

とにかく状況を確認しないと、と思い、店の照明をつける。水没による感電も少し気になったが、しょうがない。

照明がつくと原因が分かった。コースケがホースをシンクに繋がずにバケツに突っ込んだまま忘れて帰ったのだ!

だから、昨日の2時半にお客さんがいなくなったときに、ホースをシンクに繋ごうぜって言ったのに。

「いや、まだお客さんが来るかもしれないので、後でオレがやります」とコースケが言ったから、任せて先に帰ったのに。こんな大事なことを忘れやがった。飲まなきゃ丁寧に仕事をするんだけど、飲むとダメダメなんだよな~アイツは。

とにかくこの水をなんとかしなきゃならないんだけど、とても打ち合わせの前に処理できる水の量じゃない。まず、解決には何をするべきかと考え、とにかく急いでホースをシンクに繋いだ。そうすればとりあえず水は流れるから。次に、床の水をなんとかしないといけないけれど、もうモップで吸い取るようなレベルの水量じゃなくなっているので、チリトリでバケツにすくって水を汲み出す。それにしても、この量は尋常じゃない。かといって、打ち合わせに行かなきゃならないし。水を汲みながらヤッシーに電話をして状況を伝えると、

「わかった、じゃあ昼過ぎに水を汲みにいくよ」とヤッシー。

「いや、昼過ぎじゃ間に合わない!とにかく打ち合わせに行かなきゃならないから、できるだけ早くたのむ!」とヤッシーに託して店を出る。

駅に向かいながらクライアントに電話をして遅れることを謝り、なんとか打ち合わせに行った。

打ち合わせが終わるとすぐに、店にとんぼ返りする。シャッターを開けると、水溜りはほとんどなくなっていたので、ヤッシーが午前中に処理してくれたみたいだ。

それでもその後に溜まったであろう水を処理しながら、改めて店を点検する。今朝は慌ててパイプをシンクに繋いだので、漏斗の部分が引っ張られて斜めになり、水が下に漏れ出している。ひもを繋いだ漏斗の穴が一カ所割れていて、簡単にはなおらない。すばらしかったクラタ式排水システムも今はなんだか色あせて、暗い店内ではとても頼りなげに見える。あふれてくる水漏れだけが、あざ笑うように勢いを増している。

「どうしよう・・・」

暗い店内で途方に暮れて、ただただ水漏れを眺める。

しばらく途方に暮れていると、階段の上の明るい地上に二人の人影が見えた。

「ほら!居るよ!シュンちゃんか?」と僕の名前を呼ぶ声。

「あ、ほんとだ、いるいる。水漏れで大変なんだって?」

階段を途中まで上がると、半開きのシャッターから、近所のヤマダさんと、蕎麦屋のオジサンが覗き込んでいた。

「そうなんですよ、水漏れが止まらなくって」というと

「あのさ、シュンちゃん。3.11の地震の影響だと思うんだけど、この辺りの地下がおかしくなってるみたいなんだよな」とヤマダさん。

「そうなんだよ、ウチも何ヶ月か前から水を止めても水道メーターが止まらなくなって、水道代がすごく上がってるんだよ。水道局に言ってるんだけどさ」と蕎麦屋のオジサン。

「なんかさ、この辺り全体の地下が地震でおかしくなってるみたいだよ。だからさ、ここだけじゃないんだよ。アッチコッチでおかしくなってるんだからさ。

な!それを聞いて安心したろ?ここだけじゃないんだからさ、みんなそうだから、安心だろ?」とヤマダさん。

「は?」

なにを言ってるんだ?このオヤジは!

今、この足元を濡らす、拭っても拭っても漏ってくる水漏れが収まらないから困っているんじゃないか!みんなが漏ってるからって安心なワケないだろう!

隣の家が漏っていようが漏っていまいが、地震の影響だろうと、火山の影響だろうと、とにかくこの水漏れを止めなきゃしょうがないんだよ。

赤信号はみんなで渡れば怖くないかもしれないけど、

水漏れはみんなが漏っていたからって、安心しないし、解決もしないんですけど!

怒りを覚えるよりも、脱力しちゃうような的外れなご意見を頂いて、この人と話をしてもしょうがないと思ったので、

「スイマセン!水汲まなきゃならないので」と話を切って、店に戻った。

なんだか脱力しちゃって排水システムを直す気力も出てこない。

するとその時、また水漏れが止まったのだ。

すぐに裏にまわって確かめると、ヤマモトさんがシャワーを使っているようだ。「やっぱり1Bの風呂の水道管だ!ヤマモトさんが風呂から上がったら相談して、確かめさせてもらおう」

気を取り直して、店に戻り、ヤマモトさんが風呂を上がるまでの間に排水システムの修理に取りかかる。なんとか修理ができたので、1Bを訪ねた。インターホンを押しても返事がないので、携帯に電話をしてみると、ヤマモトさんが出た。風呂を確認したいと伝えると、すでに外出してしまっているので、立ち会えないけど勝手に鍵を開けて調べていいという了承をもらった。そこで、1Bの風呂場の水を一人でチェックすることにした。

1Bの風呂場には、水漏れが疑われる4つの水道管が通じている。風呂の混合水栓に通じる水の管、給湯器からのお湯の管、洗い場のカランに通じる水の管とお湯の管。これらをひとつひとつ開放して水を流し、どれを開けた時に水漏れが止まるかを観察し、水漏れの可能性のある管を特定するのだ。

