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第3号被保険者制度(3号年金)を批判する・その4〜年金局長の著書(3)

引き続き、年金局長の著書の紹介です。紹介は今回が最後です。

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001hjdu-att/2r9852000001iqsm.pdf

前回は3号制度を成立させた過程が語られました。
しかし、やはり当然のことながら、主婦優遇については反論も多くあったようです。
また、遺族年金と障害年金についても語られていますが、(遺族年金は最近廃止案が浮上して旬な話題ですが)、3号年金とはズレる話になるので飛ばします。


当時の女性議員による「反発」に答える局長

しかし国会審議では、参議院の各党婦人議員から、働く女性の立場にたって反対というよりむしろ反撥ともとれる質問や意見が多くでた。

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著 147ページ

1985年の各党婦人議員さん、まとも!
ありがとうきっぱり反対してくれて。

「反対というよりむしろ反撥ともとれる」←この言い方よ。

名実ともに女性の人権と権利が認められたといえるであろう」「かねてから指摘されてきた問題がすべて解決されたことは女性にとっては喜ばしいことであり、評価されなければならない」なーんて女性の声を代表しつつ自画自賛してる男の本音ポロリ。

それで、働く女性の立場に立った女性議員からどのような反発とも取れる質問や意見が出たのか?

第一に、サラリーマンの妻が保険料を払わずに年金がもらえるのはおかしい、恵まれた家事専業の女性の年金の費用を、共稼ぎせざるをえない夫婦や独身の女性が負担することになるという意見である。

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著 147ページ

今も、全く同じことが何度も言われていますよね。なんだか悲しいです。おそらく、この当時の女性議員さんが懸念していたよりもはるかに深く、日本女性の地位は3号制度に蝕まれてしまった。

そして局長、答えていわく、

独身かどうかを問わず、賃金、報酬が同じであれば、料率も同じであるのが社会保険料の負担の仕方としてより公平ではないかと思うし、家事や育児も女性の大事な仕事であり、夫の収入には家庭にいる妻の内助の功もあると考えるのはもはや古すぎるのであろうか。

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著 147ページ

あはは。古すぎるからさっさと引退してくれればよかったのに。

しかし前半部分と後半部分の繋がりが一度読んだだけではよくわからなかったです。前半部分は、だったらますます主婦も独身無職や1号妻と同様の扱いにしましょうってなりませんかね。

つまり、主婦は直接稼いでいないけど「内助の功」があって、夫を通じて社会で仕事をしているとみなされるべきだからただの無職とは違う。よってその働きに「より公平に」報いるために、夫を含めた赤の他人の支払いによって年金権を享受できるようにすべし、ということ?
すごい論理ですね。

(でもまあ、これと全く同じ主張は、3号年金を擁護する現代の主婦たちから何度も聞いてますが。40年前と何も変わってないですね。)

そもそもこれって局長の個人的な希望であって、何の答えにもなってませんよね。結局働く女性たちの疑問にまともに答えられないのに押し切ったんですか。
しかも女性たちからの当然の反論を反発だなんて思いながら。

第二に、雇用の面でまだ男女差別があり、年金額のうえでも男女に大きなひらきがあるのに、年金を個人単位にして、支給開始年齢や保険料率を男女同一にするのは、働く女性の年金を不利にするものだという意見である。

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著 147‐148ページ

これに関しては、1985年当時は、男よりも女のほうが若干保険料の負担率が低くて年金支給開始年齢も女性のほうが低かったらしいです。
この時から数年かけて解消されて今はもちろんそんなことないですけど。3号制度とはズレる話だから深入りはしませんが、「個人単位の福祉」「男女平等」と言いつつ女性差別を放置して男に有利に事を進めるやり方の典型のようで、気になるところですね。
上記に関して局長の答えも載せておきます。

しかし雇用の面における男女差別については、同じ国会でそれを撤廃するための男女雇用機会均等法が制定されようとしているのに、年金制度のうえでだけ女子の優遇処置を残せと言うのはどんなものであろうか。

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著 148ページ

3号制度を作ったあなたがそれ言います?

