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〈哲学とは何か〉を考える哲学:『メタ哲学入門』序論

「メタ哲学」は、哲学の分野の一種です。主に三つの問いを扱います。すなわち、①哲学とは何か ②どのように哲学をすべきか ③なぜ哲学をすべきなのか の三つです。これらの問題は、哲学に関心をもつ私たちにとって、どれも非常に重要です。ケンブリッジ大学出版局から刊行されている『メタ哲学入門』を下敷きに、メタ哲学初心者のレートムと勉強しましょう。

メタ哲学が扱う三つの問い

冒頭でもご紹介したように、「メタ哲学」では三つの問いを扱います。

  1. 哲学とは何か

  2. どのように哲学をすべきか

  3. なぜ哲学をすべきなのか

「そんなこと、実際に哲学をしている人に聞けばいいじゃないか」と思う人もいるかもしれません。しかし実は、哲学研究者でさえもこの問題に対する答えが分かっていないようなのです。

メタ哲学の答えは研究者に聞いても分からない

哲学研究者に「何をされている方なんですか?」と質問したら、もしかするとこんなふうに答えてくれるかもしれません。

「善悪の本性や心身の関係などなどを研究しています」

An Introduction to Metaphilosophy, 2.

この答えを聞いて、哲学のことが多少なりとも分かったでしょうか?
恐らく答えはノーでしょう。むしろ疑問が深まったという方もいるはずです。
つまり、なぜそんなに幅広いテーマが一つの学問としてまとめられているのか、という新たな疑問が浮かぶはずだからです。
実際に哲学しているところを研究者に見せてもらえたとしても、さほど理解に役立ちそうには思えません。

メタ哲学は哲学の問題なのか?

少し考えただけでも面倒くさそうな臭いがプンプンする問題ですよね。
「哲学が考えなくちゃいけない問題なのかなあ」と逃げ出したい気持ちも頭をよぎります。
結論から言って、逃げだすことはできません

というのも、〈知識とは何か〉〈知識はどのようにして得られるのか〉は典型的な哲学の問題とされてきたからです。
そのため、〈哲学的な知識とは何か=哲学とは何か〉〈哲学的な知識はどのようにして得られるのか=どのように哲学すべきなのか〉といったメタ哲学的な問いも哲学の問題になりえます

メタ哲学は重要な問題なのか?

メタ哲学はどうやら哲学の問題らしい、ということが分かりました。
では、それは重要な問題でもあるのでしょうか。
イギリスの哲学者であるカール・ポパー (1902~1994) は、「重要ではない」と述べています。

科学者ないし哲学者のもつ機能は、科学的問題や哲学的問題の解決であり、自分や他の哲学者が何をしているのか、あるいは何ができるのかについて語ることではないと私は考える。科学的/哲学的問題を解決しようという試みは、例え失敗に終わったとしても、もしそれが誠実で献身的な試みであったなら、「科学とは何か」「哲学とは何か」といった問いを議論することよりは重要であると思われる。また、たとえ後者の問いをもう少しまともな「哲学的問題のもつ特徴とは何か」という形式でたてたとしても、私個人としてはいちいち取り上げようとは思わない。〈議論や批判は議論する余地のない「仮定」や「仮説」から生じていなければならないのか〉といった小さな哲学的問題と比べても、あまり重要でないと考えるべきだ。

Popper, K. R. 1968. Conjectures and Refutations: The Growth of Scientific Knowledge. New York: Harper & Row., 66.

ポパーの考えでは、哲学者 (そして科学者) の役割は、哲学的問題 (そして科学的問題) を解決することにあるとされています。
そのためポパーは、「哲学とは何か」「科学とは何か」という問いにはコミットしないと、自身の立場を明言しています。

例えば、哲学は私たちの生き方に関わるからこそ重要だ、と考える人がいるかもしれません。〈真理とは何か〉〈心は自然の一部なのか〉〈なぜ人を殺してはいけないのか〉などの重要な問題の解決に関わるからこそ、哲学は重要なのだ──ポパーの考えはこうした考えにも通じます。
このように考える人たちにとって、〈そもそも哲学とは何か〉などと論じるメタ哲学は、一見するとたしかに重要ではなさそうです。

しかしここで、一歩引いて考えてみましょう。
すると、実は「哲学者は問題解決に努めるべきだ」「哲学は私たちの生き方に関わるからこそ重要だ」という立場が、他ならないメタ哲学的な立場の一つだということがわかります。
したがって、そもそもポパーの言っていることは本当なのかを考えるうえでも、やはりメタ哲学が必要になりそうです。

もっと実践的な話をすれば、例えば〈どのように哲学をすべきか〉という哲学の方法に関する問いは、哲学という営みにダイレクトに影響します
それに、その方法が適切かどうかを確かめるためには、その方法が何のためのものなのかも知っていなければなりません。
哲学の方法は哲学をするための方法ですから、やはり〈哲学とは何か〉という問いにも関係します。

そのためメタ哲学は、〈メタ哲学なんて必要ないんじゃないか〉を考えるうえでも必要なものですし、哲学をするうえでもほとんど必須のものと言えそうです。

メタ哲学は興味深いのか? 役に立つのか?

メタ哲学は哲学の問題であり、しかも重要な問題であることがわかりました。
さて、メタ哲学は興味深い問題なのでしょうか? そして役に立つ問題なのでしょうか?

ガリー・ガッティングは、メタ哲学を退屈で役立たずなものにしている原因が、次のことにあるのではないかと考えているようです。

議論の余地がある哲学的学説(例えば観念論的形而上学や経験論的認識論)から哲学の本性を導出しようという独断的態度と、哲学的実践の細部に何の注意も払わない、抽象的で過度に一般化されたアプローチ

Gutting, G., 2009. What Philosophers Know: Case Studies in Recent Analytic Philosophy. Cambridge: Cambridge University Press., 2.

たしかに、〈哲学とは何か〉という問題に対して、勝手な憶測で判断したり、フワフワした精神論を語るだけなら、メタ哲学は退屈で役立たずの学問ということになってしまいそうです。
裏を返せば、これからメタ哲学を勉強していく私たちは、あくまでもそれが実践に活きるように考えなくてはならないということですね。

次回は第2章の「哲学とは何か」をまとめてご紹介します、お楽しみに!

今回のまとめ

・メタ哲学とは①哲学とは何か ②どのように哲学をすべきか ③なぜ哲学をすべきなのか の三つの問いを扱う学問である
・メタ哲学は哲学の問題である。というのも、「哲学的知識とは何か」「哲学的知識はどうすれば手に入るのか」を考える点で、学問論や知識論といった哲学分野と重なるからである
・メタ哲学は哲学的に重要な問題である。というのも、「哲学とは何か」「どのように哲学をすべきか」などの問いを通じて、メタ哲学は哲学そのものにも関わるからである
・メタ哲学をするうえで、個人の憶測や精神論に頼ってはいけない


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