まずは、お風呂の水の栓を開放する。出しっ放しのまま地下に戻り、水漏れの様子を観察する。水栓を開放したからといってすぐに水漏れが止まるわけではない。水はどこかを伝わって店内に漏れ出すので当然タイムラグがある。

5分、10分と待ち続けるが、水漏れの勢いは一向に衰えない。「これは風呂の水の管ではないな」そう思って風呂場に戻り、改めて給湯器を見る。するとあることに気がついた。給湯器の温度設定が42℃になっているのだ。給湯器を42℃にしているってことは、混合水栓でお湯と水を混ぜて温度調整する必要がないので、お湯の栓しか使っていないはずだ。つまりシャワーの時に水漏れが止まるということはお湯の管のどこかが漏っているのだ。タイムラグから考えると湯船にお湯を貯めている時に止まる可能性が高いので、まずは風呂の湯を出しっぱなしにして、地下に戻る。5分、10分と待つが水漏れが止まる様子はない。ということはシャワーに繋がるカランのお湯の管が漏れている可能性が大だ!そこで、風呂場に戻り、風呂の湯を止め、カランのお湯の栓を開放する。店に戻って水漏れを見守る。5分、10分、水漏れが弱まったような気がする。すると、どうだ、15分目ぐらいに水が止まったのだ!

「やった!ついに突き止めた!給湯器からカランに繋がる管から漏っていたんだ!」

たしかに場所からいっても、その管が一番水漏れ箇所に近い。これでやっと解決の糸口が見つかったよ。工事が済むまで、それでも水は漏るんだけど。

管の特定ができたので、風呂場に戻ってお湯を止める。そして、店に戻ると、しばらくしてまた水漏れが始まる。つまりまたお湯の管の圧力が高まったから水漏れが起こるのだ。これは予想通り、まさに想定の範囲内です。

改めて今回の推理に破綻がないか、もう一度順を追って考えてみる。カランのお湯を出すと水漏れが止まるということは、管の圧力が減ると漏れなくなるという推理は間違いないはずだ!今の実験で水漏れが止まったからな。お湯を出すと止まったということは、水の管は関係ないこともわかった。ということは給湯器からカランまでの間と考えて間違いないのだろうか?

いや、待てよ、当然給湯器にも水道管から水が供給されているのだから、給湯器が作動して水の圧力が弱まれば、その手前の壁の中の管に穴があった場合も、圧力が下がって漏れなくなる可能性は考えられるな。給湯器の先だけなら、工事は簡単だけど、壁の中の管ってことになると、いきなり工事の難易度が上がる。ってことは工事費も上がるってことだ。そういえば、この前、近所の先輩がバーで飲んでいる時に言っていたことを思い出した。

「もし建物の中のタテ管とかが漏ってたら大変だぞ!工事費が100万程度じゃ済まないぞ、何百万コースになるぞ!え、シュン、大家さんは大変だなあ~ガハハ!」と笑い飛ばされたのだ。

確かに、全館水道管を張り替えるなんて工事になったら、壁を壊さずに露出管で配管するにしても、4階までの足場代だけで100万円ぐらいかかるかもしれない。確かに何百万コースだ、ヤバイな、どうしよう。

なんとか給湯器の先だけってことをとりあえず確認できないだろうか?それが確認できれば、工事費はずっとリーズナブルになるから。そう思ってもう一度考え直してみる。

「そうか!給湯器のスイッチを切って、給湯器に入る手前の水栓を止めみて、その先の水を抜いて水漏れが止まれば、給湯器から先の管で漏っていることになるな。例のバルビーのバルブを止めるのと同じ理屈だからな」

早速、もう一度1Bに入って給湯器のスイッチを切り、水栓を閉じ、地下の水漏れを観察する。先ほどの実験でわかったことだが、結果が出るにはタイムラグがあるので、5分、10分じゃ止まらないはずだ。15分間、一滴も見逃さない集中力で水漏れを観察するが、弱まる気配がない。20分経過、そろそろ止まるはずだよな。これで止まらなければ、給湯器の手前、つまり壁の中の管が漏っているってことになってしまう。

「止まれ!止まれ!」と祈るように水漏れを見つめるが、しずくはポタポタと滴り続ける。30分ぐらい経過しても、勢いは変わらない。なんとか止まらないかと念じていると、階段の上にまた誰か人が来た!

「ヤマモトですけど、どう?」ヤマモトさんが帰って来たのだ。

そこで、ヤマモトさんに今までの現象と実験の結果、そして僕の推理をひとつひとつ詳しく説明する。

「で、どうなるの?」

「だから、今、給湯器の栓を締めて様子を見ているんです。これで、水漏れが止まれば、ヤマモトさんのところの給湯器の先が漏れているってことになるので、それを修理すれば水漏れはなおるってことです。もし、このまま水漏れが止まらなければ、給湯器より手前の管が漏れているってことになります。その場合は調べて場所が一階の壁の中ってことになれば、そこだけ壊して水道管を張り替えるかも知れないし、もし場所を特定できなければ、全部張り替えるってことになるかもしれません」そうはなってほしくないけれど。

「ふ~ん、そうなんだ。ていうか、今、説明されたことがチンプンカンプンで全然わからないんだけど。オレはどうすりゃいいの?」

なんだよ~、今の説明ぜんぜん理解してくれてないのかよ!脱力するなあ。

「とにかくもうちょっとお湯を使うのは待ってもらえますか?」

「それはぜんぜんいいけど」

なんて、僕の推理と実験のプレゼンテーションが全然通じなくて、脱力していると、なんとその二人の目の前で、

水漏れが、止まったのだ!