また男子にくらべて女子の平均年金額が低いのは、男子に比べて女子の平均標準報酬が低いこと(昭和五十八年で男子月24万8448円、女子13万7149円)や、平均被保険者期間が短いこと(昭和五十八年度男子25.4年、女子19.5年)によるものであり、男女差別によるものではない

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著 148ページ

女子の標準報酬が低いのは男女差別でしょうよ。しかも、(深入りしないと言ったけどむかつくので語りますが)、このブログの第一回目で年金の逆進性のグラフ出しましたけど、女性の平均年収層を狙い撃ちするように年金負担率が高くなってますよね。厚生省がそれをわかってないわけがない。せっかくの「個人単位の社会保障」も女性搾取の道具に変えることができる日本男児マジックですか。

局長の結論

そして、次で最後の引用です。

今回の年金法の改正が審議されている同じ国会で、労働省が雇用の面における男女雇用機会均等法を提出し、ほぼ同時に成立した。これを受けて我が国が昭和五十四年十二月国連総会において採択した「婦人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」が昭和六十年六月二十四日国会で批准された。そして翌昭和六十一年四月一日から新年金法と男女雇用機会均等法が同時に執行になり、年金制度における男女平等と雇用の面における男女平等が同時に実現した。昭和五十一年から十年間の国際婦人年の最終年にふさわしい誠に象徴的なできごとであったといってよい。

「新年金法・61年金改革・解説と資料」吉原健二編著 150ページ

3号制度が男女雇用機会均等法と同時に成立して執行されたのは、本当に日本にとって象徴的だったと思います。それを「男女平等が同時に実現した」と豪語する年金局長が言うのとは全く反対の意味でですが。

国連で採択された女子差別撤廃条約が日本の国会で批准されたのも、3号と同時だったんですね。これも知りませんでした。

国際社会にせっつかれて男女雇用機会均等法を制定したことへの日本社会のカウンターアタックでしょう、3号制度は。意図的なバックラッシュですよ。
当時の女性議員も、働く女性として「反発」していたのだから、真剣に男女平等を考えていたら当時の感覚でもありえなかった制度ですよね。(このことを知れたのは本当に良かったです)

ちなみに以前、上記のようなことをツイートしたら、「男女雇用機会均等法は当時の女性議員の尽力で進められたことなんだからそれを否定するようなことを言ってはいけない」と言われたんですが、その女性議員の尽力が実った理由は、男たちが国際社会からせっつかれたからですよね。
(女性たちの尽力がなければ女子差別撤廃条約に批准もしなかった可能性高いですし、均等法の制定に奔走した女性たちの努力を低く見ているということではないです。念の為。)

内閣府が出している資料でも、女子差別撤廃条約の採択が日本の男女平等政策に繋がったことは説明されていますし。

女子差別撤廃条約について。https://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/ikenkoukan/60/pdf/2.pdf より

『条約に基づき、定期的に国連に国内における条約実施状況報告を提出することとされており』
めちゃせっつかれてます。
(年金局長が「年金の男女平等も実現した」と豪語するからには、3号制度も意気揚々と国連に報告したのかは気になるところですが)

女子差別撤廃条約の国連での採択によって、男女平等政策の進行を国際社会に報告しないといけなくなった中で、3号制度と男女雇用機会均等法が同時に執行された。表向きには男女平等の看板を掲げる家父長制社会日本のその後の数十年を象徴するに余りありますね。


まとめ&個人的な感想

3号年金が発足した理由として主張された内容をまとめました。

  1. 「国民皆年金」と、「年金権を個人単位とすること、すなわち女性個人の人権を確立すること」を実現するために、それまで国民年金には任意加入で曖昧な扱いだった主婦にも、年金権を確立する必要があった。