「ホラッ!ホラ!水漏れ止まったでしょう!」やった~、僕の推理が勝ったのだ!ついに水漏れ箇所を特定したぞ!

「ほんとだ、止まったね。で、オレはどうすればいい?」

「とりあえずもう少し様子も見たいし、工事にも時間がかかるので、できれば2、3日給湯器を止めておいてもらいたいんですけど」と頼むと

「いいよ、別に。お風呂はスポーツクラブとかでも入れるからさ。お湯だけ使わなきゃいいんだろ?」

ということで水道屋に改めて見てもらうまで、給湯器を止めてもらうことにした。これでやっと水漏れは解決だよ!後は給湯器の先の水道管を張り替えるだけだ。それまでは、ヤマモトさんは使わなくていいといっているので、水漏れ処理業務もこれで終わりだ!水汲み部隊も今日で解散だ!

ここ数週間に渡った水漏れとの勝負に勝った僕が、感慨深げに水漏れが止まった壁を眺めていると、コースケが店の開店準備にやって来た。

「コースケやったよ!ついに水漏れ箇所を特定したよ!これでもう水は漏らないぜ」

「マジっすか?やりましたね!ホントだ、水漏れ止まってますね~。じゃあ今日からもう普通に営業しても大丈夫ですね」

二人で水漏れ箇所を手で触ったりして確かめる。まだ、壁は湿っているけど、水漏れはもうない。

コースケからタバコをもらって、久々に一服する。

いやあ~、戦いの後の一服はとってもウマい。タバコやめたけど、これは格別だな。

煙をくゆらせながら、壁を眺めていると、

「オレちょっと開店前にひと仕事やっつけてきますので、一旦出ます」

といって、コースケが出掛けていった。

もう夕方だし、コースケが帰ってくるまで、ここで仕事をして、確認しながらもう少し勝利の感慨を味わおうかな、なんて考えながら壁を眺めていると、

なんと、水滴が落ちた!

なにかの見間違いだと思い、さらに近寄ってみると、

なんだよ!見る見る水漏れが再開するじゃないか!

この数日間見慣れた水の勢いで、

間違いなく水が漏ってくる。

なんだよ!オイ!

それでも水は漏ってくるのかよ!



第七章

「真夜中の大放水!勝つのはどっちだ!」


実は水漏れが止まったとき、ほんの少しだけ頭の片隅に気になることがあった。でも、「まさかそんなことはないよな、あったら大変だからな」というたぐいの推理だったので、封印したのだ。なんとしても給湯器の先が漏っているってことにしたかったし。

でも、実際に目の前で水漏れが再発してしまったんだから、その大変な推理が当たっている可能性が高い。非常に残念ながら・・・

それは何かというと、実はさっき二人の目の前で水漏れが止まった時に、念のため外に出てまわりの様子を観察した時のこと。それまで暗かった2Aの部屋に電気がついていた。つまり、2Aの住人が帰って来ていて、その人たちがシャワーや調理などで水を使ったから、水漏れが止まったという可能性が少しだけ考えられたのだ。でも、もしそれで水漏れが止まるってことであれば、水漏れの箇所は2階より上のタテ管という可能性が非常に高い。そう、タテ管の水漏れ、それはすなわち、例の数百万円コースを意味している。

「やべえ、タテ管か~、まいったな!こうなるともう帰納法で場所を特定するしかないな」とつぶやきながら、どうやったら場所を特定できるか頭を働かせる。帰納法で見つけるっていうことは、まず仮説を立て、その仮説が立証できるかどうかあらゆる可能性を考えながら、ひとつひとつ実験と観察を繰り返し、その結果場所を特定するということ。簡単に言うと、

「ここをこうすれば、こうなるはずだ」という実験を繰り返して、場所をみつけるのだ。

今回の観察の結果を考えると、2Aで水を使って水漏れが止まるのなら、2階より上の場所で水漏れが起こり、管を伝わって地下に漏っているという仮説が成り立つ。もし、2Aと3Aの間で漏っているとすれば、3Aで水を使っても水漏れは止まらないはず。なぜなら3Aの横管の水圧を下げてもそれより下には圧力がかかるからだ。ということは、仮にタテ管のどこかで漏っているとしてその場所を特定するには、各階の水道を15分以上出しっぱなしにして、水漏れが止まるかどうかを観察する必要がある。でも、外から窓を見る限り、2Aと1B以外はまだ住人が帰って来ていない。となるとすぐに実験はできない。今現在で何かできないかと考えたところ、ひとつの考えに思い至った。

「2階で水を使って漏れが止まるのであれば、地下のこの店で水を使っても水漏れは止まるはずだ。それで止まれば、1Bの給湯器の先は関係ないってことはとりあえず証明されるな」

そこで早速バーの蛇口を開けて水を流してみた。5分、10分と待ったがまだ水漏れは止まらない。シャワーに比べて水の勢いが少ない気もしたので、もうひとつの水栓も開放して、2倍の水量にした。そのまま水漏れをじっと見守る。すると、水滴の勢いが弱まりはじめ、やがてピタリと漏れが止まった。

「やっぱりそうだ!ここで水を使っても止まるってことは、タテ管だ!数百万コースだ!」仮説が証明されたのはいいが、タテ管なのはダメぢゃん!ショックがデカイんですけど。

とりあえず水漏れが止まっているので、今ほかにできることはないかと思い、屋上のタンクを観察に行った。屋上に行ってみると、さすがにさっきからあっちこっちで水を流しているので、タンクの水がだいぶ減っている様子で、地上から揚水ポンプで組み上げられた水が勢いよくタンクに流れ込む音がする。

「このタンクの圧力も関係するのかなあ」と考えつつ店に戻るとまだ水漏れは止まったまま。タテ管から漏っているのなら、そろそろ水漏れが再発しそうな時間だが、まだ漏れ出す様子はない。

「まだ止まっているってことはタテ管じゃないかも?でもじゃあどこなんだ?」

疑問は晴れぬまま、今度は裏にある地上のタンクを見に行く。

裏では地上のタンクの水を揚水ポンプが勢い良く屋上に上げているモーターの音とともに、地中の水道管からタンクに水が給水される音が響き渡っている。

つまり今の状態は、屋上に水を溜めるために揚水ポンプが動き、地上のタンクの水が減ったから地中の水道管から水が供給されている状態、パイプの圧力が抜けているのは、地上から屋上に上がる管と地上のタンクに水を供給する水道メーターからの管の2カ所だ。

ウチの上水道の水の流れはこうなっている。

道路の本管→水道メーター→地上のタンク→揚水ポンプのタテ管→屋上のタンク→下りのタテ管→各階への給水管→地下の給水管→バルビーのバルブ→1Aの風呂場

で、1Bの給水管は、キッチン→給湯器→1Bの風呂場と繋がっている。

このうち今現在、水が流れて圧力が抜けている管は、「本管→屋上のタンク」までの配管だ。

「ということは、揚水ポンプのタテ管から漏れているのか?でも、揚水ポンプは外壁に露出で設置されているから、漏れていれば見ただけでわかるはずだけどな?」

昼間地上のタンクのまわりを調べたけど、水が漏っていたり地面に染み出ているところは確認できなかったし。

いったいどこが漏っているのか、疑問ばっかり増えてくるのでとりあえず店に戻った。するとコースケが開店の準備をしていた。

「水漏れ止まったんじゃないんすか?」

「いや、ダメだった。さっきの場所じゃなかったみたいだよ」

「じゃあどこなんすかね?」

「わからん!とりあえず今調べたところは・・・」といって、コースケに帰納法による仮説と観察結果について説明するが、多分全然理解していない。

「なにしろさ、もうちょっと色々実験して調べてみないとわからないな」

開店準備が進む店の中で、改めて仮説と今の状況について考えてみる。

ここまでにまず、

・ バルビーのバルブを閉めたが意味がなかった。

・ 1Bの給湯器を止めたが違っていた。

ということが事実。

水漏れ箇所の近くを通っていると思われる2つの末端の配管はどちらも関係なかったのだ。

で、先ほどからの観察で、

・ 2階で水を使うと水漏れは止まる

・ 地下のバーで水を使うと水漏れは止まる

水漏れが止まっている時の現象としては

・ 屋上のタンクに給水されている

・ 地上のタンクと屋上のタンクを結ぶ揚水ポンプが作動している

・ 地上のタンクに水道メーターからの管で給水されている

以上のことがわかった。

そんなことを考えていると、再度水漏れが始まった。あわてて裏にまわってタンクまわりの様子を観察すると、揚水ポンプが止まり、地上のタンクが満水になっていた。水道メーターを確認するとメーターは一切回っていない状態だ。つまり全部が満タンになりすべての管の圧力が高まっている状態になると水が漏るのだ。

「いったいどこから漏っているんだよ・・・」裏の暗がりで4階までまっすぐ伸びる揚水ポンプの管を見上げながらつぶやく。もう辺りは真っ暗になっている。

懐中電灯でタンクのまわりを照らしながら調べるが、水が漏っているような場所は確認できない。しばらくタンクの前の暗がりで途方に暮れていると、再度揚水ポンプが動きだし、タンクの給水が始まった。慌てて店に戻り、水漏れを観察するとしばらくしてまた水漏れが止まった。

「やっぱり揚水ポンプかタンクが怪しいよな。揚水ポンプも古いしな。仮にポンプから漏っていてポンプの交換だけで直るなら、費用は数十万円で済むかもな。でも、もしタンクを交換するとなったら、あんなデカいタンク簡単には交換できないよな。いったいいくらかかるんだろう?」

全く見当がつかない中、心の中で工事費の金額が一桁減ったり増えたりしている。

とにかくあれこれ観察して可能性を考えるしか今できることはない。そこで、懐中電灯を持って再度裏のタンクの観察に行く。すると揚水ポンプの音はすでに止まり、地上のタンクへの給水音だけが響いていた。