  2. 夫の収入が低く妻の分まで保険料を納められない免除対象者を逐一把握することは困難な上に、保険料を納められる人でも保険料の納め忘れや滞納がある。

  3. 夫の厚生年金の保険料の中に妻の国民年金の保険料の分も含まれていることにした。

  4. 健康保険には扶養家族のための免除制度がある。年金にも同じ制度を適用するのはおかしくない。(ただし主婦以外の扶養家族には適用しない)

  5. 妻がいる場合といない場合で夫の厚生年金保険料率に差をつけるべきという意見もあったが、事務的に大変。

  6. 厚生年金には配偶者加給年金制度がある。それを加算したものが妻の国民年金であると考えていいのではないか(ただし加給年金を完全に廃止するわけではない)

  7. 主婦は稼いでいないが内助の功によって働いているとみなせる。(だから他の無業者とは違う扱いにすべき)

  8. 主婦には内助の功があるので、夫婦一体として国民年金の支払いを夫の厚生年金から拠出するのは理にかなっている。

  9. 主婦の年金権の確立となる3号年金と、男女雇用機会均等法、女性差別撤廃条約が全て同時に採決されたことで、名実共に男女平等が確立された。

「保険料を納められる人であっても、保険料の納め忘れや滞納ということがある」の部分が私的には一番面白くて思わず吹き出しました。
大の大人が保険税の納め忘れや滞納の心配があるからって、じゃあ赤の他人に負担させて全額免除にしてあげようなんての、他に例がありますかね。BBQで肉焼けるまで待てない男子に唐揚げ用意してあげるレベルを超えてますね。

色々理由が語られましたが、結局、「だから、なんで、サラリーマンの妻だけを特別扱いするんですか」「厚生年金には女性も多く加入しているのに、なぜ主婦分を負担しないといけないのですか」にはズバッと答えられてないんですよね。
健康保険にも免除制度があるし〜妻には内助の功があるし〜とゴニョゴニョ言ってただけでした。

予想通りではありましたけど、本当に強引に、主婦救済という根拠すらなく(主婦の7割がすでに国民年金に自主的に加入しましたからね)、家父長制ボーナス制度を通したんですね。

「働く女性の立場にたって反対というよりむしろ反発ともとれる」なんてことを臆面もなく年金局長が書いているぐらいだから、当時反対意見を述べた女性は「男に養ってもらえないババアが嫉妬で反発してら」と嘲笑されていただろうことが窺われます。

また、読んでいて一つ気付いたことなのですが、すでに国民年金に自主的に加入していた主婦が700万人もいたのに、(3号制定直前で600万人台に減っているのは3号制度の制定を見越してのことだったんでしょうか)、その700万人も含めて無償化してしまって、2号に重い負担を背負わせることで後々制度の崩壊を招くのでは?という視点での議論が一切されていないんですよね。

ちなみに1985年当時の国民年金は月額7000円ほどで今の半額以下とはいえ軽い負担でもなかったです。その後、年々負担額がどんどん上がっているから、3号を批判した女性たちは本当に忸怩たる思いだったんじゃないでしょうか。

しかも少子化はじわじわ進行してたのに(人口維持可能レベルの出生率2.06はすでに10年前に下回っていました)年金の将来について何の憂いもなく悠長というか、この辺りはさすがバブルが始まる時代だと思いました。世界の中でも一、二を争う金持ちだったから今と感覚違ったんでしょうね。
かつては年金基金の財政は潤沢で、湯水の如く無駄遣いしまくって、年金局専用のゴルフ場作ったりしてましたし。

そういえば国民年金納付記録を五千万件も消失していたこともありました。年金局長の著作の中でも事務が事務が言ってますけど、当時の年金庁は本当に事務管理能力が低かったようですね。

さて次回は、3号制度が女性の労働現場に及ぼした影響について、私の個人的な思いを書いていきたいと思います。


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