「ポンプが止まって、タンクに給水されているこの状況で水漏れはどうなっているんだ?」疑問に思ってすぐに店に戻る。すると水漏れはまだ止まったままだ。

「この状態で止まっているってことは、もしかして地上のタンクに給水する地中の管から水漏れしているかもしれない。ということは給水が止まれば、また水漏れが始まるはずだ。よし、給水がとまる瞬間を押えるぞ!」

またまた裏にまわって、給水管に手を当て、手に伝わる振動で水が流れているのを確認する。

「よし、このまま待って、給水が止まった瞬間からどのくらいの時間で水漏れが始まるのか調べよう!」

スマホの時計をストップウォッチモードにして給水が止まるのをじっと待つ。タンクの水位が上がって来ているのが音でわかる。もうすぐ満水になるはずだ。

給水パイプの振動と音が止まった!

「満水だ!」

すぐさまストップウォッチを押して、店内に戻る。まだ水漏れは止まっている。が、思いのほか早く水漏れが始まった!ストップウォッチを止めると、タンクの給水が止まってから、わずか3分12秒しか経過していない。これまでの経験から行って3分12秒は早すぎる!本当に地中の管から漏っているのか?でも、場所的にいって水漏れ箇所ととても近いので、これがビンゴかも知れない。

「もし地中管なら、水道メーターからわずか3、4mだから工事費も10万円以内でおさまるかも知れない!」

また新たな希望が出て来た!それを確信するためには、地中管と特定する根拠がもう少し必要だ。どうすればいいのか?地中管と特定するためには、地中管だけ水を流して、揚水ポンプを動かさないようにする必要がある。

「そうか!地上のタンクの排水バルブを開けて、タンクの水を減らせば、給水管だけが作動するな!よし排水バルブを開けよう!」

再度裏にまわってタンクの前に立つ。タンクの真ん中下に大きな排水バルブがある。とりあえず軽めに回してみるがバルブの栓は固く、ビクともしない。

「こんなバルブ開けることないからなあ。錆びて固まっているかな?ムリに開けてバルブをこんな夜遅くに壊したら、そこら中に水があふれ続けてそれこそパニックになるぞ」

そんな思いはあったが、バルブを開けてみないことには、証明ができない。ここは思い切ってバルビーのプライドに掛けてバルブを開けるしかないなと覚悟を決めて力一杯バルブをひねる。

「開いた!」

突然バルブがまわり、排水パイプから水が流れ出した。

「よし!しばらく開けて水が止まれば、タンクの手前の地中管だってことが証明できるな」

とはいえ、排水口もない地上に大量の水を流すのは気が引けたので、とりあえず水量を調整した。それでも水が流れて管の圧力が弱まれば、理論的には水漏れは止まるはず。そして、それで止まるのならば、とりあえず工事するまで、排水口から水をチョロ出しして管の圧力を抜き続ければ、店内の水漏れは止まるはずだ。

「排水口から水を垂れ流すのはもったいないけど、どうせ水漏れしてるんだから、そっちが止まるならその方がいいよな」

そう思って、排水口からちょろちょろ水を出し、店に戻って水漏れを観察する。

今回はチョロ出しだから、水漏れが止まるにも時間が掛かるだろう。この際焦ってもしょうがないので、バーで飲みながら水漏れを観察し、相変わらず床を濡らす水を快感モップで吸い取りながら過ごす。

長期戦を覚悟して、片手にグラス、片手にモップを持って、飲みつつ吸い取りつつ観察を続けるが、水漏れが止まる様子はない。なんとなく弱まっている感じはするけれども。

バーには、女子3人組のお客さんが来ている。

相変わらず快感モップは女子に人気で、その子たちも「すご~い!」とかいいながらモップを絞っている。しかし、水漏れは一向におさまる気配を見せない。「やっぱり地中管じゃないのかな?じゃあどこなんだよ?」

止まることのない水漏れを眺めながら、もう一度考えを巡らせる。すでに時間は夜中になっている。なんども解決を期待させながら、結局漏れ続けるこの水漏れ。一体どうすりゃいいんだ?これ以上どこをどうすれば解決に向かうんだよ!とにかくチョロ出し作戦はこれ以上続けていてもラチが開かない!なにか他に試せることはないのか?そう思いつつもう一度考える。

「そうか!水道メーターの元栓を閉めてしまえば、地中管にも水が行かなくなるから、管の中の水がすべて漏れ出してしまえば止まるってことだよな!」

とにかく試せることはやってみるしかないので、またまた裏に向かう。

「元栓を閉めると水が全部止まってしまうけど、とりあえず屋上のタンク一杯に水があるから大丈夫だろう。夜中だからみんなそんなに水使わないだろうから内緒で止めてしまおう!」

メーターの水栓を全閉にして、メーターが完全に止まったことを確認し、また店に戻る。もし地中管が原因ならしばらくすれば管内の水がすべて抜けて水漏れは止まるはず。そう期待して、モップで水を吸い取りながら観察を続ける。もう夜中の12時をまわってしまったけれど。

1時まで観察を続けるが、水漏れの勢いは一向に衰えない。

「どうしてだ?いい加減地中管の水は抜けたはずだ。これでも止まらないってことはどういうことだ?もしかして水道メーターの前、本管からメーターまでの間が漏っているんじゃないか?そうなると水道局の問題になるぞ!」

もう元栓を閉めて1時間ぐらいになる、元栓を閉めているんだからそれより先の管に圧力はかかっていないはず。そうなるとやはり疑われるのはメーターより前の管からの水漏れだ。でも本当にそうなのだろうか?元栓を閉めればそれより先の管の圧力は減っているのだろうか?確かに今メーターが動いていないのだから、本管からの圧力は元栓で遮断されている。でも今、揚水ポンプは止まっているのだから、屋上から逆流する形で管に圧力が掛かっているはず。さらに地上のタンクも満水だから、仮にタンクの下で水が漏っている場合も圧力は掛かっているはずだ。それらの圧力を抜かない限り、メーター前の管が水漏れを起こしているという確信は得られない。

「ということは、地上のタンクを全部空にしなければならないってことか?空にしても水漏れが止まらないなら、漏れている箇所はメーター前ってことになるよな」

水道局に強力に主張するためには、やはり確信を持って話をする必要がある。そのためには、やっぱり水漏れ箇所を特定し、理論武装をしっかり固めなければならないだろう。そうするにはタンクを一度空にして、そっちからの水漏れでないことを確認しなければ・・・

「よし排水バルブを全開にして、タンクの水をすべて抜こう!」

そう決断して、裏のタンクに向かう。

水をすべて抜こうと思って改めてタンクを眺めると、その巨大さが際立つ。

「これを全部放水するのかあ。いったいどのくらいの水の量なんだ?」

タンクには1800という数字が書かれたステッカーが貼ってある。

「1800ってことは、1800リッターか~、1800リットルって、いったい何リットルだよ?」

まったく実感が沸かない数字を与えられると、さらにタンクが巨大に見える。「1800リットルというのは1800kgだから、小錦で換算すると9人分ぐらいかな?東京ドーム何分の1個分だ?生ビールだと大ジョッキ何杯分だよ?」

すでに時間は夜中の2時に近い。

「こんな夜中に1800リットルの水を大放出して大丈夫か?でも、これを空にしないと理論が証明されないからな」

「しょうがない、やろう!」

決意して、バルビーで鍛えたバルブアクションを駆使して全開にする。

「ガボ、ガボ、カボ~ウゥゥゥ~」という音とともに大量の水が地面に放出される。辺りは見る見る水浸しに。そのまま眺めていると、水は隣の敷地まで浸水範囲を拡大していく。

「ちょっとマズいな~、こんなに水浸しかよ。でもしょうがないよな」

誰にも断ってないが、自分だけで納得し、流れ出す水をただ眺める。

夜中で皆寝ているから誰も文句言わないけど、ちょっとした洪水ぐらい水があふれている。

でも全開しちゃったものはしょうがないので、そのままにして店の水漏れ状況をまた確認に行く。1800リットル+揚水ポンプのタテ管内の水が全放出されるにはそれなりに時間が掛かるはずだ。

店に戻ると相変わらずの女子3人組は陽気に飲み続け、騒ぎ続けている。もう2時をまわったというのに。

そして水漏れはというと、なんだか量が増えている気がする。イヤ、明らかに床に水溜りができる時間が早くなっている。

今までは、一度水を吸い取ると、しばらく飲んでいる余裕があった。でも、今は快感モップを絞っても絞っても、床の水溜りはどんどん広がり、モップを手放せなくなってきた。客席の背後の壁にそってモップを端まで這わせても、すぐに反対側に水溜りができるのだ。

床の水を全部吸い取ろうとモップを手に壁伝いに移動する。水の勢いに合わせているとどんどんスピードアップして、気がつくとディズニーランドの掃除のお兄さん並のスピードで店を行ったり来たりするようになった。

「すご~い!なんか水の量増えて来た~」

「ほらほらこっちも溜まってる~」

「あ、この水溜り犬みたいでカワイイ~」と三人組。

コイツらもう帰らないかな~、カワイイ~じゃねーんだよ、こっちは今、大勝負掛けてるところなんだよ!もう帰れよ!と言いたかった、けど言えないけど。

ディズニーランドばりの動きを続けていると、いつの間にか3時を越えていた。

それでも水はまだまだ漏ってくる。

「タンクはもう空になったかな?地面の水溜りはどうなっているだろう?」と思い、懐中電灯を片手に裏にまわる。すると排水口からの水はもう止まっており、辺りの水溜りもすでに地面に吸収されていた。メーターを確かめると針はピタッと止まったままだ。これでも漏っているということは、やはりメーター前の管から漏っているのだ!そう確信してもう一度店を確かめに行く。

相変わらず水は元気に漏っている。ということは、今、地上のタンクは空だから、水道メーターの水栓を開放すれば、メーター前の地中管の圧力が一気に抜けて水漏れは止まるはずだ!絶対に!もし止まらなければ、今までの仮説は全部崩れ去りお手上げ状況になるからな。

「水漏れ収まんないっすね~」

「いいかコースケ、今からオレがこの水漏れをピタッと止めるからな!」

「マジすか?」

「見てろよ~」

といって、裏にまわる。

水道メーターの針は止まったまま。その横にあるバルブに手を掛ける。

そして一気に全開にする。

シューっという管に水が流れる音とともに、メーターの針が勢いよく回転する。

一気に開放された水は地中管を通って地上のタンクに流れ込む。

「よし!これで絶対水漏れは止まるはずだ!絶対、絶っっった~あ~~~いに!」

急いで店に戻り、水漏れを確かめる。

すると水漏れは明らかに勢いを失って、水滴のリズムが遅くなり、やがて、

ピタッと止まったのだ。水漏れ箇所にひとしずくを残したまま!

やった!仮説は正しかったんだ!やっぱりメーター前の地中管だ!

「ホラッ!コースケ!止まったろ!」

「ほんとだ、止まりましたね!」

ついに原因を突き止めた!後は水道局に強めに修理を訴えるだけだ!

ピクリとも動かない最後のひとしずくを眺めながら、長かった戦いに思いを馳せる。

気がつくと閉店時間を過ぎていた。

「店閉めますけど」と、コースケ。

「オレはもうちょっと残って、様子を見るからいいよ、先に帰って」

あんなに何度も裏切られた水漏れだから油断はできないけど、これできっと解決するはず。やっと安心して寝られるはずだ。

そう思うと急に腹が減って来た。よく考えたら、今日というかもう昨日だけど、昼にサンドウィッチを食べただけでその後何も食べていなかった。

「とりあえず地上のタンクに水が溜まるまで1、2時間はかかるだろう。その間に何か食って、少し寝よう」

まだ、工事が終わるまでは完全解決ではないけれど、でも原因が解ったからひと安心だ!朝一で水道局に電話をかけることにして、店を後にした。

これでちょっとは休めるよ。でも、タンクの水がいっぱいになったら、

それでも水は漏ってくるけど。


最終章

「いよいよ水道局登場!」


少し仮眠をとった後、再び店のシャッターを開ける。さて、今回はどのくらい水が溜まっているのか?真っ暗な階段を下りて行く。階段下に一歩目を踏み出すと、「ピシャ!」っと割と軽めの音で迎えられる。やっぱり水は漏っているけど、タンクが満水になってからそれほどたっていないので、水量は少ない。

店の照明をつけて水漏れを確認すると、いつもと同じペースで元気に漏れている。しかし、もう原因を突き止めたからこっちも心に余裕がある。一応、状況を改めて確認して水道局に電話を入れた。

「スイマセン!水道メーターの前の本管から水が漏っていて、地下室が水浸しになっているんですが、どうすればいいんですか!」もうこれは水道局の責任だぜ!っていう雰囲気を出しながら、強めに主張をする。

「わかりました!すぐに調査員を向かわせますので住所とお電話番号を」と意外に素直な反応ですぐに対応してくれることになった。もっとアレコレしつこく聞かれるかと思ったけど、ちょっと拍子抜けした感じ。

店で待っていると伝え、このところの日課となっている水の番をしながら、カウンターで仕事を始める。すると昼前ぐらいに二人の調査員がやって来た。40代ぐらいのイケメンと30前ぐらいの身長が190センチ以上ありそうな眼鏡君だった。すぐに水漏れの箇所を見せるとともに、帰納法により導き出した僕の理論と実験結果を順番に説明する。結構長い話になったが、さすがにトラブル処理班だけあって神妙な顔で口を挟まずに聞いていた。一通り説明が終わると、

「わかりました!ではまず水道メーターのところを見てみましょう」というので3人で裏にまわる。ここです、と場所を教えると、なにやら漏斗に長~い棒がついたようなカタチの水道管の音を聞く道具を持って来て、メーターの管にあてがう。しばらく目をつぶって音を聞いた調査員は

「今、メーターが回っていないのにかなり水が流れている音がします。しかも割と近い場所で。だからやっぱりメーター前の管だと思います」

やった!やっぱり帰納法による推測が当たっていたのだ!

「そうですか!じゃあどうなるんですか?」と聞くと、大元の栓を閉めて確認するという。二人は道路の近くに行くと、地面の小さな鉄のフタのようなものを特殊な器具で開け始めた。彼らがいろいろ確認するというので、店で待つことにした。しばらくすると二人が店にやって来た。

「今、大元の栓を閉めたので水漏れどうなっています?」といわれたので三人で水漏れを確認する。すると、目の前で水は見る見る弱まり、すぐに止まった!

「やっぱりそうですね!本管からメーターまでの間で漏っていますので、すぐに工事担当をこちらに向かわせます」とイケメン調査員。本部に電話をすると、目黒区の工事業者が別の現場に出ているので、それが終わり次第こちらに来ることになった。土曜日だったので、きっと工事は週明けになるだろうと思い、今週末は水の番生活を覚悟していたんだけど、どうやらすぐに対応してくれるようだ。しばらく店で待っていると、午後3時頃に工事のトラックに乗った作業員が3、4人やってきて、見る見る工事が始まった。店で仕事をしながら工事の終わり待っていると、イケメンと眼鏡君が二人でやって来た。

「スイマセン!実はちょっと問題がありまして」

なに!問題!またトラブルか?

「今、土の部分を掘ったのですが、漏れている箇所が見つかりません」

な~にぃ~漏れている場所が見つからないだと?じゃあどうするんだよ?治らないのか!と思っていると

「そこで相談なんですが、大元の栓の所のコンクリートをハツって、管を外に出して建物に露出で沿わせて、メーターまでバイパスさせて繋ぐって方法をとりたいんですがいいでしょうか?それなら地中の管を取り出さなくても簡単に修理ができるのですが」

なんだよ、治らないっていうのかと思ったよ!脅かすなよ~

「それでも水漏れは治るんですよね?だったら、露出でもバイパスでもなんでもやっちゃってください」

「わかりました、じゃあちょっとコンクリートをハツったり、建物にパイプを這わせますがそれでやらせてもらいます」と現場に戻った二人。

もう古い建物だからな、見た目なんかどうでもいいよ。露出でも変態でもなんでも治ればいいんだけど、でも、結局費用はどのくらい掛かるんだろう?残りの問題はそこだな、工事の作業員が4人ぐらいいたから、人件費だけでも10万はいくな?と考えているとまた二人がやって来た。

「スイマセン、一応管の修理は終わって確認しました。後は工事のモノが掘ったところの埋め戻しと片付けをするだけなので、我々はこれで失礼します」

「あの?修理費とかはどうなるんですか?」と質問すると、

「水道メーター前はすべて水道局の管理なので、費用は一切掛かりません」とイケメンが素敵な言葉を発してくれたので、ちょっと胸キュン!

マジ?お金掛からないんだ?一時は数百万コースを覚悟したのに!

ラッキー!と、心の中でガッツポーズをした。

「そうですか!わかりました、ありがとうございます」

「では、われわれはこれで失礼します」

いや~、この数週間、数百万単位の費用の噂が飛び交った水漏れだったけど、費用ゼロだって!とりあえず数週間はトラブルに見舞われたけど、結果は一番いいカタチで終わったよな~ヨカッタ!ヨカッタ!

後は、工事の人たちの埋め戻しと片付けが終わるのを待っていればいいだけだ!

これでやっと無事解決だ!やったネ!

よし!このことは、早速みんなに報告しなくちゃな!と、思ったので、

そう、今、工事の終わりを待っているこの間に、この小説を書き始めたんだ。

ここ何週間もあれこれやってみたけれど、止まったと思った水漏れが何度も何度も再発した。だからタイトルは

「それでも水は漏ってくる」にしよう!

早速序章を書き始めていると、また、階段の上に人がやって来たようだ。

「ここじゃね~か?ちょっとオマエ下行って聞いてこいよ!」親方の指示が聞こえる。

「すいませ~ん。工事のものですが」と一人の作業員が店に降りて来た。

返事をして階段の下に出てみると

「今、工事は終わったんですが、今日は露出管に巻く凍結防止のウレタンを持って来ていないので後日改めて伺いたいのですが。それからハツったコンクリートの塗り直しも、今日は暗くなってしまったのでその時に行いたいのでいいでしょうか?」

「いいですよ!今日じゃなくても、やってもらえれば」

「じゃあお名前と電話番号を教えてください。ご連絡してご都合を伺ってから工事に来ますので」

「はい、名前はヤザワです」と言った瞬間、階段の上から、

「やっぱりそうだ!」という声が聞こえた。階段上にいた暗くてシルエットしかわからない親方と思われる人が

「あのさ!西中の野球部だよな?」と聞いて来た。

「そうです」と僕が答えると、

「オレ!先輩だよ!」というので

階段を上がってみて見ると、痩せたオジサンが立っていた。

「どちら様でしたっけ?」

「オレだよオレ!イトウだよ!」

「あ!イトウさんじゃないですか!お久しぶりです、痩せましたね~」

野球部の先輩イトウさんだった。その昔は、ガッチリした体格の先輩だったが、今はずいぶん細く華奢なオジサンなっていたので気づかなかった。

「昔の印象とずいぶん違いますね~」

「まあ~、オレも痩せちゃってさ!オイお前ら、これはオレの後輩だから大丈夫だ!」とまわりの作業員にイトウさんが言った。

「あのさ、ちょっといつ来られるか今わからないんだけど、仕事の都合で適当な時間に来て勝手に治しちゃってもいいだろ?いちいち断らなくてもさ。ばっちりよろしくやっておくからさ」

「全然オッケーですよ!もうどんどんよろしくやっちゃってください」

「よし!じゃあまかせな!ばっちりやっておくからさ!あ、金は水道局からもらうから一銭も掛からないから、安心しな。イイ感じにやっておくぜ!」

先輩、カッコイイ~。

「助かります!よろしくお願いします」

「うん、まかせとけ!じゃあ今日はこれで帰るからさ」と帰っていった。

もう完全に安心だ!なんかあったらまたイトウさんに頼めばいいから心強いしな!

そんなことで、この物語はここで終わり。皆さんが期待するような派手な結末にならずに、僕にとっては一番イイカタチで終わることとなりました。ここ数週間でどんどん勢いを増した水漏れはもう解決した。

だからウチはもう、上水掛け流しバーではないけれど、素敵な快感モップも絞ることはできないし、単なる地下の薄暗い普通のバーに戻ってしまったけれど、

それでも皆さん、ぜひぜひ!遊びに来てください。

バルビーのバルブは見られるからさ。

最後の最後に野球部の先輩という思いもよらぬヒーローが現れて、すべてよろしくやってくれることになった。だから、

そう、

それでもう水は漏ってこないのさ。

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